てぇてぇ空気をぶち壊すもの、ゲボ

 猛烈な勢いでそう言い切ったガラシャが、荒い呼吸を繰り返しながら琥太郎を睨む。


 正直、ピエロが苦手だなんていうのは子供っぽいと思っているし、こんなことを告白するのは恥ずかしいという思いもあった。

 親しい友人や事務所の同僚たちに話した時も「たまちゃんはおこちゃまでちゅね~!」とからかわれたし、今回もきっとそんなふうに言われるのだろうなと、そうしたらまた折檻してやると、そう心に決めていた彼女であったが、琥太郎はそんな彼女の予想を外れた反応を見せる。


「……なるほど、よくわかったでござる。秘密を打ち明けてくださったこと、心より感謝しております。姫の秘密は拙者の心に留め、固く口を閉ざして決して漏れぬようにするので、ご安心を」


「へ……?」


 真剣に、真摯に……自分を真っ直ぐ見つめながら琥太郎が発した言葉に、間抜けな声をもらしてしまうガラシャ。

 実際に彼と対面しているわけではないのだが、それでも琥太郎が真面目にこの話を受け止め、決して笑ったりからかったりしないようにしようとしていることがゲームのアバターからでも感じ取れる。


 馬鹿にされるのはもちろん嫌だが、そこまで真面目に受け止められるのもそれはそれで困るんだが……と、戸惑いながら彼を見つめている間に、琥太郎はこの配信を見守るリスナーたちへと語り掛け始めていた。


「この配信を見守る嵐魔衆、そして抹茶兵の皆々様も、どうかこの話はご内密に……! この嵐魔琥太郎、一生の頼みでござる!」


【承知! 嵐魔衆下忍、頭領の命に逆らうつもりなど毛頭ないぜ!】

【ガラシャ姫の秘密を守ろうとしてくれてありがとうな】

【いい奴じゃん。真面目とか言われてる理由がよくわかったわ】


 前々から評価されていた人柄の良さ、その部分がありありと表れているこの対応には、琥太郎のリスナーである嵐魔衆だけでなく抹茶兵も感心しているようだ。

 リスナーたちへの口止めを行った後、再びガラシャへと向き直った彼は、改めて彼女へと跪きながら宣誓の言葉を口にする。


「拙者が不躾な質問をしたせいで姫に恥をかかせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。その代わりというわけではござりませぬが、この嵐魔琥太郎、これからも姫を守るために全身全霊を懸けさせていただくでござる。姫に害成す不届き者は拙者が全て排除し、我が身に代えてもお守りいたす……仮に姫の苦手な道化師が現れたとしても、必ずやこの琥太郎が打ち倒してみせましょう」


「……ふふっ、なんだそれ? こたりょ~はいつでも大袈裟だな~!」


 いい人だということは知っていた。なにせ、自分の身を犠牲にしても見ず知らずの他人を助けようとする人間だ、その善性は疑う由もない。

 だが、それを忍者のRPと共に見せつけられると、どうしてだか真剣さが増しているように思えてしまう。


 姫キャラとして活動している自分への忠義を見せる琥太郎の態度に面白さとおかしさと信頼と、ほんのちょっとの愛おしさを抱いたガラシャは、笑みをこぼすと共に彼へとこう言ってみせた。


「今さらそんなこと誓う必要ないだろ~? ぼくを死ぬ気で守るのは、お前の役目なんだからな! これからもしっかりぼくを支えろよ、こたりょ~!」


「御意!」


 ドヤ顔を浮かべながらの偉そうなガラシャの命令に対して、忠誠を誓うように跪きながら返事をする琥太郎。

 これが実質初のコラボとは思えないほどの相性の良さを見せる二人のやり取りに、リスナーたちはある種の感動と尊さを覚えていたのだが――


『ウグルルルル、オゴッ、ロロッ……』


「ん? なんでござるか、この音は……?」


 そんな感動的な雰囲気をぶち壊すような汚い音を耳にした琥太郎が不信感を抱くと共に周囲を見回す。

 ゾンビがこのクリエイトルームに侵入してきたのではと疑いながら敵影を探す彼であったが、その汚い音の出所は目の前の姫のようで……?


「あ、やっべ! こたりょ~、ごめ……おろろろろろろろろっ!」


『ウゲ~ッ! グボロゲボアッ!』


「ひ、姫~っ!? ちょっ、汚っ! 急になぜ粗相を!? あっ、拙者にかけるのは止めて!!」


 ゲーム内のキャラに合わせてガラシャが盛大に汚い音を発すると共に、琥太郎の目の前に立つアバターが彼目掛けて吐しゃ物を吐き掛けた。

 突然の事態に驚きつつ、思いっきり吐しゃ物を浴びせ掛けられた琥太郎が大声で叫ぶ中、嘔吐するキャラの真似をしているガラシャが苦し気に振る舞いながら話し始める。


「び、ビールを飲み過ぎた……! ヤバい、我慢できな……おろろろろろろろ!」


「ひひひ、姫~っ! これはまずいでござるよ! 完全に放送事故かつ、先のピエロ云々なんてどうでもよくなるほどの恥でござるって!」


「こ、こたりょ~、なんとかしろぉ。ぼくのことを命を懸けて守るんだろ? なら、ゲボ吐いて炎上した時も助けろよ。うぼげろぉ……」


「しょ、承知仕った! と、とりあえず水を持ってくるでござ……ぎゃ~っ! 滑った! 姫のゲロで滑って転んだでござる~っ!!」


「おい! ぶぉくのゲロとか言うんじゃねえよ! 何一つとしてフォローできてねえじゃねえか! このだめ忍者! お前なんてクビだ、クビ! 解雇って意味じゃないぞ! 打ち首にしてやるって意味おろろろろろろろっ!!」


「もうこの状況が罰でござるよ~! 誰か助けて~!」


 酒を飲み過ぎると嘔吐する&吐しゃ物の上で走るとずっこけるという謎仕様のせいでカオス極まりない事態を迎えた配信には、絵面的には汚いがそれを見る者たちの爆笑を誘う面白おかしさがある。

 止まる気配を見せずに盛大に嘔吐を続けるガラシャと、床に倒れ伏して彼女の吐しゃ物を全身に浴びせ掛けられる琥太郎という、つい数十秒前までのてぇてぇ空気を完全に粉砕したあまりにもひどい最低な展開を作り出した二人の配信は期待以上の撮れ高を生み出すと共に、彼らの知名度と人気を更にアップさせるという最高の結果を生み出したのであった。


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