第7話 爺さん、貸店舗を賃貸契約する 改

乙女の揺り篭亭に戻るとイザベラの姿が無かった。


「昼過ぎ、組合の事務長に引きずられていきました。」


どうやら今日もさぼろうとしていたらしい。


「気に入ったお客を連れて来ては接待するのが好きな娘なんですよ。

本人は婿探しのつもりですがどうにもかなり年上が好きらしくて。

宿の跡取りができなくては婿取る意味がないですからね。

困ったもんです。」


主人の愚痴に少々嫌味を感じ宿を出る事を決めた。


「亭主、実はこの街に長居することが決まってね。

宿ではなく借家に居を移すことにした。

先ほど家も見つけた。

娘さんも留守だし今のうち移ることにするよ。」


宿代を払い乙女の揺り篭亭を後にした。


「新居か実はまだ決まっていないのだが。」


この街は周りを高い石壁に囲まれているため、敷地を増やすことが物理的に不可能である。

そのため人口密度も高く常に家屋は人で埋まっている。

かなり広い敷地であるがおいそれと家が見つかるとは思えない。


冒険者組合に尋ねれば紹介してもらえるだろうが、イザベラがいるので選択肢から外す。


商人組合ならば情報があるかもしれないと思い尋ねてみることにした。


「残念ですが、冒険者に貸せる家は無いですね。

商売を始めることが前提で紹介していますので。」


眼鏡を掛けた神経質そうな男が答える。


「つかぬ事をお聞きするが画商は商人組合の管轄なのか?」


前世で興味を持ったことのある仕事を聞いてみた。


「絵ですか?庶民は絵を買いませんよ。

もっぱら貴族様相手なので伝手があれば別ですが。

一応目録にあります。」


男が目録を指差し答える。


「ならば画商で店を開きたい、金ならある。」


大きめの黄金龍の鱗を取り出して見せる。


「これは、素晴らしい純度の金塊ですな。

それより収納術をお持ちのようですね。

そちらの術の方が価値があります。」


男に俄然やる気が見えてきた。


「残念ながらそれほど役には立たぬ。

この程度の金塊が三つほどで一杯だ。」


男の目の色が変わった時点で収納は危険と判断して嘘を教える。


「それでは背嚢はいのうと変わりありませんな」


がっかりしてやる気を失ったようだ。


「それで画商ですね。商人組合に登録する必要があります。

それと店舗貸出の補償金です。この金塊ならば十分お釣りも出ます。

よろしいですかな?」


男は一度奥に引っ込み、数本の物件契約書の巻物を持ってくる。


なるべく中心部から遠くて安い物件を注文すると、黒い紐で縛られた巻物を差し出された。


「こちらの物件は少し訳ありです。

先日店の主人が急死しました。

ただ死因が不明でかなり苦しんだ形相をしていまして。

まあ元々商売がうまくいっていなかったようなので、服毒でもしたのではないかとの噂です。」


特に隠すでもなく平然と話した。


そのような情報を開示して大丈夫なのかと聞くと、黙って契約して後でばれた方が面倒なのであらかじめ情報を開示するのが組合の方針と聞くとなるほどと納得する。


また、店内の掃除、改装も行っていないのも格安の理由ですと付け加える。


悩む素振りを見せると「即日入居も可」と言われ、背に腹は代えられないないと決断する。


「ここで契約を結ぼう。」


「ありがとうございます。イヌイ様。

ではこの巻物に血判をお願いします。」


差し出された千枚通しを指に刺し血判を押す。


登録料と保証金のお釣りを受け取り店を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「私が画商か、試しに自分で描いた絵を売ってみるのも楽しそうだな。」


今後の生活を思い描き嬉しくなった。


嬉しさで気が大きくなり、自分へのご褒美に繁華街に向かう。

しばらく通りをぶらつき適当な店に入る。

店内の喧噪をつまみに一杯飲んでは次の店へのはしごを続けた。


ふと路地の暗がりに興味を持ち向きを変える。

すえた匂いのする路地に座り込む小さな影を幾つも見つける。

声をかけると身なりの汚れた幼い男の子が顔を上げた。


「何をしているのだ?」


聞くと今部屋にお客が来ている。

お母さんの仕事が終わるまで外で待っていると答える。

周りの皆が同じように外で待っているのだと教えてくれた。


「腹が減っておらんか?」


聖餐を取り出して与えようとしたが男の子は拒否した。


「お腹は空いてるけどボク物乞いじゃないからタダで貰えない。」


と言い腹の虫を鳴らした。


「働けばいいのか、ではこの爺の肩を揉んでくれんかのう。

最近肩こりが酷くて腕が上がらんのじゃ。」


わざとらしくイタタと言って男の子に催促した。


「分かった。」


男の子が小さな手で戌亥の肩を一生懸命に揉む。

名前を聞くと「カイン」と教えてくれる。

手の温もりに気持ちが癒されていった。


「ご苦労さん、さあご褒美だお食べなさい。」


聖餐をカインに手渡すと、夢中になって全て食べ尽くした。


「なんでこんな小さいパン一つでお腹がいっぱいになるの?」


カインは不思議なパンの秘密を知りたくなった。


「答えを知りたければお友達を連れて来なさい。

爺は体中がこる呪いをかけられておるんじゃ。

みんなで揉めば呪いが解けて秘密を教えたくなるかもしれん。」


そう答えるとカインは次々と子供達に声をかけ集める。

戌亥はうつ伏せになると子供達に訴えかけた。


「さあ、お主らの手で爺を助けておくれ!」


子供達は戌亥の体のあちこちを揉み始めた。


「ああ、極楽、極楽。」


子供達の小さな手は戌亥にとって、何よりも嬉しい自分へのご褒美になった。


部屋から出てきた男が戌亥と子供達を見て奇妙な顔をして立ち去る。

そろそろ頃合いと見て子供達に聖餐を配ると、カインを呼ぶ女の声が聞こえる。

カインは喜び勇んで部屋に駆けこんでいった。


母親に抱かれて頭を撫でられている時にあっと気が付く。

「秘密聞くの忘れた」と「でもいいや」そう思い母親に甘えた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


城壁に密接した間口の小さい家々の中に店を見つけた。


繁華街からかなり歩いたので酔いは覚めてしまった。


人通りが無く暗い路地に面した家々から漏れる少しの明かりが、家の中で人々が生活している事を証明している。


貰った鍵で戸を開けると中は暗闇で何も見えない。

床は木床で汚れているように見える。


戸を閉め床に腰を下ろすと懐から冷えた乳粥を取り出す。

三口ほど口にすると急に眠気が襲ってきて匙を置いた。


意識が朦朧もうろうとする中で子供の囁き声を聞いた気がした。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


精霊の独り言


私です。


土の精霊です。


爺さんの監視を続行中です。



爺さん、ご飯食べて寝てしまいました。

なんかとても美味しそうなので私もいただこうかと思います。


てっ!おい火、風、水!なに食べてんだよ!


お前ら帰れよ!


監視の役目は私が言いつけられてるんだよ!


美味い?力がみなぎる?えっ一口どうぞ。ありがとう。


ん?んんんんんん!!


何これ?!


神の食べ物?!


えっ?聖餐せいさん?ありがとう。水。


げぷ、お腹いっぱいです。


お椀の中身が消えました。


不思議ですね。


お腹がいっぱいになったので説教です。


あんた達、爺さんの御力を食べ過ぎよ。


あんなに食べたら魔法発動の効率が悪いじゃない。


本来なら数十倍の魔法唱えられるはずよ。


反省してるって?


なら、よろしい。


あれ?何処行くの?


爺さんと話してるし!



ちょっと何してくれんのよ。


折角の隠密行動が台無しじゃない?


えっ気が付いてた?そうですか。


何話してんの?


八百万の神々の話!


ちょっと私も混ぜなさいよ!


聞いてよ!あの高慢ちきなパワハラ野郎どもの話を!

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