第42話 こうして役者(被害者)は増える

 ザ・都会。

 真宵の抱いた感想である。

 視界を覆い尽くす壮大な商業施設に、目にも鮮やかな掲示板。行き交う移動インフラは、時間通りに何処へとも望み人を連れて行くことだろう。

 そして何よりも、人、人、人!

 ありとあらゆる場所から出入りする人が、都市の血流が如く無尽と歩き走る。

 四方八方を人に囲まれ、真宵は蹲りたい気持ちだった。


「(ダイジョウブ、一般人種デス。コワクナイコワクナイ)」


 引きこもり症候群(なんだそれは)を発症してぶつぶつ呟く真宵に、リコとシナの二人は不思議そうな視線を向ける。


「せんせー大丈夫? 瞑想?」

「真宵エディ、任務のことは今日考えなくてもいい」


 ここで車酔いなど体調面の心配が出ないあたり、二人から真宵に向ける印象が透けて見える。ある意味おかしくはない。あれだけ暴れまくった真宵がコミュ障で、大勢の人間を前にすると不調になるなど思いもしないだろう。

 流石の真宵も同行者を思い出し、キリッとした顔を作った。


「ああ、私に問題はない。それで、何処に行くのだったか」


 真宵にとっては、自分が惰弱なんて知られた日には信頼が落ちる→任務がこなくなる→お金が入らない→母親制裁。などという恐ろしい未来に繋がるのだ。そりゃ無理矢理でもキャラ作りする。

 真宵の仮面で見事に騙されている二人は、ポンコツの意図に気付かなかった。


「もー、お買い物だって。ほら、私達って任務で頑張っちゃったわけだし」

「ん、気分転換」


 リコが今一度目的を伝え、シナがウンウン頷く。

 

「買い物……買い物、か」


 感慨深そうに繰り返す真宵。


(なにそれめっちゃ青春じゃん! 知り合いと買い物とか久しぶりすぎるんですけどっ!?)


 物凄く盛り上がっている真宵の内心。

 しかし真宵の思考はすぐに冷める。


(いやいや落ち着こう。以前もあったし。化粧品とかオシャレ系お菓子とかアクセサリーみたいなもの、私にはさっぱりわからなかったし……)


「……ちなみに、何を買いに行くんだ」

「ん、たこ焼き、ブラックラーメン、チャーハン」

「いいねー。たい焼きとクレープも追加! コンピューター部品も欲しいかなー。あと部屋着、せんせーの部屋着信じられなかったし」


(凄い同級生との買い物っぽい! 最高だよ!)


 待て待て待て! どう考えても若い女子三人揃って買うものじゃないだろ! いや女子以前に、どれだけ食べるつもりなんだ!?

 しかしそ んな疑問、真宵の湧き立つ心を鎮めることなど出来はしない。るんるん気分の真宵は威厳ある顔のままほわほわを纏い、思考が昂って周囲の人混みが見えない。つまりは一時的に人混みへの耐性を獲得した。なんだこいつ。


「それで、まずは何処へ行くか」

「たこ焼きかラーメンかチャーハン」


 あの、シナさん? まだ午前10時なのですが……朝食は全員が食べたはずですよね。

 当然、真宵はそんなの気にしない。どうせなら全部食べてしまおう! と勢いあるテンションで一際大きな商業施設へと突入——!


【その前に右手に見える街路樹の後ろ、ベンチに座る二人を誘ってください】


 何故かルヴィの指示が入ったので、真宵は従うことにした。

 不思議そうな顔をするリコとシナに一言告げた真宵は、やたら大きな街路樹(実はポリマー製)に向かって歩を進める。

 近づく毎に街路樹の裏からの気配が大きくなる。真宵は何というか、争うような雰囲気を感じた。一体誰が待っているというのか、期待二割恐れ六割の真宵である。残り? 食べ物だろ。

 ひょこっと覗き込んだ真宵が目にしたのは——


「あ、あはは……おはようございます?」


 少し気弱そうな青年が、冷や汗を流しながら挨拶してくる。青年が上げた右手は震え、顔色もすこぶる悪い。見ている方が気の毒になるくらい、弱々しい姿であった。

 

「…………」


 そんな青年の影に隠れるように、何だか見覚えのある無表情少女が。

 真宵はこんな場所でこうも数少ない知り合いに会えるものかと、若干の感動を覚えた。


(名前は……名前は……えーと)

【青年が楠門真くすのきかどま、日本アラヤBランクトップ。少女は琴業奏ことなりかなで、日本ナンバーズ3】


 名前をド忘れしていた真宵は、いつでもどこでもルヴィえもんに助けられ


【ジジジッ】


 はい、申し訳ございません。ルヴィ様に助けられた真宵でごいざいました。

 ちょっと雑音の混じったルヴィに“?”を浮かべつつ、真宵は門真と奏へと声を掛ける。


「楠門真君、琴業奏君。まだおはようか、実に奇遇だな」


 さあ、ここでこそ社会適正を見せる時。真宵は精一杯の笑みを見せつけた。妹の趣味である軍人顔で、それはもう素晴らしい笑みを。


「「!?」」


 奏と門真の体がビクンッと震えたのを、内心不思議に思う真宵であった。





     †††††





(ほんとほんとなんでこんなことに……っ!?)


 真宵に笑みを向けられて、門真の思考は乱れに乱れまくっていた。

 冷徹なまでに鋭い視線、水晶より削り出されたかのような冷たい表情、眉の一つでさえも刃の如し。まさに指揮官という人間の具現。ただあるだけで周囲を威圧しかねない、威厳そのものの顕現。

 それが、笑ったのだ。

 目をほんの少し細め口角が僅かに上がった、眉は僅かに動いただけ。それだけなのに、目を離せないほどに惹きつけられる。

 間近で見た門真達が息を呑むほどに、不敵で絶対的な微笑。この場にあって真宵ただ一人が絶対を名乗れる、そう示さんばかりの威光があった。


『実に奇遇だな』


 この一言を聞いた瞬間、門真はもう奏に協力したことを後悔していた。もはや最初から勘づかれていたとしか思えないのだから。

 今朝、日本ナンバーズ3、世界ランキング4位の奏に突如として呼び出された門真。朝食も食べずに駆けつければ、「付き合って」と一言。車に乗って説明を受けて、その時点で嫌な予感。

 簡単に言えば三点。


・三日月真宵を尾行。

・交友関係の確認。

・できれば好物を知りたい。


 これをバレないようにこなすと言うのだ。もう失敗の気配がする。

 そもそも何故奏が真宵に興味を持つのか、持ったとしてこんなことをする意味は。

 色々と考えた門真だが、口答えはできない。相手は世界の十七人しかいない世界ランキングワールドランカー、その絶対的上位陣。門真の首などいかようにも飛ばせる。何なら存在を消せる。

 そんなこんなで奏の『全球解析者ガイア・アナリスト』で大体の位置を特定し、先ほどまで門真の『俯瞰視点アップ・アイ』で覗き見していたところだ。

 速攻でバレたが。


(なんで真宵さんは気づいたんですかね!? Sランクって凄すぎるでしょう!!)


 最初っからダメな気してましたよっ! と奏に目を向ける門真から、奏は目を逸らした。

 無礼を承知で奏の腕を突く門真、奏は意地でも目線を合わせない。


「君達に提案がある」


 真宵の言葉に、ビクンッと跳ねる門真と奏の体。

 揃って首を向けた先には、真宵の笑顔があった。薄氷のように薄く、レイピアのように美麗な笑みが。

 

(あ、これ死んだかな)

(ん、死んだかもね)


 真宵がゆるりと首を傾げる。


「たこ焼きとラーメンとチャーハンとたい焼きとクレープを食べに行かないか?」


 呪文のような怒涛の食べ物名が、真宵の口から飛び出してきた。

 しばしのフリーズを得て、門真と奏は再起動を果たす。


「行く」

「行きます」


 ほぼ反射的な答えに、真宵はうんうん頷く。ついて来ていたリコとシナを振り返り、真宵はまたも頷いた。

 そして胸を張った真宵は、商業施設の城を前に宣言する。


「では、総員覚悟を決めろ」


 門真は反射的に立ち上がり敬礼。

 奏は心なしか目を輝かせコクコク首を振る。




 

 役者、二名追加。

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