第37話 その想いは本物

 輸送車と一体化した『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』の砲身は、本来ならば青と白を基本に塗られているはずだった。姿を見せたときは二色を晒していたし、つい先程までもそうだった。

 従来のレールガンを超える超抜級の性能に反し、スリムな外見をしていたのも確認している。


「あっは、何あれこわーい」

「何だろうにぇー。変身かにゃー?」


 そんな最先端解放学兵器の砲身が、バキバキと音を立てながら異様な姿へと変わっていく。

 熱気が見せた幻ではない。弱くなった陽光の錯覚ではない。

 赤黒い結晶で肥大化し、血管のように脈動し、結晶の槍が生える。

 それはもはや人間の作り上げたものではなかった。

 魔の血晶槍。

 美しい結晶が赤黒く汚され、増殖していく。

 一目でわかる。あれは人間が手を出してはならないものだ。

 手を触れれば災いが齎される。牙を向ければ人が死ぬ。人の理が侵されてしまう。

 人の常識では測ることのできない、恐れるべき天災。


(機能は解析できたにぇー。再現性は無視してももっと強力にするにゃー。真宵びっくりさせたいから弾体性能も弄って……これも予想の内かにゃー?)


 フロライアはあーでもないこーでもないと、齎される情報を整理改良し続ける。

 悍ましい変化を続ける兵器も、フロライアにとっては瑣末なこと。

 如何に自分が関わっているか悟らせずに、仕事を果たすか。それが彼女にとって重要事項だった。ついでに自分を馬車馬の如く働かせる邪智暴虐なるティーチャーに、後で何を請求しようかという思考もある。

 予言に名高き三つの滅び、その一つを好きに使って、何の対価も何など考えられない。


(まーこんなもんかにゃー。後は構築を待って……)

「おーい。おーい。聞こえてるー?」

「にゃー? 何だにぇー」


 フロライアとリコの視線がぶつかる。


「ぼーっとしてるから心配したんだよ」

「んんにゃー。諸行無常を感じていたんだにぇー。あんなカッコよかった武器が、今じゃ禍々しい呪物だにゃー」

「もしかして関わってたり?」

「しないにゃー。あんな気色悪いんだにぇー?」


 リコはフロライアの言葉から、嘘の気配を感じ取った。

 他者を観察し理解する。解放力の関係ないその一点において、リコは誰よりも優秀だった。優秀過ぎた。

 フロライアが出す違和感を敏感に感じ取り、この現象に何らかの関係があるところまで読み取る。


「ほんとにね。ゾワゾワだよ」


 それでも関わらない。知ってしまったことを悟らせない。誤魔化してしまう。

 問い詰めることはできない。リコの人生は、そこまで真っ直ぐ彼女を育ててはくれなかった。

 意思を捻じ曲げることでしか、リコは受け入れられる手段がなかったのだから。

 だからそこが、フロライアとの違いなのだろう。


「そうやって見ないようにしてると、疲れるにぇー」


 小声で呟かれた言葉に、リコは相手の顔へと注目する。

 不意打ちに等しかった。だがニコニコとした笑みは崩れない。


「何か言ったかな?」

「なーんにも言ってないにゃー」


 嘘だ。はっきりと嘘だ。


「そーなんだ。うわぁ、あの兵器もうすぐ爆発しそうじゃない?」


 わかっていても、やはりリコは流される道を選んだ。

 人に否定されない道を、選んでしまった。

 これまでの人生全てでそうあったように、そうするしか手段を知らなかった。


「んんー、まあそろそろだにぇー」


 それを察しても、フロライアが何かを諭すことはない。

 互いに偽りの中でしか生きられなかった欺瞞者。加えてフロライア自身は“人でなし”。

 誰かに道を示したり、諌めたり、弾劾したり。そんな権利はとっくの昔に投げ捨てている。だからフロライアは自分のできることに集中するしかない。

 そうやって、裁かれるのを待っている。


(ティーチャーなら、リコを救ってあげなきゃダメだにぇー)


 人任せにしかできないのが、フロライアの役割で辛いところだ。

 まあ、自分は自分の仕事をするとしよう。

 約1キロ離れた地点にいる真宵に、合図を送る。


(滅びが人を救うなんて、喜劇だにゃー)


 それも悪くない。そんな未来が、本当にあるならば。

 フロライアは心からそう思った。

 それを信じきれていない、弱い自分を卑下しながら。





     †††††





 真宵の通信装置に、コツコツと振動が伝わった。まるで外から叩いたかのような振動だった。

 

(フロライアさんからの合図……って、え? なに今の振動。幽霊じゃないよね? 科学だよね?)


 無駄なことを考える暇があったら集中しろと言いたい。

 まあ、こうでもしなければルヴィのいない孤独に耐えられないのかもしれないが。


「フランス支部からの狙撃準備完了。新前線人員の退避確認」

『浦賀、矢小木砲撃を中止して退避します。他は撤退済み』

『茜、リアムは足止めを続けるわ』

「撃破後、即撤退しろ」

『了解』


 真宵は30メートルほど離れた廃ビルに目を向ける。


「Mr.アメリカンヒーロー。妖精姫。準備は良いか」


 屋上に、親指を立てるエイブと、小さくなっているメリュが確認できた。

 流石は米国の栄光と呼ばれた男、余裕綽々といった様子。

 反対にメリュはといえば、プレッシャーで余裕は期待できないらしい。エイブに抱えられながら移動したのも原因の一つかもしれない。

 まあ二人の状態にかかわらず、真宵は馬車馬の如く働かせるのだが。(例え鬼畜でも)ルヴィの采配にミスはないのだから。


我が英雄たる君主マイ・ヒーロー、私の手は借りないという話だったが……」


 未だに狙撃態勢で後ろを向けなかった真宵は幸運だ。オリヴィエの表情を見ずに済んだ。

 今にも真宵に襲い掛かり永久保存版セットにしたい欲求を抑え、未来を想像しては恍惚とした表情を浮かべる。欲求不満と昂り。殺意と憧憬。衝動と希望。

 端的に言って、やべー奴の顔をしていた。

 現在ルヴィ喪失性興奮ノールヴィハイ状態の真宵でも引くレベルのやつだ。

 そんなわけで心理的負荷が増えなかった真宵であった。


「協力は求めるが助力は求めない。君の役割は一つ。私が“出せ”と命令したら——」


 決戦の熱気が、8月の黄昏を歪ませる。


「——作家の剣ソード・オブ・ライターを私に渡せ」


 オリヴィエの口元が、三日月のように裂けた。


(何かはわかんないけど、多分強力な弾薬かなんかでしょ。そんなん撃つなんて、嫉妬されっちゃったり?)


 脳裏に浮かぶのは顔も知らないゲーム仲間。

 真宵、お前はそろそろ空気を読む練習をしろ。あと自分の発言を振り返れ。


(知っていたのか……そうか知っていたのか! ああ素晴らしい! 世界ランキング3位、『概念付与・完成体ゴールドエンチャント』の施された『現実作家ザ・ライター』の傑作を従えようというのか!? 実にアメージング!)


 いえオリヴィエさん、真宵は何も知りません。高潔な理念も何を引き起こすのかもわかってません。

 だからウッキウキで興奮すんのやめえや。


(ルヴィ——)

(真宵——)


 ああだけど、こいつらの想いだけは……


((——信じてるよ))


 ……本物なんだよなぁ。

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