第35話 戦記ものみたい

「これはいいわねー!」

「喋るな。舌を噛まれては敵わん」


 耳外電磁誘導式擬似音響機器アウト・イヤー・ヘッドフォン越しの会話が、近距離で行われている。

 疾走するモンスターバイクの上に、茜とリアムの姿があった。

 悪路の上で時速160キロを超える速度で走っているにもかかわらず、二人にはそこまで大きな衝撃は伝わってこない。流石は解放学の粋を結集した自衛隊の兵器といったところか。


「これで舌なんて噛んでたら、訓練で千切れているわよ!」


 何処までも楽しそうな茜に、リアムは心の中で溜め息を吐く。

 リアムの中にある茜のイメージは、ここ最近で変化し続けている。

 最初は日本支部きっての優等生、そして憧れであり届かない頂だった。混合実践式戦闘訓練フルランクバトルではその人間らしさと高潔さに目を見張った。

 そして先ほど、魔獣の上から4.3メートルのスティンガーパイルを持ったままバイクに飛び乗った瞬間、『こいつは本物の馬鹿なのか!?』と驚愕した。

 結果的に無事だったとはいえ、今日初めて死ぬかと思ったリアムだった。災難に。

 片手でバイクに掴まり地面を引きずられながら笑っていた茜は、ただただアトラクションとして楽しんでいた。コイツやべー奴だわ。

 スティンガーパイルもしっかり茜の後ろに保持されている。それを意識して運転できるリアムは、間違いなく一流のドライバーだ。


「魔獣の周りを一周! これで何周目かしら!」

「3周目だ」


 顔色一つ変えずに、リアムが律儀に答える。

 こうしていても茜は仕事をこなしていた。運転していない茜は絶えず追いかけてくる魔獣を観察し、その巨体がバイクにぶつからないようにリアムに伝えているのだ。特に尾が長いタイプの魔獣であるため、楕円軌道がずれないように気を配っている。


「ならそろそろね。準備はできてる? 開始時間まで15秒!」

「了解だ!」


 バイクが急激に速度を落とし、日本支部が構築した新前線へと向きを変える。当然、魔獣付きでだ。

 とうとう力尽きたかと勘違いした魔獣が、バイクに向かって全速力で突き進む。

 

「プラス10! レフト0.31!」


 茜の言葉に従い、リアムが微調整を施す。魔獣との距離が縮まらなくなっていた。

 忘れてはいけない。この場にいる二人こそ、日本支部の誇るトップクラスのオペレーターであることを。ときにたった一人でテロすら防ぐその技量と経験は、尋常なものであるはずがない。


「あと5秒!」


 そして彼らが命を預けた指揮官はこの場にあってただ一人。


「3!」


 彼らはルヴィが失われたことは知らない。


「2!」

 

 しかし彼らは真宵の声から昂る熱を感じた。


「1!」


 “絶対”を失ってなお“絶対”を信ずる真心をッ!!


「0!」


 茜がカウントを終えると同時に、魔獣の頭部を結晶が覆った。

 『瞬間半波動的集合結合モーメントジョイン・クラスター』を再現して作られた弾丸は、魔獣の進行を鈍らせる。


「セット!」


 結晶が消える寸前に放たれるリアムの『複雑弾道光弾コンプリケイテッド・バリスティック』。魔獣の足を今一度完全に止めてみせた。


撃てフー!」


 遠く離れた旧後方部隊拠点、そのフランス支部に与えられた一角。指揮官の命令により、虎の子の撃鉄が今まさに叩き落とさようとしていた。

 フランス支部が自国のナンバーズ2たる巫女プレトレスの予言で送り込むことを決定した、最先端技術の結晶にして解放学への挑戦状。

 フランス諜報機関がイギリスから得た情報で作られた、高次元のベクトルに干渉する、偏ラングレー波の方向を微調整する特殊素材。それを使った起動装置と、圧倒的精密性。

 超高純度の『偏ラングレー波共振結晶』は、僅かな偏ラングレー波の“振れ幅”を増幅する。これによって解放戦力を再現させる土台もできている。

 そして何よりも重要なのは『分子運動増大波長再現体リープロドゥサブル・レッド・ウェーブ』。世界ランキング7位タイ、『炎の支配者レッド・ルーラー』の機能の一部を劣化品とはいえコピーしたそれは、間違いなく国の戦力バランスを崩しかねないものだ。

 万物を焼き尽くす業火は、一切の生存を許さない。

 焼き焦がされた大地は、生命を拒絶する世界を作る。

 炎を生み支配する者だけが、そこには残される。

 そう謳われるのがオリジナルである以上、開発者達は目指してしまったのだろう。

 世界をも滅ぼす、救世主の力を。


「了解!」


 スイッチを押された瞬間、音をも置き去りにする弾体がローレンツ機関によって放たれる。

 弾丸が砲身から離れ0.062秒後、その機能がついに起動した。

 しかし、『分子運動増大波長再現体リープロドゥサブル・レッド・ウェーブ』の対象となるのは固体と一部の液体。想定されているのは、生物なのだ。

 真っ直ぐに、ひたすらに真っ直ぐに。

 瞬きの間に、ワールドランキング7再現体解放学兵器『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』は標的を捉える。

 全長130メートルを超える巨体に超常的能力を持つ魔獣であっても、認識することさえ不可能なのは明白だ。

 削ることさえ困難だった外皮を抉り、肉を変質させ、衝撃で骨格にダメージを与える。

 破壊不可能にも思われた魔獣の守りが、ついに罅を入れられたのだ。


「致命傷じゃないわ!」

「第二射の時間を稼ぐ」


 そう、魔獣はダメージを負った。しかし致命傷にはほど遠い程度のものでしかない。

 人間で例えれば、バーナーで皮膚を炙られ、その後腕を思いっきり殴られたぐらいの感覚だろうか。

 なんにせよ、一射でダメなら二射目をお見舞いするだけだ。

 

「セット」


 バイクを方向転換させ、リアムが光弾で魔獣の視界を奪う。

 だが、魔獣もそう易々と同じ手で弄ばれる存在ではない。


「止まらないか!」


 魔獣にとっての最大の脅威。それは鉄壁に誇っていた外皮を抉り取った、フランス支部の『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』に他ならない。

 生まれて初めて感じる、明確な生命の危機。

 如何にここではない《レルム》の影の産物、世界を蝕む意思の具現とはいえ、自身に届き得る手段は潰すのが最適だと知っている。

 そしてそれを知らされていた真宵が、手を打っていないわけがない。

 今なき“絶対”の残したものを、覚醒した《全能者の血筋》が無駄にすることなどないのだから。


「頼みますよ矢小木やこぎさん。僕は指示通りにしか撃たんので」

「プレッシャー掛けんなよ浦賀うらが! 2S!」


 2S。2 seconds later。すなわち2秒後。この場合2秒後に発射ファイヤーという意味だ。

 浦賀は指示通り、完璧なタイミングで引き金を引く。

 矢小木はコントロールバーで着弾点を微調整し、直後の轟音に背筋を震わせた。

 新前線の戦端を飾った放物線軌道を描く曲射ではない。直線的に魔獣を狙う、直射である。

 七三五機関砲から放たれた砲弾は、魔獣の視覚器官と思わしき部分を正確に狙撃した。

 直後——爆発。

 感覚器官が集まる急所への炸裂弾による衝撃と光で、魔獣は足を止めた。


「死にたくなかったら引き金離すんじゃねえぞっ!」

「死にたくないんで離しませんわ……!」


 浦賀は大雑把に照準を合わせ引き金を引き絞り、矢小木は照準の微調整を続ける。

 脅威的な動体視力を誇る浦賀の『動的物過敏強化視覚ホークアイ・タイプD』で魔獣の動きに対応し、直近の未来を予測する矢小木の『受動型未来予測プロディクション・タイプL』で狙いを定める。

 最近妙に一緒にいるCランクコンビはその能力が上手く噛み合い、互いのポテンシャルを引き出し合っていた。

 七三五機関砲の速射能力は2秒に一発。規則的に響く轟音が、神経を擦り減らす。

 他の日本支部の人員は誤射の危険が大きく参加できない。周りには茜とリアムを乗せたモンスターバイクが走っているのだ、下手な干渉は味方を殺してしまう。

 リアムの『複雑弾道光弾コンプリケイテッド・バリスティック』とCランクコンビの機関砲が、切り札たる『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』の装填が終わるまでの時間稼ぎを担っていた。


「装填完了!」

撃てフー!」


 知覚不可能の一撃が、再び魔獣に襲いかかった。

 狙いが十分ではなかったためか、弾体は急所を外れる。

 しかし、最低限の仕事は果たした。複数本生えている腕を、四本まとめて切断してのけたのだ。

 痛みからか凄まじい絶叫を上げる魔獣。

 そこに光弾と炸裂弾が続けて叩き込まれる。


「次は時間を掛けても良いから狙いを正確にしてと言って!」


 リアムの後ろで怒鳴る茜に、通信の向こうにいる絶対的指揮官が冷静に了解を告げた。

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