第28話 守護せし黄金を背負う男

 8月19日12時00分ヒトフタマルマル開始各国合同任務魔獣討伐作戦。

 海岸線付近前線部隊。時刻15時10分ヒトゴーヒトマル。作戦開始より3時間10分経過。


「交代だなミッチェル。はっ、やっぱり硬いなあいつ。だがまあ、日暮までには片付くだろうさ」

「……ああ」


 仲間に肩を叩かれたミッチェルは、生返事を返す。


「なんだその暗い顔は。わかったぞ、討伐が地味過ぎて面倒になってきたんだな?」

「いや、違うんだが……」

「じゃあどうしたっていうんだ」

「妙だと思わないか? あのタイプの魔獣は攻撃を続けられると姿勢が低くなる。なのにあいつは頭を高く持ち上げたままだ」


 魔獣に目を向ければ、さまざまな攻撃を激しくぶつけられながらも、確かに頭をもたげたままだった。


「まあ、確かに上げてるな」

「それだけじゃない。他のやつならとっくに“変色”してるはずだ。あのタイプはそうやって体表を硬くする」

「デカいからじゃないか?」

「それならいいんだが、もし攻撃が通ってないとしたら……」

「バカ言うな。見ろ、傷がついているだろうが」

「……そうだな。すまない、おかしなことを言った」


 違和感を拭えないミッチェルだったが、仲間の言葉に無理やり自分を納得させた。

 目を向けた先には、未だに暴れ回る魔獣の姿があった。





     †††††





 時刻15時30分ヒトゴーサンマル。作戦開始より3時間30分経過。


「ミッチェル。そんなに気になりますか?」

「エルメダ……どうしてもな。あいつが未だ変色しないのはどう考えてもおかしい。頭部も上がっている。ダメージが大きくない証拠だ」

「ですが、動きは鈍ってきていますよ?」

「そこがわからないんだ。あのタイプは変色が起こり防護能力が飛躍的に上がってからが面倒なんだ。なのに変色すらなく動きが鈍っている」

「前例は……」

「ない。ここに来る前に全て目を通したが、こんな例は初めてだ」


 難しい顔をするミッチェルに、エルメダはなんと言っていいのかわからなかった。

 エルメダも指揮官コマンダーという役職である以上、魔獣の特徴はそれなりに修めている。しかし彼女の能力が最も発揮されるのは市街戦であり、魔獣に対する専門知識はそう多くはない。ここに送られたのも半分厄介払いという面も否定できず、力を発揮できない状況に歯噛みするばかりだ。


「新種、でしょうか」

「資料にはそんな記載は無かった、あいつが通常種に似た行動をしていた証拠だ。だからこそわからない事が増える」


 悩むミッチェル。エルメダは黙るしかない。


「新種ならまだ良いが……。エルメダ、念の為に前線部隊の避難経路を確認。その情報を全支部に送ってくれ」

「それは……」


 そんなことをすれば各国支部に不信感を持たれるのは確実。何か起こった時真っ先に疑われるのも、間違いなくこちらの支部だ。

 ミッチェルもわかっているだろう。それでも意見を取り下げることはなかった。


「……わかりました」

「すまない。必要ないことを願っているが、人が死ぬのを見たくないのからな。……ああそれと、想定外の事が起こった時は俺が最後まで残る」

「それは危険では」

「後方から入れ替わった俺が、前線ここで一番実力がある。俺が止めている間に後方部隊に連絡してくれ。大丈夫、危険なら逃げるよ」


 ニカッと笑ってみせるミッチェル。

 エルメダは仕方ないと首を振った。


「わかりました。いざという時は頼りにしています、ミッチェル」

「すまないな。“いざ”など起こらないに越した事はないが、こればっかりは神と守護天使次第だ」





     †††††





 時刻15時55分ヒトゴーゴーゴー。作戦開始より3時間55分経過。


『クソッ! なんなんだアイツは!? 赤くなってから急に暴れ出しやがったッ!!』

『解放学兵器でも損傷も確認できず! 対象からの衝撃波攻撃により負傷者多数!』

『行動制限用兵器の損傷を確認! これ以上は魔獣の前線突破を許すぞ!』


 通信機器から流れる悲惨な情報、怒号、悲鳴。

 目に見えるのは深紅に染まった体表にこれまで以上の攻撃を受けながら、前例のないほどの動きと能力で前線を蹂躙する魔獣。

 砲撃も足止めも解放力も意味を為さず、人類が敵対してきた天敵の恐ろしさを今一度思い出させるかのようだ。

 人とは、かくも無力なものであったのか。


「エルメダ、全支部を撤退させろ。反対する馬鹿にはメンツを気にして死にたいなら好きにしろと言え。守ってやることはできないとな。足止めは俺が、“アメリカナンバーズ4”エイブラハム・グローリー・ミッチェルが務める。稼げるのはおそらく30分。その間に全力で後方部隊まで後退だ」

「ミッチェル……」

「安心しろ、俺は死なない。いつも通り“栄光グローリー”をステイツに捧げてやるさ」


 ミッチェルの笑みは輝かしく、その目には強固な決意が宿っていた。

 ならば、それを信じずして仲間と呼べるものか。

 エルメダは指揮官、自らの務めは心得ている。最後の最後まで使命を果たす覚悟も、とっくの昔に胸に刻んでいる。


「……エイブラハム・グローリー・ミッチェルに、コマンダーエルメダより命令を告げる。想定外の脅威たる魔獣の対応の為、ただ一人この場に残り対象を足止めせよ。各国の人員を守りステイツの栄光をここに示せ」


 全責任を背負うと同義の言葉。エルメダがなせる、最大限の誠意と尊敬を込めた命令。

 ミッチェルは、笑みと軽い敬礼を以て答えた。

 通信機器の前に立ち精一杯の怒声を響かせるエルメダに背を向け、ミッチェルは魔獣の下へと急ぐ。





     †††††





 時刻16時00分ヒトロクマルマル。作戦開始より4時間経過。

 ありったけの行動制限兵器によって約2分の時間稼ぎに成功した前線は、ミッチェルを残して全員が撤退を開始していた。しかし拘束もここまでで限界がきており、あと十数秒で魔獣は自由を手に入れるだろう。

 そんな魔獣を、黄金の岩が邪魔している。自然物にはありえない動きで魔獣を拘束する黄金は、130メートルを超える巨体を確かに押さえ込んでいた。

 だがそれも保って一分にも満たない。変色した魔獣の脅威度は、最初に規定されていたB3ランクなど遥に超える。地球上の生物にあるまじき巨体と膂力、原理のわからない強烈な衝撃波、いかなる攻撃にも耐え得る体構造。魔獣の名に相応しい脅威的な能力だ。

 そんな魔獣を前に、ミッチェルは黄金の足場に立ちながら自らの解放力を整える。


「“怪物クリーチャー”というより“悪魔デモニア”の方が合ってるな」


 深紅の体表を持つ、腕が何本もあるトカゲ。あとは空に浮かんでいれば黙示録に近かった。


「まあ、このなり損ないでさえ俺の手には余るんだがな。俺はミッチェル……ミカエルじゃない」


 ミッチェルは自分の実力を正確に理解している。

 アメリカナンバーズ4で世界的に見ても上位。世界ランキングには届かないが、ステイツを救ったこともある。初めて解放力を使った時のことだ。

 まあ、天狗になった彼はその後アメリカナンバーズ1に鼻っ柱をへし折られたが。思い出すと笑えてくる。


「主よ、我が守護天使よ、神の加護ありしステイツよ。異国の地にあれど俺の心に迷いはない。今再びこの身に刻まれし“栄光の光グローリー”を証明しよう!」


 黄金の輝きが地に満ちる。

 それを見た者は、主の祝福を見たと言う。

 主が人を守る輝きの形が、そこに顕現したと言う。

 ステイツに神の加護ありと、その男が示したと言う。

 故にこそ男は高らかに唱えるだろう。アメリカという国家が彼に与えた、願いと憧憬を込めた異名を。

 さあ此処に現れよ! 神の国を守護せし城壁よ!


「大仕事だ、気を引き締めていくぞ! 『主よ遥か栄光を守護したまえランパート・オブ・グローリー』!!」


 異国の地に、黄金の巨壁が顕現した。





     †††††





「魔獣が凶暴化して前線壊滅!? アメリカナンバーズ4が一人で足止めを!?」


 真宵の言う通りに16時までに集合していた日本支部の面々は、うえの叫びにも存外冷静な表情を保っていた。わざわざ“大きな事が起こる”と言われていたのだ、何も起こらない方が不気味ですらある。


「日本支部の動きから予測出来ていたんじゃないかですって!? そんなっ——……いえ、私は知りませんでした」


 うえが真宵に視線を向ける。

 真宵の指示があまりにも的確過ぎたことで、事前に知っていたのではないかと思ってしまったのだろう。


(ふぉあ〜、ルヴィこれに備えていたのかぁ。さっすが)

【恐縮です】


 真宵もルヴィが何の為にワケワカラン準備をしていたのか理解したらしい。

 ついでに周囲からの視線にも気付き、状況も飲み込んだ。


(えーと、これもしかして私が疑われてるやつ?)

【神算鬼謀の胸なしティーチャーですね】

(む、胸なしは関係ないやろ!?)


 愉快なコンビの能天気コントのそばで、うえは必死に喉を震わせる。


「ですから私は——いえ、指示したのは私ではありません。ええ、それは提案を飲んだだけで。自衛隊も国も関係ありません。ですから協力はしますので。決してそんな考えは——!」


(わわ、うえさんが大変そう。どうすれば……)

【ではサポートします。全力で威厳を出してください】

(りょ、了解!)


 真宵は威厳を出す為に頬を二、三度ムニムニした後、うえへを歩を進め端末を奪い取った。

 驚くうえに構わず、真宵はこれまで以上に深く鋭利な声を発する。


「失礼、日本支部ティーチャー三日月真宵だ。日本支部の行動は全て私の指示であり、全責任及び行動理念は私が背負う。よって、今から私は君達……否、全支部へと協力体制構築と我々日本支部の“新前線”設置を宣言する。くだらん協議などは後だ。人命が掛かっている以上、私には妥協する意思は断じてない。時間の無駄などもってのほかだ。この通信は全支部及び自衛隊へのオープンチャンネルになっていることを先に言っておこう」


 呆気に取られる相手を差し置き、真宵は言葉に熱を込める。


「今から二十分以内に海岸線より6キロ地点に日本支部による“新前線”を構築。武装に関してはa4-dアルフォーディン契約書四枚を使って自衛隊に要請。前線からの撤退部隊と現後方部隊には最終防衛ラインの構築を依頼する。本獣以外の余獣は討伐されたと聞いているだろうが、それは間違いだ。魔獣の体内には数多くの余獣がひしめいており、我々だけでは到底対応できない。故に最終防衛ラインから1キロ地点にイギリス支部による余獣対応ラインを要請。それでも三分の二は最終防衛ラインに到達するだろう。そいつらは本獣の性質を継いでいる為に強敵であるため、自衛隊との緊密な連携を頼む」


 未知の情報、正確な分析、未来が見えているかのような采配。

 一方的に言われたのだから反発を覚える者もいる。それでも、口にできる者はいなかった。

 感じてしまう。真宵の姿が、声が、脳に叩きつけられるような覇気を帯びている。


「これはアラヤのみの戦いにあらず。我らの背後うしろに暮らす無辜の民を守る戦い」


 その孤高なまでの威光、言葉に込められた決意。

 何故だか信じることができる。この少女は本気で人命の為に全てを準備していたと。国と民に誠実たらんと邁進していると。


「こちらから連絡役に残すのはコマンドティーチャーうえ、加えてオペレーター二人。車両などの武装以外の装備は準備できている。アメリカナンバーズ4が魔獣を抑えられるのは16時40分前後まで。彼の想いと決意は決して無駄にしてはいけない」


 本物だ。

 彼女は本物の“ティーチャー”であり、“オペレーター”だ。

 世界ランキング4位タイオリヴィエが保証したなど些末なこと。

 寄り添い、託し、守り、背負う。アラヤの信念を体現していると言っても良い。

 逆張りしたい気質の者でさえ、目と耳を支配される。


「誇りを持って勝利を掲げよう。以上だ」


 通信を切り振り返る真宵に、日本支部の面々が熱い視線を向ける。


「残るのは美咲リコ、秋フロライアだ。意見はあるか」

「ありませーん」

「ないにゃー」


 真宵がうえに目を向ける。うえは頷きを返した。


「全責任は私が背負う……と言いたいところだが、一緒に背負ってくれ」


 勿論、と一同の顔が緩む。


「道は見えた。さあ、仕事を始めるぞ!」

「「「ハッ!!!!」」」


 走り出す一同。

 その表情には不安も懸念もない。

 ただ自分達を導いてくれた者が、頼ってくれたことが嬉しかった。


(さっきのめっちゃ喧嘩売ってなかった?)

【人気者一直線ですね。偉そうでした】

(反感買うやつじゃん!)

【安心してください。三日月・エラソーニ・真宵】

(変な名前つけないでっ!?)

【これから自衛隊との契約、貴方の母から持たされた荷物の回収、オリヴィエ・パラメデス・ローズブレイドの説得をしてください。偉そうに】

(偉そうにしないから!?)


 現在のガワはいつも偉そう、という本音をルヴィは飲み込んだ。


【それではまず自衛隊本部へ】

(りょーかいです)


 ルヴィの指示を受けて、真宵も走り出す。

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