第23話 賀茂ナスと九条ネギを所望します

 各国代表との顔合わせを終えた真宵達は、日本支部に与えられた簡易プリンター建築物トウフボックスで他の人員と合流していた。

 トウフボックスの外見は名前通り、真っ白な直方体である。大型の3Dプリンターを使って短時間で作られたこれらは携帯性や利便性に優れ、機材さえあれば何処にでも拠点を構築できる利点から、多くの場所で利用されている。

 混乱期カオスエイジ以前から存在していた技術ではあるが、今では解放学でのアプローチから元々あった欠点の多くが調整されており、半世紀前より随分と安全性とコストが良くなった。

 ちなみに名前は開発元が大真面目に発表した経緯があるのだが、とてもウケが良かったそうな。

 さらに複雑で耐久性の向上した建築物をプリンターで作った場合、大構造プリンター建築物プリンティング・アーキテクチャーとまんまな名前で呼ばれる。通称は『アラモード』だ。どうやら食べ物系はウケが良いらしい。

 規模以外で違いと呼べるのは定義であり、アラモードは水道、電力、空調が必ず付属するが、トウフボックスは場合によって付属しない。

 今回は短期滞在目的ではあるが、インフラも整っているタイプであり、大人数でも不自由なく過ごせるように配慮されている。


「楽にしろ」


 真宵が見えた瞬間姿勢を正すオペレーター達にそう言うと、全員が力を抜いた。それでもリラックスには程遠いようではあるが。


「報告、浦賀」

「ハッ」


 一歩前に出た浦賀が、報告を真宵に伝える。


「外にいた人達には顔を合わせました。やはり真宵さんと茜さんのインパクトが強く、詳しく事情を知りたがる人もいたんですが、BランクとAランクの威圧でなんとか乗り切りましたわ」

(問題なかったみたいで良かったぁ。嫌な思いとかしてほしくないしね)

「次、美沙希」

「ハッ」


 浦賀が下がり、美沙希が前に出る。


「各員荷物・装備は全て運び込み完了。今日の食料・装備の配給も完了。共に問題ありません」

「ご苦労。こちらも各国代表との顔合わせは万事問題なく和やかに終わった」

「「えっ?」」


 茜とうえの表情が変わったようだが、何か問題があっただろうか。そしてリアムは沈黙を貫いた。

 茜達の様子から何かを悟った各員だが、怖くて何が起こったのか聞けなかった。それに真宵上官がこう言っているのだ。それに突っ込むほどの勇者はいない。


「それでは——」

【最後に美咲リコの報告を聞いてください】

(なんで?)


 ルヴィからいきなりの助言。疑問には思うが実行しないわけにはいかない。


「——最後にリコから報告を聞こう」


 その場にいた人間の視線が、リコへと注がれる。

 特に一部のリコと共にいた人員と、その解放力を知っている人員は、疑念の色を隠せていない。ごく少数のオペレーターだけが、驚きの中でリコに対する印象を動かした。

 しかし真宵の意図を推しはかることのできた人間は、どうやらここにはいないらしい。当然だ、真宵に意図などないのだから。


「……あ〜ああ〜、嘘はつけない空気だねー。真宵せんせーは、一体どこで気付いたのかなー?」

「今だ」


 真宵の即答にも、リコはニコニコとした表情を崩さない。

 この状況の中でその笑みは、場違いな印象さえ与える。


「んー、良いよ。何が知りたいのかな」

「好きにしてくれ。私はただ聞くだけだ」

「私だけ訓練勝者部隊ヴィクトリー・チームじゃないのに、そんなに信用してくれるのー?」

「(ルヴィが)聞くに値すると判断した。君を推薦したシナも信頼できる。それ以外に必要ない」


 真っ直ぐとリコの目を見つめ……てはいない。実は真宵はリコのおでこに焦点を合わせている。

 引きこもりぼっちは視線を合わせることが苦手なのだ。基本真宵と視線が合った気がしても、実際はほんの僅かにずれている。ちなみに真宵は鏡の中の自分と視線を合わせても、ゲシュタルト崩壊を引き起こして体調が崩れるほどだ。ぼっち舐めんなよ。

 瞳から自分の内を見透かされるような感覚に貫かれるリコ(勘違い)。

 これは誤魔化せないと、笑みを崩さないまま口を開く。


「ふふー、了っ解。それじゃあアメリカ、エジプト、フランスに関してだね」


 さらに理解が追いつかなくなる周囲を放っておいて、真宵とリコだけの舞台が整っていく。


「アメリカの後方部隊と前線部隊で二人入れ替えがあったみたい。注目はこっちに来たナンバーズ18。『広域音響分析ハイ・ソナー』で各支部の情報が欲しいみたい。もっちろん、本命は日本支部こっちだよ。あ、安心してね。窓に振動波長変換器バイブレーションチェンジャー付けたから、会話を聞かれることはないよー。全く、条約違反にはプンプンだー。でも、この為に指切断したみたいだからびっくりだよねっ」


 スラスラと出てきた重要情報。

 驚愕と納得に、全員がリコへの第一印象を改める。

 小柄で人好きする愛嬌の良さ、だがDランクという評価で重要視していない人間は多かった。まさかそんな彼女がここまでの情報を誰に知られるでもなく手にしていたなど、本人と真宵以外(真宵もです)の全員が想像すらできていない。大幅な評価向上は当然の帰結だろう。


「エジプトはアメリカに協力したみたいだねー。この為に後方人員の中に医療者を呼んでたみたい。向こうのナンバーズは忙しいだろうにね。でも目的は情報というよりお金かな? アメリカがいくらで依頼したか知らないけど、めちゃっこ多いだろうなー。組織にも個人にも、ね。支部長まで関わってるかは不明」


 この小さな少女はどこまで知っているのか。

 解放力に関係なく、これほどの諜報能力があればCランクになれるだろうに。どうして今まで隠していたのか。

 わからない。読めない。馴染めない。

 “不明の塊”

 そうとしか受け止められなかった。

 真宵とは別の方向性で、リコは謎めいた存在だ。

 その変わらぬニコニコとした表情が不気味に見えてしまうのも、仕方のないことだろう。


「フランスはイギリスの1と張り合うために、何か計画してるみたいだったよ。あこは物資のバスに紛れて何か運んでたみたいだし。でも詳細はなーんもわかんないなー。……でもフランスナンバーズ2がいるから気を付けた方が良いね」

「“巫女プレトレス”か」

「そうそれ! 確か長期的な未来を視るはずだから、何か大きな事が起こるかも」

【フランス支部が持ってきたのは解放学兵器です】

「フランス支部が持ってきたのは解放学兵器だ」

「「「はい?」」」


 真宵の爆弾発言に、その場の全員が耳を疑った。


(ひえっ、なな何か変なこと言ったぁ?)

【言ってません……多分」

(最後のなに!?)


 このコンビは置いておいて。

 解放学兵器とは名の通り、解放力から生まれた学問である解放学、それを利用して作られた兵器のことだ。ものによっては途轍もない威力や、絶大な効果を発揮することもある。

 当然そんなものは国境を越えての移動が制限されるのだが、今は申告と検査があれば持ち込める理由がある。


「合同任務を理由にそんなものを……?」


 合同任務は強大な魔獣の討伐を理由としたものが多い。その為、例外的に解放学兵器のような物の移動はある程度許される。

 だが、ここには重要な点が一つある。

 日本の合同任務では主に前線の人員しか戦わない。つまりは、強力な兵器の持ち込みも、ほぼ前線だけの特権というわけだ。

 しかしここは後方部隊。最低限の装備はともかく、解放学兵器のような“力”を持ってくる意味がない。


「真宵、詳細はわかるかしら」


 茜の言葉に、真宵は考えるように瞳を閉じる。


(ルヴィィィ! ヘルプ!)

【そういえば最近足りていないものがありますね】

(うえ?)

【京都の誇る世界最高のしょく——】

(賀茂ナスと九条ネギねっ! いくらでも……い、一本は買うから……)

【三本でお願いします】

(うっ)

【残念です。それでは頑張って……】

(わかったっ! 三本ずつ買うからぁ)

【それではその分働きましょう】

(……食べられないのに)

【情緒がありませんね。爪ならばまた生えてくるでしょう】

(ごめんなさいっ)


 大変愉快な茶番劇である。

 ちなみにこの時代で賀茂ナスと九条ネギを三本ずつ買うとそれなりのお値段となる。

 賀茂ナスは一本約6,500円、三本で19,500円。

 九条ネギは一本約3,700円、三本で11,100円。

 締めて30,600円だ。日本の食材としてはかなり高価な部類だろう。

 とまあ、そんな裏交渉でルヴィの助力を得ることに成功した真宵は、何が語られるのかと緊張した一同への説明に移る。


「本体も解放学兵器のようだが、構造はレールガンそのものだ。難しい原理はともかく効果は単純だな」

「物体を高速で打ち出すということね」

「『運動抑制領域サプレッション・フィールド』や、なんらかの“偏光”を利用した“波”の効率化などが組み込まれているようだが、詳しい構造を無視すればまさにその通り。ただ速く、遠くに物体を飛ばす。これだけだ」


 唖然。そうなってしまうのも無理はない。

 語られているのは間違いなく極秘機密事項に分類される、フランスの技術的な重要情報だろう。それをこうもあっさりと見破るとは、もはや諜報技術の問題ではない。

 当然、ある程度の情報は日本支部にも届けられてはいるだろう。少なくともスペックだけは確実だ。それがうえなどに伝わっていないのは不可解だが、存在を誰も知らないということはあり得ない。それでも、詳しい構造などはフランス以外持ってはいないはず。大型の解放学兵器の情報など、簡単に開示するはずがないからだ。

 だからこそ理解が及ばない。

 真宵は何故、こうも容易く秘められた事を暴ける?


「問題は弾体かしら」


 疑問を飲み込んで質問したのは、茜だった。

 驚きはある。不理解や呆れ、畏怖さえも感じている。だがそれは、真宵には関係のない話だ。

 こうして話してくれるのは、信頼の証であろう。ならば最大限真宵が生かせるように立ち回ることこそ、茜達に求められている立ち位置と言える。

 ならば疑念の一つや二つ、呑み込んで見せよう。


【弾体中央に用いられているのは偏ラングレー波の方向を微調整する特殊素材。これは高次元のベクトルに干渉するものですが、元となったのはイギリスの機密素材で、フランスの諜報機関が盗んだ情報を元に作成されたようです。ただし“振れ幅”が小さいので大きな現象は起こせません。効果を起こすのは『偏ラングレー波共振結晶』と『分子運動増大波長再現体リープロドゥサブル・レッド・ウェーブ』です。砲身を離れた0.062秒以降に近づいた物体の分子運動を増大させます。しかしどうやら固体及び僅かな液体のみを対象としている為、主な対象は生物と考えて間違いなさそう——】

(まってまって! わかんないからわかんないってっ! 端的に!)

【触れたら燃えます】

(端的過ぎっ!?)


 真宵の珍しく眉を寄せている姿に、周囲はどんな危険があるのかと息を呑む。

 まさか茶番劇が起こっているなど、想像もしていないだろう。していたら逆に頭おかしい。

 ルヴィから噛み砕いた説明を受けてなんとなく概要を掴んだ真宵は、ゆっくりと説明の為に口を開く。


「『炎の支配者レッド・ルーラー』の再現体が組み込まれている」

(触ると燃えて危ない。これだけは理解した)


 こいつポンコツ過ぎてなんも言えねぇ! 地頭良いのだからもっと頑張れよ。


「……それは、間違いない情報?」

「確実だ。確率に起こすならば100パーセントと断言できる」


 部屋にいる全員が、思わず黙ってしまった。

 『炎の支配者レッド・ルーラー』、それはとあるオペレーターの解放力にして称号。その呼び名を知らぬ者は、アラヤにおいて誰もいないと言って良い。

 万物を焼き尽くす業火は、一切の生存を許さない。

 焼き焦がされた大地は、生命を拒絶する世界を作る。

 炎を生み支配する者だけが、そこには残される。

 世界ランキング7位タイ。ただ一人で世界を救うことも滅ぼすこともできる、希望天災の称号なのだから。


「そ、それは……どの程度の威力なの?」


 うえの緊張した声。

 当然だ。再現体の威力によっては、一体が焦土と化す。

 着弾するのが前線だとしても、前線の人員はもちろん後方の人員にまで被害が及ぶ可能性すらあるのだ。


「そこまで心配する必要はない。どうやら固体及び僅かな液体のみを対象としている為、主な対象は生物と考えて間違いないだろう。その効果範囲も——」

【直径約80センチです】

「——直径約80センチと小さい」

【範囲内に入った固体を変質させ液体を瞬時に沸騰させる程度でしょう】

「固体を変質させ液体を瞬時に沸騰させる程度だ。全く問題はない」

(問題ありまくりじゃん! 危険過ぎて禁止兵器にされる類のやつじゃん!)


 セルフノリツッコミ(外と内心)を決める真宵。

 やっと気付いたか。そうだよ、めちゃくちゃやばい兵器なんだよ。


「良かった。その程度なら問題ないわね」

(マジでっ!?)


 安堵の息を漏らす一同に、真宵は心の中で渾身の“マジでっ!?”をキメた。

 本来の『炎の支配者レッド・ルーラー』と比べると、あまりにも矮小過ぎる効果。確かに危険なのは変わりないが、はっきりいってその程度の威力ならば比肩する兵器はいくらでもある。

 なまじ世界ランキングを知っているが為に、常識が若干怪しいメンツであった。

 真宵がまともとか、これまであっただろうか。珍し過ぎて褒めてあげたい気分だ。あっぱれあっぱれ!


「でも、なんでそんなもの……」

【兵器が日本支部にとって役立つことは確実ですが……】

「日本支部に役立つことは確実だが……」


 次なる言葉を待つ真宵だが、一向にルヴィは喋らない。


(あれ、どうしたの?)

【これ以上は賀茂ナスと九条ネギの追加を求めます】

(何故にっ!?)

【即急にこなすべきタスクの発生を感知しました。ここでの推奨行動はもはやありません】

(これまでこんなことなかったじゃん!)

【ではプラス四本で話を続け——】

(ストップストップ! わかったからぁ。お金ないんだよぉ)


 これまでになく自意識を主張するルヴィに、真宵は白旗を上げた。

 アラヤに来てからまだそう時間は経っていない為、イベントは盛りだくさんだったが、給金に関しては全く貰っていない。というか、働いていないのだ、当然のことだろう。

 一応母親から最低限の額は渡されていたが、そんな高級食材を無駄に買えるほどの余裕はない。

 生まれて初めての金欠を感じている真宵であった。まる。


「まあ、そう考える必要はない。なんだったら頭の片隅に置くだけでも問題はないだろう。無駄な事を言った。すまない」


 ルヴィからの助言が無くなった瞬間、強引に話を終わらせる真宵。実に聡いぼっちである。

 単に注目され続けて気分が悪くなってきた、というのもある。軟弱な。


「真宵ちゃんがそう言うなら、いいのだけど……」

「それよりも緊急性の高いタスクが発生した」

(ルヴィ、内容は?)

【オペレーターのいざこざのようです。推奨人数は3人】

「オペレーターのいざこざのようだ。早速仕事だな。二人ほどついて来てくれ」


 いきなり外に向かい始めた真宵の行動にも、文句を言う人間はいない。どうやって感知したのか問う人間も、またいなかった。


「あ、待って真宵ちゃん!」

「私もついていく。リアム、美沙希、食料の配布をお願いするわ」


 真宵の後について行くうえと茜。

 三人が外に出るのと同時に、部屋の緊張感が緩む。


「あの人の前やと、自然と緊張してしまいますわ」


 浦賀の言葉に、同意の声が上がった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る