第二章 各国合同任務・迷い子の悩み篇(そして勘違いは国境を越える)

各国合同任務騒動

第17話 目覚めは変わらぬ時間に

 意識を揺らす刺激。それは音を出さない目覚ましであり、効果の方もそれなりの保証を得られている。

 そんな刺激を受けること6秒、使用者はパッチリと目を覚ます。


【おはようございます】

「おはよう。今何時?」

【6時12秒です】


 首からチョーカー型の目覚ましを外しベッドから降りると、脇に置かれたタンブラーを掴み喉を潤す。

 キビキビとした起床動作からは、彼女が一年もの間引きこもりをしていた面影は見えない。だが、彼女にとってはこれが普通であり、この会話も秒単位で変わらない。


「んー、昨夜の睡眠薬は量が多くなっちゃうや。他のやつ探した方が良いかも」

【アラヤ内でこれ以上の効果を探すと、医学区画に行くのが良いかと】

「んーや、それだと足が残っちゃうしなぁ。こんな大量の睡眠薬買い占めたら、絶対に面倒」

【では、今まで通り美沙希経由で送ってもらうしかありません】

「だよねー。なんかあの人口が硬いし、もうしばらく頼もうかな」


 これも、彼女にとっては日常である。睡眠薬無しの自然な睡眠導入は、彼女にはとても難しいことなのだ。

 まあそんなことは特におかしなことではない。睡眠薬が必要な人間など、そこら中にいるであろう。

 次に彼女が行ったのは、朝食の摂取である。

 まず大きめのカップに牛乳と白い粉末を用意する。後は簡単、牛乳に粉末をぶち込み撹拌して、そのまま喉に流し込むだけだ。なんかやばく聞こえるのは、何かの間違いだろう。ホント、アブナクナイヨー。

 まあぶっちゃけると、白い粉は“完全栄養食”である。それだけで人間が生きるに必要な栄養素を摂取できるので、非常にありがたい逸品だ。

 商品名は『オールインワン』。半世紀以上の実績を誇る超老舗のロングセラー商品であり、彼女は大体これで朝食を済ます。ちなみにバニラ風味だった。

 六十年前まではプレーンしかなかったが、とある凡庸な英雄の切実な叫びにより味が増えたのは……まあ、今は関係のない話だろう。


「今日の予定は?」


 アラヤの制服ではなく母親から送られた特注の服に腕を通しつつ、彼女は虚空に声を響かせた。


【まずは戦術論の講義と具体的なテキストをこなす授業があります。その後、アルスリードの第4講堂での戦術講義を行い、次に第9訓練場での自由参加実習を指導員と協力して行います】

「確か最初のはティーチャー用の授業だったね。うへぇ、頑張るか。後のやつは……ルヴィ、全部任せた」

【おまかせください。完璧にこなしてみせます】

 

 玄関へ体を向けた彼女は、思い出したように体の向きを変えた。

 

「あ、昼食の必要とかある?」

【44パーセントの確率で必要になります】

「じゃあ持ってくか。あれ、ボトル何処に行った?」

【右の棚の上にしまっています】

「本当だ。感謝感謝」


 靴を履き準備を整えた彼女は、扉を抜けて廊下に出る。

 こうして彼女————三日月真宵の一日が始まった。





     †††††





「このような障害物の多い状況においてはまず相手の位置を把握することが重要だが、その為の手段によってはオペレーターに最適な位置は変わってくる。高所は上空優勢権に先手を打てない場合偵察に見つかる可能性が高くなり、同じ高さならば両者とも視界が限られてしまう。もちろんBランク以上のオペレーターならば容易く対応できる状況は多いだろうが、オペレーターの力量に頼っていては不測の事態が起こりうる。そのため複数の人員から送られた情報を的確にまとめ——」


 多くのティーチャー、サブティーチャーが参加する講義。講師はこれまでアラヤが積み上げた資料と経験を以て、実践的な例をまとめながら情報を伝えていく。

 しかし何故、カウンセラー兼補助役に過ぎないティーチャーという役職にそんな講義が必要になるか疑問に思うだろう。

 その理由は簡単、日本アラヤは指揮官コマンダーの数が圧倒的に不足しているためだ。そしてそもそも、ベテランのティーチャーには一部指揮権が認められている。

 コマンダーは中規模から大規模な作戦において、比較的多いオペレーターを指揮する。中には数十人単位の指揮を行う者さえ存在するほどだ。だが絶対数が少なく、余裕はない。

 一方オペレーターは普段はカウンセラーをしつつ、担当を持った場合はその担当の訓練や面倒な雑務を片付け、任務の際には任務遂行の補助をこなす。……が、実際は小規模任務に関してはティーチャーが指示を出すことが多い。

 コマンダーは専門として指揮を行う人間であり、ティーチャーはあくまで可能な範囲で指示を出す人間だ。

 だが先ほども言った通り、ベテランのティーチャーには小規模から中規模の作戦を指揮する権限を持つ者もいる。中には『コマンドティーチャー』というコマンダーとティーチャーの権限を持ちつつ、さらには交渉権から指令権まで与えられている上位教師もおり、厳密にコマンダーとティーチャーを分ける境はわかりずらい。

 まあつまりは、ティーチャーであっても任務指揮の為の技能は必須であり、それを教えるのがこの講義なのだ。


「屋外かつドローンを持ち出されている場合、上空優勢権を後手で取り戻すには……えー、同じくドローンを持ち出すことが……」

「ほう」


 そんな重要なことを教えている講師は何処かやりにくそうで、同時に特定の人物をチラチラと意識していた。いや、この部屋にいる全員が講義に集中し切れず、視線を集中させている。

 そんな彼らの心情は、ただ一つに集約されるだろう。

 つまり——


(((——なんでSランクがこんなとこに来てるんだ……!?)))


 戦術論を聞きに来ていることは特におかしくはない。おかしいのは、これが戦術論の中でも基礎に当てはまる内容であるからだ。

 この講義の対象はサブティーチャーと基礎を学び直したい新米ティーチャーである。

 それの何がおかしいのか、真宵は新米ティーチャーだぞ。そう思うのかもしれないが、前提が違うのだ。これは戦術論の基礎を固める為の講義だ。つまりは、ある程度の戦術論を修めている人間には必要がない。

 そしてここにいる人間のほとんどが知っている事実があった。

 先日行われた上位訓練の一つ、混合実践式戦闘訓練フルランクバトルにおいて、真宵はAという事実。

 もうそれだけでこの講義が如何に無意味かがわかる。釈迦に説法もいいところだ

 

(むつかしくて面倒。全部事前に把握するば良いのでは?)


 だが真宵はポンコツだ。これを本気で考えるくらいには、常識が抜けている。誰も彼もお前みたいにルヴィズルできると思うなよ!


「あー、三日月さん……」

「真宵でいい。敬称も不要だ」

「……では、真宵……くん」


 めっちゃ講師の方が困っている。そりゃそうだ。

 

「なんだ」

「何か疑問はないで……ないか?」


 正直どう扱ったものか困るが、それはそれとしてこの機会を有効活用したい。そんな思いで講師はこの質問を発した。よくやった、素晴らしい勇気だ。

 真宵は少し考えた後、純粋な疑問を込めて答えを返した。


「ふむ……状況を把握する重要性は伝わった。だが、それならばのではないか? あらゆる情報を作戦前に知っておけば、無駄な手順が全てなくなるだろう」


 だーかーらー、それできるのはルヴィと意思疎通できるお前くらいなんだよ!!


「あー、えー……それは、どうやってかな?」


 とてつもない困惑と疑問に満ちた表情の講師。全く理解できない領域の話をされて思考停止するティーチャー達。なんだこの状況?


「どうやって……。ああ、なるほど」

(そうだよっ! ルヴィいないとそんなことできないじゃんかぁ!)


 驚愕の事実に気付き慌てる真宵。そうだよ、当たり前だろ。

 はたから見ればうんうん頷いた後、講師をまっすぐ見据えるSランク。なんだこの落差は。

 真宵は小心者だ。大勢の前で失態を晒すことが怖くて、とりあえず足掻くくらいには往生際が悪い。

 ここからどうやって言い訳するつもりだろうか。


「そうだったな、君達には見えないのだった」

「えー、何が見えないのでしょうか」


 困惑気味の講師は、それでもなんとか会話のキャッチボールを成り立たせる。


「私には“道”が見える。いかなる状況下であっても拓かれている、進むべき道だ」


 このポンコツ、会話はキャッチボールで成り立っていることを知らないのか?


「は、はあ?」

「あらゆる結果の形は変わらない。ならば、後必要なのは過程だけ。形さえ合わせられたならば、その過程はなんだって構わない」


 なんか良くわからないが、とりあえず壮大な話をし始めた真宵に、隠すことすらなくなった視線が集まる。


「しかし、たどり着くまでの要素は限られている。ならば、逆算すればありとあらゆる状況は自ずと見えてくる」


 真宵の顔に薄い笑みが浮かんだ。当然のことを当然に教えるような、そんな笑みだ。

 見惚れてしまうのは、仕方のない事だったのかもしれない。


「故に、事前に全ての情報を積み重ねることは(ルヴィにとっては)当然のことだ。そう難しいことではない。私よりも遥かに優秀な君達ならば、なおさらのこと」


 部屋にいる人間が言葉を失い見つめる中で、真宵は悠然と締め括った。


「君達もいつか見えるだろう、道が拓かれている先をな」


 講義の時間が終わるまで10分間、誰も言葉を発することも、体を動かすこともできなかった。


(なに、なんなのこの空気は? なんで誰も何も言ってくれないのぉ? 怒るなら怒ってよぉ……!)


 緊張と罪悪感、そして泣きたい気分になりながらも、真宵は座ったまま澄ました表情を崩さない。でも内心涙目だった。

 そんな感じになるなら適当なこと言わなければ良いのに。なんてことは言わないのがお約束だ。ぼっちは、素直に間違いを認めることが苦手なのだから。


【…………っ】


 ちなみに、何処ぞの脳内AIはめっちゃ受けていたそうな。

 ほんと、いい性格してやがる。





     †††††





 アルスリード寮。

 Aランクから一部Cランクまでのオペレーター、つまりは日本アラヤにおいて実力の高い者達の集う寮である。

 午前10頃までとあるSランク(笑)が戦術講義を行なっていた講堂を有し、そしてそこに所属する多くの人間が予定をすっぽかして訓練場に集い、今はそのほとんどが肩で息をしながら這いつくばっているオペレーター達の生活の場といっても良い。

 対して比較的疲れておらず、なんとか二本の足で立てているのが、他の二つの寮に所属するオペレーター達だ。


「はーはー……うぐ、キッツイ」

「ゔー……そっちは……まだ……ましでしょ」

「浦賀。お前、今にも死にそうだぞ」

「おんなじCなんに……この差は……かないませんわ……ゲホっ」


 以前の混合実践式戦闘訓練フルランクバトルから妙に仲良くなったCランクコンビの違いが、そのまま疲弊の差を表しているかのようだ。


「ルムオク寮とキヒャル寮は水分を十分に摂れ。アルスリード寮のやつの体も十分冷やすように。余裕のあるやつは倒れているやつを助けてやれ、恩は売れる時に売っておいた方が徳だ。荒寺あらじコーチ、スポーツドリンクを配るのを手伝ってくれ」

「ああ、わかった。……それにしても、アルスリードをここまで追い込むとは……」


 アルスリード寮は基本エリートの集う場だ。数の少ないAランクとBランクがいる時点でそれは明白。

 その下、Cランクの大部分からDランクの一部を擁するのが、ルムオク寮である。

 この寮は良くも悪くも平均的なオペレーターが多い傾向にある。とはいってもそれはアラヤ全体のランク評価から見た場合であり、評価的には平均から十分優秀と言える人材まで揃っていると言えるだろう。

 そして最後にキヒャル寮。

 Dランクの大半とEランクまで所属する、アラヤの過半数を占める人員を有する寮だ。規模も最も大きいが、実力に関しては他の二つの寮に劣ることは否めない。その分人数を必要とする任務に派遣される場合、真っ先に声をかけられる寮でもある。

 この三つの寮が揃って訓練を行うなど、そうそうあるものではない。

 まあ実のところ、これは訓練ではなく“実習”のはずなのだが。

 人数が増えすぎたためだろう、実質的な寮対抗の訓練と化してしまった。


「よくやった。だが狙いを定める時に顔を真っ直ぐにすることを忘れるな、視野が狭くなる」

「は、はい!」

「勢いは良かった。その分死角からの攻撃に弱いな、状況の把握の仕方を頭に叩き込んでおくと良い」

「わかりましたっ!」

「把握と予測は及第点。しかし最悪を考えているせいで動きが鈍い、ミアコーチに相談しろ」

「りょ、了解……です」

「……なあ、俺の所に来るやついないんだが」


 荒寺がそう零す。

 何人かがスポーツドリンクを配る中、真宵の前にだけ長蛇の列ができていた。

 ちなみにアルスリード寮のオペレーター達は未だ這いつくばり、ゾンビの如き動きでなんとかSランクに辿り着かんと足掻いている。そして介抱される。無理すんなよ。


「確かに、これでは効率が悪いな」

(え、え、なんで私のとこだけ? 何? ここにあるのだけなんか特別なの?)


 手元のボトルと荒寺の持つボトルを見比べるが、当然違いなどない。


「全員均等に並べ。時間を無駄にするな。待つ時間だけで他に有用な事がどれだけできると思っている」


 その言葉に列はピシリと固まり、次に鋭い視線が飛び交う。長蛇の列は全く動いていない。

 全員が全員『お前がどっか行け』、『いや、俺は動かん』と牽制し合っている。


(なんか空気悪くなったんだけど? 私何かしたぁ?)


 急に殺伐としだしたことに戸惑う真宵。

 何かしたぁ? じゃない。今日までやらかしまくってるだろうが。


(ルヴィ、なんとかしてよぉ。どうすればいいのぉ?)

【有用性の高い案を提案します】


 そしていつもの。

 困った時の脳内AI。安心安全(当社比)実績アリ(マジ)である。


【とても低い声で多少ゆっくりそれなりに大きい声で、伝えたいことを短く纏めてください】


 めっちゃふわっふわな助言。これはレア。

 多分状況に心惹かれなかったのだろう。いやもしかしたら、これこそが的確かつ最適な助言だったのかもしれない。その真意を測る者はいないがために、真相は闇の中だ。


「……お前達、早くしろ……。これが最後だ、早くハーリー……」


 暗く、冷たく、鋭く、重い。

 それを聞いた者は寒気を覚え、ヒュッっと息を呑んだ。

 反射的に動く四肢。自分が何処をどう動いているのかはわからない。だが1秒でも早く従わなければ、自分達に未来はない。

 頭の中で響き渡る警告と本能の声が、そう告げている。

 10秒掛からず、綺麗な列が出来上がったのだった。


「何をしている荒寺コーチ。早く配ってくれ」

「あ、ああ……」


 変わらぬ無表情、そこには影すら見出せない。

 荒寺はそれが恐ろしかった。

 実感する。ここにいるのは、ナンバーズすら仕留めるSランクかいぶつなのだと。


「狙いを定めて撃つまでが遅い。射撃訓練を欠かすな」

「ハッ!」


 まあ、一人一人に助言をする生真面目さは、親切過ぎる性根を表しているのだろう。

 列に並べなかったオペレーター達は歯軋りした。


「すいません。三日月さんは……あ、そこですね」


 列も短くなってきた頃、真宵を呼ぶ女性の声がした。


(えー、だれ?)

亜柄あがらミネ。ティーチャーです】

「ミネティーチャー。要件ならばわざわざ呼びに来なくとも、デバイスに送ってくれれば良いのだが」

「いえ、支部長から直接呼んでくるように言われたので。セントラルビルの会議室まで来ていただきたいそうです」

「了解した。荒寺コーチ、ここは任せる」

「ああ、任せとけ」


 真宵はオペレーター達に視線を向けてから、付け足す。


「予定を放り出したオペレーターには、十分言い聞かせてくれ」


 かなりの数が肩を揺らした。


「それではミネティーチャー、案内を頼んだ」

「はい」

(なんだろう? お給料倍増とかかな?)


 んなわけないだろが。


【新たな伝説の始まり、の可能性が僅かにあります】


 適当言うな。その僅かは限りなく0に近いだろうが。


(伝説……ゼルd……)

【そこまでにしておきましょう】


 危なかった。何が危なかったのかわからないが、とりあえず危なかった。

 ていうか何処でその知識をつけた? 現在2110年、世代じゃないとかそういうレベルではない。


(玉木がよくやってたよなぁ)

【サルベージはホワイトアロー・エレクトロニクスが担当しました】

(ほえー)

 

 完璧な姿勢で歩を進める真宵。そんな颯爽と去る彼女の後ろ姿を、多くの人間が見送った。

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