第14話 賢者と愚者(そしてギャグは蘇る)

(なに、が……!?)


 目の前が真っ白になり、耳は聞こえるはずもないキーンという音を捉える。

 自分がなにをしているのか、それすらも曖昧だ。状況そのものでさえも、わけがわからない。

 素人ならばこのこの状況が続いただろうが、茜は訓練を受けたオペレーターだ。徐々に論理的思考を取り戻していく。それも、常人では不可能な速さで。


(この感じ……スタングレネード……!)


 この時点で3秒も経ってはいない。気付けたとはいっても、回復にはまだ時間がかかる。

 しかしアーツでスコア4の『個人という波の増幅』が行われている茜は、五感を取り戻すスピードも人間の限界を超えた。思考を取り戻すにかかった時間とほぼ同じ時間で、最低限の機能を回復させてみせたのだ。つまりは3秒。

 総時間5秒半。その間に攻撃を受ける可能性もあったが、周囲からの攻撃はなかったようだ。

 尤も、直前に散々リアムの光弾を食らいまくった茜では、痛みの判別はできなかっただろうが。


「……追撃すれば……いえ、貴方の『複雑弾道光弾コンプリケイテッド・バリスティック』じゃ、閃光の中狙うのは難しいかもしれないわね」


 先ほどまで耳と目を塞ぎ床に伏せっていたであろうリアムの姿を、茜はぼんやりとした視界の中で捉える。

 だが茜が目を細めて見たリアムは、ゆっくりと立ち上がり一言口にした。


「スコアは……どうやら下げたようだな」


 リアムの言う通りだ。茜のアーツはスコア3だった。

 茜がスコア4を使用してからきっかり10秒で、その状態は解除されていたのだ。


「知ってるでしょ。スコア4は負担が大きすぎる。長時間使えるものじゃないのよ」

「10秒連続で使えるならば、それはもう人外の能力だろう。アーツマスターがアーツマスターたる所以。スコア4に辿り着いた者はいても、お前ほど長時間使える者はいない」


 そう。茜はナンバーズたり得るのは、なにもスコア4が使えるからでも、特殊な効果のおかげでもない。4が故である。

 だが疑問があるだろう。果たしてたった10秒の維持時間で、時に連戦さえある任務を終えられるのか。

 その答えは、リアムの口から発せられる。


「しかも本来お前は、34。休みを入れれば大規模任務でさえ耐えられるらしいな」


 スコア4に至った者の維持時間は、増幅を加減しても5だ。

 当然、休みを挟めばそれ以上の活動は可能だ。だがどう頑張っても、スコア4での総活動可能時間が1分を超える者は片手で足りるだろう。しかもそれは、体の限界を無視しての話としてである。

 そんな中で、スコア4を使ってなお任務を終えられる茜は、文字通り規格外の人材だ。


「何が言いたいのかしら」

「尋常ではない維持時間を誇りながらも、お前はスコア4を出し渋り続けた。時間が経てばこちらが有利になるとわかっていてもなおだ。こちらの精鋭を葬り去るチャンスにすら、スコア3で対応するほどに」

「……」

「俺は無駄話が嫌いだ。だがこれだけは聞いておこう。お前は一体、4?」


 その言葉に、茜は無表情を晒す。

 思わず出たものではない。表情筋を操る訓練の成果として出力された、作られた無表情だ。


「……ここ来るまで、北、東、南の三つを制圧したわ」


 茜の口から零れた言葉に、リアムは納得を覚えた。

 不思議だった。明らかに真宵を狙いながら、何故茜はこうもここに来るのが遅れたのか。

 探すだけならば、アーツマスターの機動力があればそこまで時間をかけずに見つけられたはずだ。真宵は尋常でないほど目立っていた。近づけば間違うことはなかっただろう。

 だが西の建造物にあるここへと辿り着くまでに、他の全ての範囲を制圧していたというのならば、ここまで時間が掛かったのも頷ける。


「北はなんの障害もなく片付けられたわ。スコア4を使ったのは、最後の一回だけだった」

「妥当だな。むしろ使わせられたのが意外だ。だがその程度で……」

「でも東と南は違ったわ」


 リアムの言葉に返すことなく、茜は淡々と告げる。


「私がスコア4を使わざるを得ない状況に持っていかれたのよ。それぞれ約三十人程度のオペレーターに、私は焦りを覚えたわ」

「まさか……そんなことが?」

「一人一人は大したことはなかったわ。集団でかかってきても、いつもなら十分対処できたでしょうね」

「それなら……」

「でも彼らはほぼ全員で協力して、全く同じ戦術を使ってきたわ」


 茜は無表情を崩し、苦々しい色を浮かべる。だがその顔には、僅かだが高揚の気配が感じられた。


「スコア3では対処の方法が限られて、数が多いほどに有利になり、しかも待ち伏せ前提で、そもそも大人数がいなければ成り立たない。そんな戦術だったわ」

「待て、それはまさか」


 聞かされた情報に、リアムの脳内では一つの戦術が浮かび上がる。

 いや、その必要すらなかった。

 何故ならば、自分達はすでにその戦術を目にしているからだ。


「そう、ワイヤーを使った陣地作成。それが私がスコア4を使わざるを得なかった、最大の原因なのよ」


 ほとんど変化のなかったリアムの表情に、目に見えるほどの驚きが刻まれる。


「当然ここほど完成度は高くなかったわ。でも狭い廊下に張り巡らせて、大人数で待ち構えれば、私としてもスコア4を使う以外の選択肢は少なくなる」

「それを繰り返されれば……」

「そう、活動時間は嫌でも削られる。私はミア先生ほど器用じゃないから尚更ね」


 そしてそれを聞いたリアムの思考では、不可解な点がいくつも浮かび上がっていた。


(Sランクやナンバーズが参加することは、参加しているほとんどが知らなかった。なのに何故、そこまで的確な戦術を行えた? いやそもそも、それはかなり高度な頭脳とカリスマが必要だ。俺でさえ難しかっただろう。ならば、?)


 黙ってしまったリアムに、茜は少し楽しげにさえ感じる口調で問う。


「ねえ、貴方達は真宵とずっと一緒にいたのよね?」

「……ああ、確かに俺らはあの人といた」

「彼らの中で作戦を提案した一人に話を聞いたの。彼女はこう言っていたわ。『黒髪碧眼の怖いくらい綺麗な冷たい女性が指示をした』ってね」


 茜の口にした風貌と全く同じ姿を、リアムは知っていた。 

 

「その子の解放力は極々弱い『精神感応テレパシー』。手を触れた対象としか通じ合えない。……だけど、彼女はその時初めて遠く離れた所の人物とはっきり繋がったそうよ。唐突に、強制的に解放力が機能する感覚と共に」


 まさか、真宵の解放力は『精神感応テレパシー』なのか?

 いやだが、それにしてはおかしい。

 何故なら感応起点者テレパス同士は——


「そう、感応起点者テレパス同士は両方が解放力を使っている時に『精神感応テレパシー』は使えない。片方は必ず解放力を使っていないはず。なのに彼女の言う通りなら、使

「……しかも、強制的に解放力が機能した」

 

 そう、そうなのだ。茜の言葉は解放学の常識。

 なのにそのテレパスは『精神感応テレパシー』を使いながら他のテレパス……この場合真宵から思念を受け取ったことになる。しかも、解放力の機能する有効範囲に、対象がいないにも関わらず。

 さらには、解放力が強制的に機能したという。その現象自体はさまざまな要因で起こり得る。だが人為的にそんなことができる解放力者など、そうそういないだろう。

 わからない。不可解な点が多すぎる。


「ねえ、真宵は、一体何をしたのかしらね? いやそもそも、三日月真宵って何者なのかしら?」


 その問いに答えることが、リアムにはできなかった。

 考えれば考えるほど、思考は“不可解”という袋小路に突き当たる。

 いやだが、リアムに考察するに値する情報がある。それは真宵自身が神谷ミアに告げた言葉だ。

 リアムもまだ全てを明らかにすることはできていないが、ある程度の予想は立てられる。

 まだ確定ではないが、あの言葉が真実であるならば、三日月真宵は何処かの組織に作られた————


「なんてね」


 茜はそう言って、イタズラの成功した子供のような笑みを浮かべた。


「せっかく堅物が慣れない“時間稼ぎ”を頑張っているのだから、私も乗ってあげようと思って」

「……気付いていたか」

「むしろ気付かない方が難しいと思うわ。あまりにも露骨だったもの。貴方、本当に喋るのが苦手なのね」

「無駄口は好かん」

「ペースを崩されると、途端に口数が減ってたしね。そっちが素だってすぐわかったわ」


 やはり自分には向かない依頼だったと、リアムは小さくため息を吐いた。


「まあでも、貴方に言ったのは全部本当に思ったことよ。ただの一つも嘘はない。私はこの疑問に納得する答えを求め続けてる。……でも、今はそんなことに集中している暇はないもの」

「だったら、俺から情報を引き出せば良かった」

「聞いても知らないでしょう? ずっと見ていた貴方達でさえ、真宵の正体も解放力もわからない。なら、答えを期待するだけ無駄だもの。何か知っていることは確かでも、それが正しい保証もないわ」


 正しい。茜の考えは大多数が納得するほど正しい。

 だからこそ、その不合理な行動は誰もが疑問に感じるだろう。


「貴方の言いたいことはわかるわ。『何故時間稼ぎとわかっていて、自ら時間を無駄にするのか?』でしょう」


 そうだ。まさにそこだ。

 リアム達は最初から時間稼ぎを公言している。ならば、それに付き合う必要はない。まして、自分からそれを手伝うような行動は、あまりにも愚かしい。


「理由は三つ」


 茜は指を三本立ててみせる。

 これも無駄の多い、不合理な行動だ。


「一つ目に、スコア4を使った直後の負担を回復させるため。確かに私は他の“スコア4到達者スコアコレクター”よりもダメージが溜まりにくいわ。でも、スコアを落とした直後は結構辛いの」


 顔には出さないけどね、と茜は少しだけ眉を下げてに笑う。


「二つ目は、これ以上罠にかかって体力を減らさないため。基本装備は選んだオペレーションキットによっても違うけど、スタングレネード以外でも罠に使えそうなものはいくらでもある。流石にさっきのあれは、堪えたわ」


 茜はもうごめんだ、とばかりに微妙な笑みを浮かべる。


「三つ目は……個人的なことだから言わなくても問題ないわね」


 だが理由を口にしなかったにも関わらず、茜は一等楽しげな笑みを見せていた。

 抑えきれない昂りが目に現れたかのように輝く瞳。

 熱が籠ったかのように調子が上がった息遣い。

 僅かに歯が覗き獰猛性を伝える口の形。

 優等生の代表として名高い東堂茜の見せたものとは思えない、闘争本能と憧憬を表に出した表情。彼女は、こんな表情をする人間だっただろうか。

 いやもしかしたらこちらこそ、茜が元々浮かべていた顔なのだろうか。それこそ、届かぬ高みを目指し続けていた頃の彼女の。


「その理由、聞かせてくれ」


 気が付くと、リアムはそんなことを口にしていた。

 それは時間稼ぎを行おうとするためが故のものだったのだろうか。それとも、ただ抑えられぬ感情の発露から来たものだったのか。

 発言の直後に厳格なリアムが僅かに恥じたことを考えれば、答えは決まっているようなものだろうが。


「まさかAランクきっての合理主義者の貴方から、そんなことを言ってくるなんてね」


 リアムの内心を察したのだろう。茜は悪戯気な表情と言葉を表に出していた。


「そんなに聞きたいのかしら? もう大枠は理解しているでしょうに。聞く必要があるのかしら? それこそ不合理だと思うけど」

「…………」

「ふふ、ごめんなさい。なんだか誰かを揶揄いたい気分だったの。大丈夫、元からには聞かせるつもりだったわ」


 楽しそうだ。いや楽しみなのだろう。自由に駆け回ることのできる広場を前にした幼子にように、茜はこれからを考えて笑っている。

 リアムの持っていた“ナンバーズ7”の像ではない、彼女自身の“東堂茜”として発露している感情は、どこまでも際限のない無邪気さに満ちていた。

 だがそんなに楽しそうだった茜は、唐突に笑みの形を変える。

 幼子のような無邪気さは霧散し、何処か悟ったような儚い笑みが浮かぶ。


「私ね、“愚か者”のままでいたかったの」


 ぽつりと零された、そんな言葉。


「昔は“一番”に成りたいって思ってた。何処のとか何のとかはどうでもよくて、ただただ一番に成りたかった。小さな手で届く場所なら、どんなものでも一番に」


 前後の文脈からは何が言いたいのかが伝わってこない。あまりにも唐突な自分語り。

 だが、この語りには大切な何かがある。それは茜にとっても、リアムにとっても、あるいはこの場所に集った者達全員にとっても。

 だからリアムは先を促した。

 “賢い敗北者”である自分達と、“愚かな挑戦者”の違いを求めて。


「でも“本物”に出会って、“一番になりたい”っていう夢がどれだけ愚かなのか悟った。当然よね。私なんか世界から見れば代替の効く一人に過ぎないもの。何物にも代え難い“唯一”には届かない」


 それは、リアム達からすれば嫌味にも取れる言葉だ。

 彼らからすれば、茜は唯一無二の傑物。本来自分達など前に立つことすら憚られる、正真正銘の“絶対”なのだから。


「だんだん自分ってものが小さく思えて。なんでこんなことしてるんだろうって迷って。挑むことにすら臆病になっていたわ。愚か者でいられたならどれだけ楽だっただろうって、そう思ってたの」


 だがその言葉は、合理を尊ぶリアムすら身に覚えのあるものだった。

 そして儚い笑みを浮かべる茜を見て悟った。


 ————ああ、彼女も自分達も、始まりはそう遠いものではなかったのか。


 だが同時にこうも思う。


 ————何がこうも差を作ったのだろうか。


 そんなことを口にできるわけがない。何故かそんな思いを抱く。

 今はただ、茜の語りに耳を傾けるだけだ。


「でもね、気付いたの。ここで真宵に言われてはっきり確信したわ。私はね、ってね。これまでずっとモヤモヤしていたのが、スッと消えていったのよ。現実を見て生きているつもりだったのに、そんなこと根っからの愚か者にはできるわけないんだって。まだそこまで大人に成れていないんだって。だからまだ、もう少しだけ夢見てやろうって。それに、考えてみれば私、どんな時も挑戦をやめていなかったしね」


 そうか。そうなのか。

 ナンバーズ7……いや東堂茜は、折れることすらできなかったのか。

 ここにいる茜以外の者達は、夢を夢のまま終わらせる決断をした。

 折れたり、諦めたり、寛容になったり、あるいは目を背けたり……

 現実に対するアプローチの仕方に違いはあれ、一様に望む方向を意識的か無意識かを問わずに捻じ曲げた。そうしなければ、理想と現実の差異に押しつぶされてしまいそうだったから。そうしなければ、自分の矮小さが許せなくなりそうだったから。

 だが茜は違った。

 燻り続ける理想と希望、それにそぐわない現実の理不尽。その差異に苦しみながらも、逃げることも目を背けることもできなかった。まして、折れることなど許されなかったのだろう。

 全ては、その強固過ぎる精神性故に。


(いや、精神が強かったのもある。だが本当に俺らを分けたのは……)

「諦めずに夢を目指すのは、心が躍るものね」


 茜の表情は、自信と希望に満ちた、満面の笑みだった。

 

(……自分を信じる“心”、か)


 自分達が茜のようにできないのも当然だ。

 彼女は心の何処かで信じ続けていたのだから。自分自身の可能性を、諦めない限り叶うのではないかという妄想を、己が頂点に立つその瞬間を。一向に弱まることのない炎のような希望で、それらを照らしていたのだから。

 自分達には無理だった。

 信じきれなかった。足が竦んで踏み出せなかった。心折れたまま座り込んでしまった。自分だけでは二度と立ち上がれないほどに閉じこもり、顔を上げることさえ拒んだ。

 彼女と自分達を同列に扱うこと自体が烏滸がましい。それは侮辱だ。


「ここで貴方達と真宵を倒して、私は“私”にもっと羽ばたけると証明してみせる。確かには強い。挑戦者である私は圧倒的に不利かもしれない。でも、それは諦める理由にはならないでしょう? それに、私は“愚かな敗北者”。何度だって挑戦してみせる。宙の星にだって、手を伸ばしてみせるわ」

「……それは、こちらのセリフだ」


 リアムの性格では、上手く言語化できなかった。

 だが思考では、喜びや興奮、尊敬などが入り混じった挑戦心が強まっていく。

 強者ナンバーズ……いやここはあえて“愚か者”と呼ぼう。

 愚か者は傲慢だった。

 自分がどれほどの高みに座しているのか、知らないわけはないだろう。

 だが、彼女は“まだ足りない”と叫んだ。今はまだ届かずとも、届くまで手を伸ばすとたかみを睨んだ。

 リアム達は思った。

 

『手を伸ばすのはこちらもだ。そして今日、賢きを捨て“愚か者”の仲間入りをする。その為に、お前の高みを踏み台にさせてもらう。!』

 

 愚か者の先達には力でも心でも負けている。だが今日、負けられない理由が一つある。

 それはナンバーズに挑む自分達の為だけのものではない。

 “お前達ならば超えられる”と言ってくれた。“道は拓けている”と示してくれた。“後はお前達次第だ”と任せてくれた。

 彼女のそれが如何なる思いから発せられたのかはわからない。もしかしたら、全てが打算の結果なのかもしれない。

 だがそれで良い。Sランクという称号も気にならない。ただ彼女が信じたというだけで、自分達はこうして震えることもなく立ち向かえている。

 自分達を見出した彼女は……三日月真宵という“絶対”は、たとえ東堂茜ナンバーズ7にも破られない————ッ!


「もう大分喋ったわね。もう万全かしら」

「スタングレネードの効果も回復したか」

「私はアーツマスター。これだけ時間を掛ければ、後は精神の問題よ」


 茜は無邪気で楽しそうな笑み。

 そして驚いたことに、ここまでほとんど変わらなかったリアムの顔には、笑みが浮かんでいた。


「その顔、悪くないわ」

「……厳ついか?」


 その問いに、茜はクスリと声を漏らす。

 

「いいえ、希望を持った良い顔よ」


 リアムもまた、何年振りかもわからない息が漏れた。


「……ああそうだな。悪くない気分だ」


 その時の両者は、とある人物に感謝の念を抱いていた。自分達がこうして笑えるのは、彼女のおかげであると。

 もしかしたら、これも狙ったことだったのだろうか?

 もしそうだとすれば、その神算は自分達では到底及びもつかないものだ。

 そしてその心は、あまりにも慈愛に満ちている。

 だからその贈り物を無駄にしないように、笑みを浮かべることを我慢する必要はない。美しい想いには、綺麗な笑みで応えたいものだろうから。


「それで、まだ時間稼ぎは必要かしら?」

「いや、準備は整った。やっと始められる」


 茜に応えたのは、凛と鋭い声。

 

「罠だと理解していながら真正面から立ち向かおうとする勇気、私はそれに最大限の敬意を払おう」


 少し距離の離れた障害物上、自然と視線が向かった先に、彼女は悠然と立っていた。


「直接相手はしてくれないの?」

「言ったはずだ。私は人に頼る人間だ。それが不満ならば……彼らを蹴散らしてここまで来てみせろ」


 その言葉が言い終わったと同時に、姿

 障害物、ワイヤー、そしてオペレーター。茜は完全に包囲されていた。見渡す限り完璧な布陣であり、それを突破する手段を考える方が難しいだろう——


「そう、正真正銘総力戦ってわけね。なら……もう加減は要らないわね」


 ——彼女がナンバーズでなければの話だが。

 無邪気さの中にも獰猛性を感じられる茜の表情には、諦めの色は全くと言って良いほどにない。

 彼女は手段を持つからだ。スコア4の暴力は、この程度の包囲網を破るのも容易い。


「手加減をできるものならばしてみろ。それが許されるほど、彼らは甘くはないぞ」


 だがそれも、真宵達の奇策がなければの話である。


「甘くなんて見てないわ。わかってる。貴方達は、

「こちらも手加減などできない。お前は、


 互いに互いを認め合う。その発言を聞いていたオペレーター達は、尊敬と憧憬の色を瞳に浮かべた。

 やっぱり、彼女達は遠く遙かな高みに居る。力も考えも、何より心が、超越者の如き輝きに満ちている。

 だがそれでも、自分達は手を伸ばすと決めた。愚か者に成ると決めたのだ。誰でもない、自分自身の心の証明の為に!!


「さあ、最後の大仕事だ。これを以てお前達はその胸に希望を抱き、星を睨む愚か者と成る」


 それを聞く者は、一様に戦意を高める。

 これは宣言だ。強者と弱者に送る、人の定めた垣根をぶち壊すという意思の具現だ。


「私には道が見えている。だから安心して。ただ一人の脱落も許さん。理想を持って

「「「ハッ!!!!」」」


 地面が揺らぐのではないかというほどの返答に、真宵は口角を上げた——


(え、なんでそんなにやる気なの? こわい。ルヴィ、彼らって普通の精神状態?)


 ——なんか昂っているオペレーター達を理解できない引き攣りで。

 

【非常に興奮した状況であると言えます。銃を握る手に特に力が籠っていることが確認できました】

(あ〜、トリガーハッピーか。あるあるわかるわかる。私もよくあるもん)


 緊張感ゼロのコンビ。少しは周りの熱意を感じろ。

 あと真宵、トリガーハッピー状態がよくあるってマジ? え、マジなの? 銃なんか今日で二回目でしょ?


(『一人称視点シューティングゲームFPS』のプレイヤーは、一度は通る道だしね)


 あ、そっちね。ゲームの話か。うんまあ、真宵は引きこもり中ゲームにハマってたし、そこまでおかしな話では……いや、それでもトリガーハッピーが常時って、かなりヤバいやつなのでは。


【実際の銃では感じないのですか】


 おいAI、余計なこと聞くな。


(うーんいやー……ぶっちゃけ結構癖になる)


 ヤバい。こいつにはティーチャーの仕事に専念していただかなければ。なんかイケナイ扉を開こうとしている!


(けどこわいからあんまり触りたくない。現実だと暴発するし)


 良かった。こいつがチキンで本当に良かった。

 

 まあそんなゆるい思考をしているアホはいたが、ついに混合実践式戦闘訓練フルランクバトルの最終決戦が始まったのだ。温度差半端ないな。

 だがこの時の真宵は知らなかった。そう、自分の身に凄まじい危険が掠り通って行くことを。まあ、自業自得ではあるが。

 そして語られるのだ。アラヤに生まれた、新たなる伝説として。

 いざ仰げ、英雄譚の序章を!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る