第4話 謎AI、ニヨニヨする

「そろそろでしょうか」

「見えました。1200メートル先に車です」

「わかってるわね。相手はとびっきり優秀なSランクの解放力者。ここで気分を害すと支部長の頑張りが無駄になるわ」


 アラヤの門の前に、三人の声が行き交っていた。


「あはは、うえ先生、そんなにプレッシャーをかけないでください。支部長が信頼に値するというのならば、そう悪い人だとは思えませんよ」


 緩衝材系の当たり柔らかな青年、門真が緊張を和らげようとする。


「あの任務で見たでしょう、あの完璧過ぎる手並みと追い詰める時の笑みを。そしてSランクなら、完璧主義で間違いを嫌う気性でもあり得るわ。気を付け過ぎるということはないと思うけど。……ですよね」


 緊張を崩さない茜は、あくまで最大限の礼儀を示すべきと主張する。


「うーん、直接会ってみないとわからないけど、やっぱり気を張っておくに越したことはないと思う。とりあえず、アラヤを案内しながら臨機応変に行きましょう」


 うえは総括したが、結局結論は変わらなかった。

 そうしている間に、黒塗りで運転手付きの車が目の前に止まる。仰々しいまでの待遇だが、Sランクならばむしろ質素とすらいえるだろう。

 そうしてドアが自動で上がり、車内にいた少女の姿が露わとなる。

 その姿に、三人は言葉を失った。

 美しかったのだ。手元の本にその冷徹なまでの鋭い視線を落とし、憂いの乗った表情を髪に半分隠された姿が、幻想的なまでに綺麗だったからだ。

 そのまま少しの間時間が流れ、少女はドアが上がったことに今気付いたとばかりに視線を三人に向けた。本を閉じ車から降りた少女は、毅然とした歩みでうえ達の前に進み出る。そして驚いたことに、少女は慣れた仕草で


「すまない。興味深い書物に気を取られていた。しかん……。いや、然るべき時に到着したこと、嬉しく思う。これからアラヤで世話になる、三日月真宵という。よろしく頼む」


 驚きに固まっていた三人の中で最初に声を発したのは、ティーチャーであるうえだった。


「私はティーチャーしています。樽井うえと言います」

「ティーチャーを……。いや、それだけではないのか。コマンドティーチャーだと認識しているが、合っていたか」

「え、あ、はい」

「そうか、上位教師というものだな。私は浅学な身、至らぬところがあれば言って欲しい」


 そう言って真宵は右手を差し出した。

 

「は、い。よろしくお願いします」


 おっかなびっくり握手を交わしたうえは、真宵の雰囲気に完全に飲まれていた。

 その変わらぬ表情も、堂々とした立ち姿も、貫禄さえ感じられる磨かれたものだ。とても目に前に立つのが15歳の少女であるとは思えない。

 それに……


(しかん……“士官”ということ? それにあの自然な敬礼。もしかして彼女が以前いたのは……)


 うえがそこまで考えたところで真宵は手を放し、次に門真へと視線を向けた。


「僕は楠門真です。Bランクではありますが、力になれることがあれば言ってください」

「ああ、よろしく頼む。……それと、君がBランクであろうと問題はない。見ればわかる。総合値はともかく、その有用性は疑いようもない。力に溺れない心があるのならば、戦いで君が間違えることは少ないだろう」

「そこまで言っていただけるとは、恐縮です」

「当然の評価だ。君のサポートに期待している」


 しっかりと握手を交わした真宵は、最後に茜へと向き直る。


「東堂茜です。ようこそいらっしゃいました」

「よろしく頼む」


 これまでで一番短いやり取り。しかし手を握り合うことだけはしっかりと行う。

 挨拶を済ませたので案内を始めようとしたうえ達に、真宵は「それと」と言葉を繋げた。


「敬語は必要ない。私はまだまだ誇るところなど少ない若輩の身。実績があるのならばともかく、新しく入っただけの私では君達に及ばないだろう。それに、。どうか気軽に接してほしい」


 そう言って頭を下げる真宵に、三人は慌てて頭を上げるように言う。

 Sランクの評価。それだけで誇れるものであるだろうに、彼女はそれに価値がないかのように振る舞う。いや、実際価値などないのかもしれない。

 彼女は現実的な視点で物事を見ているだけだ。いくら評価されていようとも、実績が伴わなければ、それは無価値の冠に過ぎない。だから自分の評価は己の力を見せた後で付けてくれ。そう言っているのだ。

 真宵は、三人から敬語が抜けるまで頭を上げなかった。





     †††††





(こ、これで良かったよね?)

【貴方の妹様達が教えたことはこなせています。及第点ではないでしょうか】

(やった)

【ですが、噛みましたね】

(う、うるさいよ)

【『しかっ……。いや、然るべき時に到着したこと、嬉しく思う』。……噛んだのは良いとして、何のための“いや”だったのでしょうか】

(て、てててんぱっていたからしょうがないでしょ! それと私と全く同じ声でリピートするのやめてほしい。怖いから。ついでにごっちゃになるからぁ)

【承知しました、似ている声で再現します。『しかっ……】

(それはもういいからぁ!)

【しかし頭を下げることで距離を縮めるとは、流石の気の小ささです】

(褒めてる? それ褒めてる?)

【みなさんが移動します。ついて行くことを推奨】

(誤魔化すなぁ!)


 このように大変愉快な状況であるとは、外からは気付かれることはなかった。

 妹達から叩き込まれたこともあるだろうが、真宵自身の素質も相当なものだったのだろう。流石の小心者である。自身を見せることへの恐怖が半端ない。

 はてさて、その仮面はいつまで保つものか。ルヴィはニヨニヨと結構楽しみにしていた。尤も、顔などないのだが。





     †††††





「それじゃあ案内したいのだけど。……ええ!?」

「どうしたんですか先生?」

「ええと……」


 おそらくはかけているスマートグラスで何かを確認したのだろう、うえが驚きと困惑の声を上げた。門真が問いかけるが、何故か歯切れが悪い。しかも視線を向けることから考えるに、真宵に関係することでだろう。


「どうした? 遠慮は要らない、はっきり言ってくれ」

(何? 何があるの? はっきりしてくれないと怖いよぉ)


 真宵としてはこういう言葉にされない方が怖い。色々と想像して鬱になるからだ。

 それにしても、表と裏を器用に分けるものだ。別段マルチタスクが得意というわけではないのだが、内心を隠すことにかけては、意外に硬い仮面を持っている。本人曰く薄氷の仮面だが、他人から見ればほぼ完璧な仮面だろう。妹達が太鼓判を押すだけはある。

 それはさておき、うえは言いずらそうにしながらも、おずおずと口を開いた。


「それが、真宵ちゃんの案内のために色々と予定してたんだけど……。今いきなり指令が届いて、真宵ちゃんを連れて来いって……」

「支部長からですか?」

「違うの。どうやら新入生に試験を受けさせるように、中央システムが決めたことらしいわ」

「ああ成程。確かに生徒として即戦力となると登録したなら、試験は受けさせられますね。アヤメも受けてましたし」

「すまない。私が試験を受けるように命令が来た、という認識で間違いないだろうか」


 真宵の確認に申し訳なさそうな顔をしつつ、うえは肯定を返す。


「ごめんなさい、来たばっかりなのに。でも何とか後日試験を受けられるように申請してみるわ」

【この申請は許可されません。アラヤの中央システムは今日を逃せば機会がしばらく訪れないとして、試験が終わるまで貴方の所属を認めないという判断を下します】


 ルヴィの説明を受け、真宵は即座にうえへと言葉をかける。

 

「その必要はない。今日以外に適した日がないからこそ、こうして急な指令が届いたのだろう。私は問題ない。むしろ、私からお願いしたいほどだ」


 何故こうも積極的なのか。それはひとえに、ルヴィの最後の言葉故である。

 “貴方の所属を認めないという判断を下す”。それはつまり、任務を受けることができないことを意味する。真宵は知っていた。アラヤでライセンスを持っていない人間は、例外を除いてアラヤの任務に就くことができない。それはティーチャーでも同じである。

 正確には、ティーチャーは所属していなくとも“カウンセリング”はできる。しかしライセンスを持たないティーチャーは、任務の補助が認められないのだ。サブティーチャーなどは時に任務に同行するが、それも“ティーチャーの補助”という名目で行われる。

 では、任務の補助が何故重要か。それは、カウンセラーの仕事だけでは大した給料がもらえないからである。


(お金を稼がないと、お母さんに殺される……! お願いです。試験を受けさせてくださいっ!)


 ここ一週間で母親に恐怖を植え付けられた真宵は、何が何でもアラヤに所属し、ライセンスを取らなければならないのだ。

 その不安と緊張と恐怖により、彼女の表情筋が引き攣る。

 その結果どうなるか。不敵な微笑になるわけである。いやほんとどうしてそうなる、他の人間ではこうはならない。あっぱれあっぱれ。


「っ……!」

 

 それを見た三人は思わず息を呑む。それほどまでに、真宵の微笑は冷たくも美しかった。


(真宵ちゃん……。そうよね。常時戦場、いつ何があっても問題ないってことね。こんなに早く力を示す機会があるなら、丁度いいってことかしら)


 何やら思考に盛大なズレが起きているようではあるが、気付く人間はいなかった。


「いいわ。真宵ちゃんがそう言うなら、試験に向かうとしましょう」


 なんだか良い顔で頷くうえだが、真宵の必死の思念には反応できないようだ。

 流石はテロリストを前にしても剥がれなかった鉄仮面、並の人間では見破れない。どんだけ素の自分に自信がないんだ。


「試験は何処で行われる。アラヤは広いのだろう? 場合のよっては急がなければな」

「場所はええと……第1実戦訓練場ね」

「ああ、“廃墟”ですね」


 うえの言葉に、茜が即座に反応する。


「“廃墟”とはなんだ?」

「第1実戦訓練場はここが作られた初期からある訓練場よ。基礎自体は問題ないんだけど、壁や天井がかなり脆いのよ。それこそ、『アーツ』を使えば簡単に破壊できるくらいに。だからみんな“廃墟”って呼んでるの」


 茜の解説に、真宵は何でそんなところで訓練をするのか疑問に思う。ついでに『アーツ』とはなんぞや、と心の中で呟いた。だが、いつも勝手に解説を始めるルヴィは、何故か答えることはなかった。ほんと気まぐれである。

 しかしまあそういう時もあるか、と真宵は軽く流した。


「指定の時間は1時間後。移動時間を考えると、結構ギリギリね。ごめんね真宵ちゃん。休む暇もなくて」

「謝ることはない。常に余裕がある状況に当たることも難しいものだ。しかし、私は今万全に近い状態。これだけで僥倖と言える」


 凛々しい表情と冷静な態度、そして落ち着きを払った言葉。まさに経験から語るを実践した人間にしか見えない。茜達でなくとも今の真宵を見れば、その雰囲気に呑まれてしまうことだろう。

 それが“何となくそれっぽいことを言っただけ”だとは誰も思うまい。事実とは時に思いがけないところにあるものなのだ。


「では、向かうとしよう。うえティーチャー、案内を頼む」

「ええ、任せて」


 頼られることが嬉しいのか、うえは楽しげに先頭を歩く。

 真宵も心の中で共感する。家族や友達に頼られるのは、存外嬉しいものなのだ。まあ、真宵に友達は絶無だったのだが。いいもんっ! 家族がいたし!


「ここがフライトレール乗り場。アラヤの敷地内は基本的にこれとオートカーで移動できるの」

「ほう興味深い。ここまで常用化されていたとは」


 着いたのはやや小さめの駅。その内部には、六人乗りほどの箱がいくつも。しかもそれぞれ繋がっていない。どうやら個々で別の場所へ向かうこともできるらしい。

 真宵はその存在は知っていた。これを使って移動を簡単にした都市がいくつもあるとかないとか、といった記事を見たことがあったからだ。

 『磁気完全浮上式交通フライトレール』。要は、乗降時から運行時まで完全に浮上した交通手段である。

 しかし、アラヤほどの広大な土地を覆うほどの規模での活用とは、かなり珍しいのではないだろうか。少なくとも、かつて読んだ記事ではここまで大きなものではなかった。


「これは、面白いな」


 中に乗り込めば箱の中は近代的な内装で、悠々と真宵達を出迎えた。全員乗り込んでも傾かないとは、技術の進歩を感じさせる。

 走り出しても揺れはほとんどない。慣性を少々感じるくらいだ。


「乗ったことはないの?」

「ないな。必要がなかった」


 引きこもっていた真宵に乗る機会はないし、それ以前だって自動運転式車両オートカーで事足りた。そもそも活用されている場所が少な過ぎるのだ。ほとんどは先端科学機械都市ニューマキナシティ。それ以外は実験的に配置された都市の一部ぐらいではないだろうか。

 そういえば、東京の浪川区では大規模に使われていた……ような気がする。


【肯定。浪川区では2071年より主要移動手段の一つとして使われています】

「2071年だと?」

「ん? なにが2071年なの?」

「いや、深い意味はない。少々思うことがあってな」


 ほぼ無意識に適当なことを言いつつ、真宵の思考では疑問が浮かんでいた。


(2071年って、早過ぎるような……)


 2110年現在でさえ広く普及しているとはいえないのに、それを39年前に主要移動手段にまで発展させているのは、真宵でもわかるほどに異様だ。明らかに常用化に必要なステップを無視している。


(そこのところどうなの?)

【…………】

(気まぐれかっ!)


 しかしまあ、自分が考えても仕方ないことか、と真宵は思考を放棄した。面倒臭くなったともいう。そこんとこ真宵は適当だった。なお“適切”という意味ではない。


「それで、向こうではどういった試験を受ける?」

「それが……指令には書かれてなかったの」


 困ったように言ううえ。だがその隣に座っていた茜が、「それなら」と口を開いた。


「第1実践訓練場の予定を調べたら、1時間後に予定が入っていたわ。多分、それに混ざることになるんじゃないかしら」

「三日月さん——」

「真宵でいい」

「失礼。真宵さんに相応しい訓練なんてそうないと思うのですが、使うのは何処の人達なのでしょうか」

「かなり大規模な訓練だけど……。合同訓練よ」


 茜の言葉に、門真は目を大きく開いた。

 合同訓練。それは普段各寮で分かれたアラヤ所属の人間が、一度に会し行う訓練。大規模なものは、月に一度あるかないかという頻度である。


「合同訓練で真宵さんが混ざれる……まさか」


 門真が正解に辿り着いたことを確認した茜は肯定と納得、そしてわずかな高揚を込めて、何が待ってるのかを告げた。


「最高学年のAランクの解放力者まで参加する、アラヤの上位訓練。混合実践式戦闘訓練フルランクバトルよ」


 驚きに表情を変えるうえと門真を前に、茜は口角を少しだけ上げた。それが表しているのは、喜びか、それとも期待か。


「?」


 ただ一人、状況を理解できていない人間がいたらしいが、何となく空気に流され聞けなかったそうな。

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