第3話 恐ろしいご令嬢様

「長間川く~ん、ちょっといいかい?」


「お呼びですか?社長」


社長椅子にもたれかかりながら何やら天井を見ているこの社長は何か言いたげそうな顔をしていた。


「あのねぇ~、娘の誕生日の件なんだけどぉ~」


まずいな..まだ候補が絞り切れてないのに現状報告ときたか..


「娘が『自分で買いたいからお金だけくれ』って言うんだよ。」


えっ..。危うく口に出すとこだった。


「プレゼントっていう唯一娘と心通わせることのできる手段が断たれたから

こちとらショックだよぉ~」


両手で顔を隠して籠った声で社長はそう言った。


そういうことだったのか。どおりで今日の社長には覇気が無いわけだ。


「何か私にできることはございますか?」


『メンタルセラピスト』とまではいかないが社長の心に寄り添うのも

秘書の務めである。


「そういえば、キーボードは買わずに自分で作りに行きたいと言っていたような..」


『自分で作る』と聞いて、長間川はあることをひらめいた。


「社長、少々お時間いただけますか?」


長間川は社長室を出てすぐの廊下で自身のスマホから誰かに電話をかけ始めた。


「はいもしもし、長間川です。ご用件は?」


「もしもし長間川望です。今、お父様はいらっしゃいますか?」


「あら、望!久しぶりね~どうしたの?」


「あっ、お母様ですか。ご無沙汰してます。今、お父様はご在宅でしょうか?」


「いるわよ~、ちょっと待っててね~」


長間川は仕事柄、身内にも敬語を使ってしまう癖がついてしまっていた。

そのせいで去年、弟に会ったときは散々馬鹿にされたが両親は

『礼儀正しくて良いではないか』と快く受け入れてくれた。


暫く待っていると男性の声が電話から聞こえてきた。


「もしもし、望か?」


「はい、ご無沙汰してます。」


「どうしたんだ急に?」


「結論から申しますと、そちらにまだ取引されていない『ウォールナット』の木材の在庫があるか確認したいのですが可能でしょうか?」


『ウォールナット』とは加工に優れ家具などにもよく使われる、主に北欧や北米から輸入されることが多い木材の一種だ。


「『ウォールナット』か、確かあったはずだ。何に使うんだ?私事か?」


私事かと言われるとそうではないが真実を話すと長話になりそうなのでここはあえて

『はい』と答えた。


「わかった。じゃあ、尺度とか諸々は後日また教えてくれ。

寒くなってきたから体には気をつけろよ。」


「ありがとうございます、では。」


長間川は電話を終えると急いで社長室に戻った。


「何か良い策があるのぉ~?長間川く~ん」


また天井を見ながら社長は話しかけてきた。


「私の実家が木材の貿易業を営んでいまして、ただいま父に木材の在庫確認をいたしましたところキーボードにピッタリなものがまだあったのでそちらを取り寄せておきました。」


そのことを聞くと社長は思いっきり椅子から身体を起こした。


「その木材を娘にプレゼントして木製キーボードを作らせるという腹か!名案だ!」


「ですが社長、一つよろしいでしょうか?」


「何だい?」


「『キーボード作り』というのは、社長のご令嬢様は経験したことがございますのでしょうか?」


「..多分、ない」


「では、私が自作キーボードを作れるような職人または製造所などをサーチしておくので、当日は私もご同行させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ん?何故きみも行くんだい?」


「ちょうどパソコンの周辺機器を取り替えたいと思いまして」


「つまり..その日、私は君なしで仕事しないといけないということにならないか?」


「はい、おっしゃる通りです。」


「それは少し困るよ~長間川く~ん」


「有給休暇を使います。」


「使うの?」


「はい」


「使っちゃうの?」


「はい」


「どうしても?」


「合理的な理由のない有給休暇の取り下げは労働基準法違反ですよ社長。」


上司という立場を利用して不当に権利の幅を利かせるものには『労働基準法』という魔法の言葉を一度出せば大半のケースは容認されるということを長間川は理解していた。


「わ、わかったよ..じゃあ、娘を頼んだよ。」


「かしこまりました。」


◇◇◇


某日、長間川は大きなキャリーケースを引っ張りながら東京駅に来ていた。

朝の6時ということもあり人通りも少なく、まだ外は暗かった。


色々な準備をして急いで家を出たため、日課のコーヒーを飲み忘れてしまった..

新幹線に乗る前に喫茶店にでも寄ろう。


そんなことを思っていると遠くから自分の名前を呼ばれた気がしたのであたりを見回してみると、目の前から金髪ロングの女の子が走ってくるではないか。


「長間川さ~ん!ご無沙汰で~す!」


高そうなブーツ、高そうな服、高そうなカバン、そしてバツグンのスタイル。

そう、彼女こそあの社長のご令嬢様である。名前は平子麻乃(ひらこまの)。


「お久しぶりです、麻乃様。お元気で何よりです。」


「いつぶりだっけ?2年、3年くらい?」


「3年と4か月ぶりですね。」


「そんな経ってるの?!ウケる~!」


今ので『ウケる』のか..。

最近の女子高生を理解するのは少し難解だ。

言葉の重みというのがイマイチ把握できない。


「どうなさいますか?現在時刻は6時5分、新幹線が出発するのは7時10分となっていますのでどこかで軽い朝食などを取る時間はございます。」


「あっ!じゃあ、ファミレス行こうよ!」


「かしこまりました。」


「ところでその大きいキャリーケース、何入ってるの?AK-47?」


「AK..47?失礼ですがそれは何ですか?」


「ソ連が採用してた軍用銃の名前!」


最近の子は銃も趣味の対象にしてしまうのか。末恐ろしい..


「麻乃様は軍事用武器などがお好きなのですか?」


「う~ん、好きと言えば好きかな。でも撃てる銃なら正直なんでもいいかな~」


撃つ?!この子は法を犯しているのか?!

確かに金銭的な余裕があることを加味すれば銃刀法の監視の目などスルリと

抜け出すことも容易だ..だがしかし、撃つ対象が『人間』と決まったわけではない。

モノだ!そう!彼女が『撃つ』対象はきっと無生物に違いない!

で、でも..念のため確認をしておこう。


「銃で撃つ際は空き缶や瓶などを標的にしたりするのですか?」


「空き缶..?いや、ふつうに人だけど」


..っ?!


「麻乃様、社長..いえ、お父様はそのことをご存じなのですか?!

悪いことは言いません!今すぐ警察に..」


「あっゴメンなさい!私、『ゲーム』の話してたの..」


あー...


そう聞いた途端、長間川の脳は一時的なスリープモードに入ってしまった。


「..さん!長間川さん!」


名前を呼ばれ脳が再起動された。


「す、すいませんでした。私うっかり..その麻乃様があらぬことに手を染めているのではないかと思ってしまい..つい早とちってしましました..。

大変申し訳ございません。」


長間川は深々と頭を下げて謝罪した。


「ちょ、やめてくださいよ!私も話下手だったからさ!だから、ほら!

頭上げてくださいよ!はやくファミレス行きましょうよ!」


早朝6時20分ごろの駅にはちらほらと人が現れるようになった。

そして、たまたま長間川たちの側を通りかかった一握りの人だけが

『OL姿の女性が高級コーデを身にまとった金髪の女の子に頭を下げている』

という何とも奇妙な光景を目の当たりにしたのだった。






































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