第7話 ハエ、そしてウジ

 カクヨムで私が注目している書き手の方が最新作で、夢に出てくる気味の悪い生き物の色を「ウジ色」と書いておられるのにインスパイアされ、今回は標記の昆虫を取り上げました。


 ハエは、昆虫の中でも人気のない部類の横綱、とまではいかないまでも、関脇くらいでしょうか。


 昔も今も嫌われ者のようです。


 「五月蠅うるさい」という表現があります。

「五月蠅」は「さばえ」とも読み、「陰暦五月頃のむらがり騒ぐ蠅」の意だそうです。古い文献に、「昼は狭蠅さばえなす沸騰わきあがる」とあるとのことです。(『広辞苑 第7版』)


 手元に、小山一編『てにをは連想表現辞典』(三省堂、2015年)という辞典があります。本書には、ある言葉について、著名作家の用例が掲載されています。

 「蠅」の項(748-749頁)を見ると、実にたくさんの表現が掲載されています。面白そうなものをいくつか挙げてみましょう。なお、出典となった作家名は省略します。


・動きのにぶいまぬけな冬の蠅

・真っ黒に蠅がたかる。ひしめく蠅がさざなみが渡るように揺れて動く

・冬の蠅の腹が紙縒こよりのようにやせ細る

・自分の頭の蠅を追え。殺虫剤を浴びて狂い死にする蠅のような苦しみよう

・蠅のようにどこでも入り込む

・さまざまの布切れが嘔吐おうとにたかる蠅のようにあちこちに散乱している

・男の視線がむさくるしい蠅のように女のまわりをぶんぶん飛びまわる

ずるそうな眼を光らせ手を蠅のようにこする

・男は女をあさる蠅みたいなもの

・うるさくつきまとう小蠅みたいにいつも近くにいる

くそに銀蠅がぶんぶんむらがる


 こうしてみると、名だたる作家の方々は、ことのほか蠅がお好きなようです。

 でも、ほとんどは、あまり好ましからざる事物を形容する際に用いられています。これでは、ハエが少し可哀そうな気もしてきます。


 ハエは、人間にとっては嫌な奴でしょうが、自然界ではなくてはならない存在だそうです。つまり、ハエは動物の死体やふんを食べて、環境の浄化に貢献しているのです。


 例えば、オオクロバエやセンチニクバエは、動物の死体や糞に卵を産み付け、幼虫つまりウジ(蛆)はそれらを食べて育ちます。


 最近はめったに見かけませんが、糞を好むハエにキンバエがいます。

体は美しい金緑色です。

 金緑色の美しいハエと糞。絶妙の取り合わせではないでしょうか?


 現代は、ハエ受難の時代ではないかと思います。住宅などには網戸が完備されているので、容易に家の中に侵入できなくなりました。

 その代わり、コバエ(キイロショウジョウバエなど)が幅を利かすようになりました。彼らは、普通の網戸の目なら、通り抜けることができます。


 いつの間にか、コバエが家の中を飛んでいることは、よくあると思います。

 コバエは酒、とくに醸造酒の香りに惹かれるようです。グラスで日本酒を飲んでいて、ふと見るとグラスの縁にコバエが留まっていることがあります。

 慌てて手で追い払い、今度来たら潰してやろうと待ち構えますが、危険を察知するのか、二度と現れません。


 ハエを見かけなくなったのと同時に、ウジもほとんど見る機会がありません。

 私は物心がついて以来、ずっと水洗トイレの家だったのですが、田舎いなかなどへ行くとまだ便槽式のトイレがありました。ふと穴の中を見ると、便の中に白い物がたくさんいました。よく見ると、盛んにうごめいています。ハエの幼虫、ウジです。


 「ウジ殺し」なる殺虫剤も販売されていて、それを投入したトイレでは、便槽から目を刺すような刺激のある臭いが立ち上ってきました。

 今では下水道や浄化槽が普及し、ウジにとっては住みにくい世の中なのでしょう。


 最後に、ウジについてもう一つ。

 怪我の傷口が化膿したような場合、そこにウジをたからせると、怪我が治癒した時、傷痕が綺麗になると聞いたことがあります。真偽のほどは、確認していません。



 



 


 

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