8-2

 心を乱され、とっさに言葉が出てこない。

 クロードは黙っている。それがまたメディを焦らせた。――こんな反応をすれば、ますます怪しまれるだけだとわかっているのに。

 ほとんど無理矢理に言葉を押し出した。


「……何の、ことですか」

「あなたは、エクラについて何か知っているのではないか。知っていて、私に……言わないでいるのではないか」


 少し焦れたような言葉が、またメディの胸を射る。返す言葉もない。唇を引き結ぶ。

 クロードの言う通りだった。正体を知られていないにしても――勘づかれてはいる。


 だがここでうなずけば、嘘をつき続けていると認めることになる。

 クロードの思いを知り、毎日焦がれるように探しているのを知っていながら、何も知らない見ていないと偽り続けているのだと。


「何も……知らないです」


 メディは、苦い思いをそう言葉にするしかなかった。舌が重い。クロードを欺いている分の重さだった。


 クロードがかすかに息を吸う音がする。けれど止まる。――何か言おうとして、寸前で思い留まったかのように。

 結局、短い言葉だけが吐き出された。


「……そうか」


 感情を強く抑え込んだような、低い声だった。

 怒りを露わにするでもそれ以上追及するでもなく、身を翻す。


 見つかるはずのない狼(エクラ)を探しにいくために、また森の中へ向かおうとする。

 ――もう少年のそれではない、大きくて逞しい背中。


 メディはとっさに踏み出し、声をあげていた。


「も、もうやめませんか!」


 まるで悲鳴みたいな声が出た。

 クロードが振り向く。新緑の目をかすかに見開いている。


「これだけ探して、いないんです! 十年も経っているし……もう、見つからないと思います!」


 衝動に突き動かされ青年の目を見つめたまま、メディは訴える。

 ずっとずっと喉の奥に凝(こご)っていた言葉。彼を傷つけるからと押し込めていた言葉が空中に散っていく。


 青年は――美しい目元を、歪ませた。

 はじめて見る表情だった。


「……あなたまで、そんなことを言うのか」


 苦いものを吐き出すように、クロードは言った。

 メディははっと胸をかれる。


「ああ、そうだ。きっとあなたの言葉が正しい。十年も経って、この広大な森でたった一匹の狼を一人で探すなんて無謀だろう。十年も、その狼を思い続けて探すなんておかしい。諦めるべきだ……」


 涼やかな口元が歪む。自嘲する。流暢で、激しい怒りを露わにするでもない口調は、もう何度も言い慣れているようだった。


 メディの胸がきしむ。ざあっと体が冷たくなっていく。


 クロードの目はメディを見ている。そして少しだけ悲しげに、唇を緩めた。


「――みんな、そう言うよ」


 静かに、言った。


 ――あなたは違うと思っていたのに。


 言葉にならない言葉が、メディの胸を打った。


 クロードを傷つけた。

 冷たくなった頭の隅がそう感じていた。


「……協力に感謝する」


 感情を抑えた声がそう結び、青年は再び背を向ける。

 メディの喉が震えた。


「ま、待って――」


 クロードは振り向かない。声は届いているはずなのに、足早に去って行く背にすべて跳ね返される。


「待って……!」


 数歩踏み出す。よろめきながら走って追いかけようとする。だがその足から力が奪われていく。


 目さえ向けようとせず、振り払おうとするかのように足早に去って行く背。

 クロードの背が語る拒絶は、メディの足から力を奪う。

 立ちすくむ。


 青年の背が木々に吸い込まれて消え、やがて重さに耐えかねたように視線が地面へと落ちていった。

 後悔が苦く胸に広がっていく。


(……これで、いいのかもしれない)


 自分に言い聞かせる。狼の正体を知られるわけにはいかない。

 こうして離れたほうが、露見する危険もない。

 最終的にクロードは諦めて帰っていくのだ。これだけ探しているのだから、きっと遠くないうちにそうなる。


(……これで、いいんだ)


 メディは自分にそう言い聞かせる。クロードからも、胸に穴が空いたような感覚からも目を逸らし続けた。

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