5-1

「……」

「……」


 ざくざく、と土を踏みしめる音。かすかな衣擦れの音。あとには時折小動物が逃げてゆくときに草木を揺らす音や、野鳥の鳴き声が聞こえる。


(き、気まずい……)


 メディは軽食をつめた小さな籠(かご)を手に、クロードの数歩後ろで予想外の事態に陥っていた。


 沈黙である。

 もともと呑気な散策などではないから当然ではあるが、それにしても会話がない。


 先を行くクロードは抜かりなく周囲を観察し、時々立ち止まって地面に落ちたものを確認し、一定の間隔で短剣を取り出しては木に目印を刻んでいる。


 なるほど、これなら迷いにくい、とメディははじめこそ感心して眺めていた。

 そして一応、自分も周囲に目を配った。ただし狼を捜すのではなく、危険な獣が出てこないかどうか警戒してだ。


 しかしずっと気を張り続けることも難しく、危険な気配もなく、満ちる森の清涼な空気や心地良い静けさはどうしたって神経をゆるませる。

 と同時に、なんだか沈黙が妙に気になるのである。


 そもそも、こうして他人と行動を共にするのもずいぶん久しぶりなので余計にそう感じてしまうのかもしれない。

 それに――。


 メディは前を行く背をそろりと盗み見る。

 濃い色の外套をまとっているせいか、余計に精悍に見える後ろ姿。膨張して見える色ではないのに、その肩幅の広さや背の大きさ、手足の長さに驚いてしまう。

 柔らかそうな、明るい色の髪が余計に艶やかに見えもする。


 いまメディが手にしている籠も、はじめはごく自然に持ってくれようとしたのだ。だがついていく身なのに荷物持ちなどさせられないと思って断固辞退した。


(……大きくなったなあ)


 思わずそんな感嘆の息がこぼれる。

 あの儚げで健気な少年がこんなに立派に成長するなど、どうして想像できようか。

 もともと整った顔立ちをした少年だったが、成長したあとは美しさを残したままぐっと凜々しくなった。もっと繊細な貴公子風に育つと思っていたが、思いのほか逞しくなった。


(う、ううん……)


 確かに十年前の少年と同一人物であるはずなのだが、なんだか別人のようにも思えて少し落ち着かない。

 やけに緊張してしまうのもそのせいだろう。


 自分ですらこうなのだから――他の女性方が放っておかないはずだ。


(……もう結婚してるのかな)


 ふと、そんなことを思った。いや、むしろその可能性が高い。

 ――であれば、この状況はちょっとよろしくないのではないか。単身やってきて、わけのわからない女と二人きり。

 とてもそんな浮いた噂になるような状況ではないが、周りは都合良く勝手な噂をするものである。


 一応確認しておかねば、とメディは前を行く背に向かって声をかけようとした。


「あのですね」「つかぬことを聞くが」


 突然、クロードが振り向いて声をかけるのとメディの言葉はまったく同時だった。

 二人は互いに目を丸くして顔を見合わせた。


 クロードが慌て、すぐに目を逸らした。


「す、すまない」

「いえ、こちらこそ遮ってごめんなさい。なんですか?」


 ――おや、とメディは思った。

 控えめに目を逸らした彼の顔に、少年の頃の面影が見えた気がした。

 クロードは少しためらったあと、言う。


「――あなたは、神殿の関係者だろうか」


 メディは息を飲んだ。冷たい一撃に胸を刺されたようだった。


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