第3話:ふゆりん

「………………は?」


 一体この女はなにを言っているんだ???


「こんな目に合うんだったら死んでやる! どうせ一回死んでいるんから変わらな

い‼」


「まあまあ、落ち着いて落ち着いて……」


「うるさい! お前たちのせいで人生詰んでいるんだぞ‼ 死んでやる‼」


 そう言って取り出したのはナイフだった。


 転移者はナイフと水が手元にある状態で転移させられる。クソ女神様の親切設計なのだが、まさかこんなことで活用しようとするなんて。


 本気なのか……?


「ちょっと待てちょっと待て落ち着け落ち着け」


「落ち着くべきなのはガンナーだろう」


「お前は冷静すぎるだろ!? このままじゃ大変なことになるんだぞ!?」


 倫理観とか色んなの含めて、目の前で自殺はやばいって‼


 しかも本当にこの場で自殺されたら、最悪捕まってしまうかもしれない。


 どうすればいいんだ……。


「任せろガンナー。私に策がある」


 頭を触られる感覚。見上げるとルナティがカウンターから出ようとしていた。


「……ルナティ。お前って奴は……」


 信じてたよ。


 お前と一緒ならどんな壁でも乗り越えて行けるって……。


 帯刀していた剣を抜き、フユリに飛び掛かろうとするルナティ。


「自殺する前にあの世へ送ってやればいいんだろう?」


「バカバカバカ! 結果変わらねじゃねぇか‼ 死因が自殺か他殺か、それだけしか変わってねぇだろ‼」


 急いでルナティの腕を掴み止めさせた。


「……そうか。なら半殺しなら――」


「危害を与えるのは最終手段だ! なんとか諭して解決するしかない」


 フユリが険しい表情でこちらを見ている。


 あれは覚悟を決めた表情だ(俺調べ)。


 ハッタリなんかじゃない。このままじゃ本当に自殺してしまう。どうにかして止めないといけない。


「ふゆりんさん。大丈夫ですから落ち着いて……」


「誰が『ふゆりん』だ! わたしは『ふゆり』だ‼」


 まずいっ。


 発音的に違和感ないから、『ん』つけちゃった、


「名前の間違えは駄目だろガンナー」


「すっごい冷静に正論言われた!? だってアイツの名前分かりにくいんだもん」


「あぁ……そうだよ……。どうせわたしは名前も分かりにくい、詐欺に引っかかる生きる価値のない人間ですよ……」


「そ、そ、そ、そんなことないよ!? さっき初めてあったばかりだけど、フユリさんはいい人だよ!? 詐欺じゃないけどね」


「じゃあ、わたしのどこがいいんですか?」


 え? 


 あっ、いや……そのー…………。


「……す、素直な……ところとか?」


「どこが素直なんですか?」


「えーっと……引っ掛かりやすいところとか……」


「つまり詐欺られてくれてありがとうってことでしょ!?」


「やべぇ! 本音がつい出ちまった!」


 なんという誘導尋問、コイツ詐欺の才能があるぞ……。


 鎮めるつもりが、余計フユリを激昂させてしまった。

 

 一体全体どうすればいい……?


「もういい! 死んでやる‼」


 今にもナイフを喉元へ突き立てようとするフユリ。

 

 これはもう四の五の言ってられない……。俺は両手をあげる。


「分かった! 分かった‼ なにがお望みなんだ!? けど一度発動してしまったら最後、契約書は俺でも無効にできないんだ‼ それ以外なら言うこと聞いてあげるから‼ 多分‼」


 背に腹は代えられない。


 これが最大限の譲歩だ。


 フユリは俺たちを交互に見ながら熟考する。体感にして一分程たった時、ようやく彼女は口を開いてこう言った。


「――じゃあ……わたしを雇ってください」


「……へ?」


「この店で雇って衣食住完備してください‼ 給料で借金完済しますからー‼」


 なに言っているんだ? この女。


 怒りのあまり、頭逝っちゃったんじゃないのか?


 自分をはめた店で働こうとする思考はどっからやってきたんだ???


「……その顔、どうしてって顔ですね」


「違うな。私は今晩の夕食について考えていた」


「いや、俺だよ!? フユリは俺に向かって言ってるんだよ!? ちゃんと俺、どうしてだろうって考えていたから‼」


「どういう関係性なんですか貴方たち……」


 ただ付き合いの長い相棒です。


 フユリは溜息を吐き、体の力を抜いた。


「理由は簡単ですよ。初めて来た街で通りすがりに馬鹿野郎と罵ってきたおじさんを除いて、この店しか知らないんです。転移したばかりで」


「つまり身寄りする人も場所もないと?」


「そういうことです。もしガンナーさんだけならここで働くなんて勘弁極まりないで

すが、ルナティさんがいるので大丈夫かなって」


「あれー? おっかしいな? お前さん、ちゃっかり俺のこと罵倒してない?」


 俺、そんなに酷いことしたかなー?


 …………うん、してたわー。


 ちょっと考えたらすぐ出てきたわー。


「……だとしても発想が短絡的じゃないか? 雇われる以外の選択肢もあるだろ」


「わたしはこの世界を知りません。ですから他の選択肢を吟味することもできないんですよ」


 そういうものなのか。転移者の考えることは多々理解できないことがある。そういう時は素直に受け入れてしまうのが楽なのだが……。


「えー……雇うー……?」


 雇ったところで、俺にとってはデメリットしかないんだよなー。


「雇われたいだなんて、面白い提案をするんだな、ふゆりんは」


「だからわたしの名前は『ふゆり』ですって」


「なん……だと?」


 さっき俺に名前を間違えるなって言ってただろうが。罰の意味も込めて、ルナティの脇腹をつねっておく。


「ふゆりん……ふゆり……ふゆりん……ふゆりん」


「そんなに悩むことですか!? わたしの名前そんなにややこしいですか!?」


 ルナティ程困惑するレベルじゃないけど、正直ちょっと紛らわしい。


「一々面倒臭いし、ふゆりんでいいでしょ。ね? ふゆりん」


「はぁ……分かりました。ふゆりんでいいですよふゆりんで。それで? 要望を聞いてくれるんですか? ガンナーさん」


「え? ああ、ちょっと待って……あと別に呼び捨てでいいよ。『さん』づけ気持ち悪いし。ね、ふゆりん」


「私もルナティでいいぞ、ふゆりん」


「いちいち最後にふゆりんってつけないでください。『さん』づけしますよ?」


「私は一向に構わんッッ」


 ルナティ、お前は一体どっちの味方なんだ?


「分かった分かった。ごめんってふゆりん」


「それをやめろって言って……はぁ、もういいや」


 そうだ、そうだ。


 俺たちと働きたいと思っているなら、このくらいで弱音はいてられないぞ。


「ちゃんと働きます。その代わりちゃんと衣食住と三食完備してください。あと福利厚生も」


「福利厚生なんて概念がこの世界にあると思うな」


 転移者と話す度に思うけど、二ホンという国は画期的な制度が沢山ある。こちらが羨むと形骸化していて意味がないと言われるが。向こうは向こうで深刻な世界らしい。


 いい加減雇うか雇わないか、決めなければならない。


 俺はルナティに耳打ちする。


(どうするルナティ。うちに従業員を雇うだけの余裕はないぞ?)


(そうだな……もし悩んでいるのなら私がふゆりんを殺って――)


(お前に聞いた俺が馬鹿だった)


 ふゆりんをちらっと見てみると、話している内容が見透かされているのか、ナイフをちらつかせている。


『わたしを雇わなければ、どうなるか分かっていますよね』。言葉にせずとも、ふゆりんの言いたいことは理解できた。


 彼女が行っていることは、脅しとなんら変わりはない。


 ぶっちゃけ選択肢は一つしかなかった。


 クソッ……しょうがねぇ……。


「――分かった分かった! 雇ってやるから……俺の負けだ」


 はぁ……ようやくカモが引っ掛かったと思ったら、ネギじゃなくて爆弾を背負ってやがった。


 こうして始まった歪な三人の関係。この出会いが三人の運命を変える……訳はないか。

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