8:初代様には、敵が居ない!リターンズ!




 その後、俺達は無事に姫を城まで送り届ける事に成功した。あぁ、これで一軍女子との旅は無事に幕を閉じたワケだ。

 ひゃっほう!サイコー!


「勇者様、御武運をお祈りしております」

「ええ。姫も、ご健勝であられますよう」

「必ず……帰って来てくださいね」

「もちろん。俺は生きて再び貴方の前に現れますよ。その時まで、待っていてくださいますか?」

「はい、ずっと待っています。私は、ずっと……」


 目の前で、顔面強度最高値の二人が別れを惜しみあっている。何だかんだ、初代様もお姫様の事が気に入っていたのかもしれない。お姫様を見つめる顔は、酷く穏やかだった。


「……」


 ただ、俺は視線をすぐに別の人物へと向ける。

 姫の帰還を喜び、初代様に「よくやった」と満面の笑みを浮かべる人物。そんな相手に、俺は一瞬内ポケットに隠している短刀に手を伸ばしかけた。


 王様。この腐れ外道め。


「お父様。勇者様は本当に勇敢で優しくて素敵な方なんです」

「そうか、そうか。やはり勇者とは素晴らしい人格者が成りえるモノなのだろう。我が娘を、本当にありがとう」


 お前がわざとお姫様(娘)を攫わせて、初代様を殺そうとしたくせに。

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと心にもない事が言えたモノだ。


「おや、そちらの彼は?」


 王様の目が俺へと向けられた。吐き気がする。すると初代様は王様と俺の間を遮るように立つと、いつものあの言葉を言った。


「彼は俺の“ツレ”です」



        〇



「オイ、犬。嬉しいか、また二人に戻ったぞ」

「はい!」


 俺は二人に戻った旅路に、本気で嬉しくて頷いた。


「っは。犬の癖に、良い顔で笑うようになったじゃねぇか。お前、あの女苦手だったもんな」


 別れた途端、あんなに別れを惜しみ合っていた相手を“あの女”扱いだ。でも、この初代様のあっさりした感じ嫌いじゃない。こんな風に、物事に頓着しないからこそ、初代様はこんなに強いのだ。


「はい。これで初代様が無理して食事をしなくてよくなるので、嬉しいです!」

「……」


俺の言葉に初代様は「そうかよ」と顔を逸らして吐き捨てるように言った。その耳は、何故か、酷く真っ赤だった。

顔は向こうを向いたまま初代様の大きな手が、俺の頭を撫でる。本当に犬になった気分だ。




 そこから、俺と初代様は二人で旅を続けた。年中吹雪く氷の精霊の住まう山を越え、灼熱のマグマの遺跡を探索し、時には空中都市なんてものにも行った。もう、いつでも魔王城には行ける筈なのに、初代様は色々と寄り道をしていった。


「今度は水中神殿ってヤツに行くぞ」

「はい!」


 きっと、レベル上げとアイテム収集の為だろう。俺も決戦直前は、そうやってサブクエストの回収に奔走してきたものだ。

おかげで、俺も初代様も随分強くなったように思う。


 そして、長い長い寄り道の途中……俺は毎晩のように初代様に抱かれた。


        〇


二人での旅の楽しさにどっぷりとつかっているうちに、いつの間にか魔王城に到達してしまった。なにせ、俺達が世界で行った事のない場所が、ソコ以外なくなってしまったのだ。さすがに、そろそろ魔王を倒さねばならない。


そして、楽しい時間はあっという間とはよく言ったもので。


「……マジかよ。ヨワ」


気付けば、初代様はアッサリと魔王を倒していた。俺の出る幕など一瞬もなかった。それほどまでに、初代様は強くなっていたのだ。


あぁ、とうとう旅が終わってしまった。


--------初代様の“最終的”なところまで、付いて行かせてください。


 きっと、ここがその最終的なところ、だ。


「あ、」


魔王から流れ出るおびただしい血の海の中に、初代様が一人で立って居る。そんな初代様を見ていられなくて、俺は勢いよく初代様の元へと走った。

ずっと、二人で旅をしてきたんだ。初代様を、一人であんな場所に立たせたくない。


「初代様!」


俺達は、ずっと二人だったのだから。



「初代様。やっと魔王を倒せましたね。全部一人で……本当に凄いです」

「あ?当たり前だろうが。俺を誰だと思ってんだ」


 語彙力もコミュ力もないが、必死に初代様に賛辞を贈る。そんな俺の言葉にも初代様はいつものように乱暴に答えた。でも、その顔は物凄く笑顔だ。



「初代様、怪我はありませんか?ヒールは?」

「あ?こんなモン怪我に入んねぇよ!何かにつけて、ヒールを無駄打ちすんなって何回言や分かんだ!馬鹿かよ、テメェは」


 初代様の腕の所に少しだけ血が滲んでいるのが見えた。でも、ヒールをかけようとしたら怒られてしまった。俺にとって初代様の傷を癒す事は、無駄打ちでも何でもないのだが。



「これで初代様もやっとお姫様と結婚できますね。おめでとうございます」

「あぁ。早いとこあの女と結婚して王位を簒奪してやる。そしたら、全部俺の思い通りだ!」


 初代様の目的は、出会った頃と全く変わっていなかった。初代様のこういう一途な所が、俺は好きだ。簒奪なんて言ってはいるが、彼ならきっと良い王になるのだろう。



「まぁ、テメェも少しは役に立ったからな。俺が王様になったら、何か褒美をくれてやるよ。特別だ、言ってみろ」

「俺にも褒美を?いいです、いいです。俺、何もしてません。全部、初代様が一人で頑張って来られたんです。俺は、此処まで一緒に連れて来て貰えただけで十分なんです」



 いつの間にか、俺にもこんな風に笑ってくれるようになった。結局、誰かに紹介して貰う時は“ツレ”としか呼んで貰えなかったが、俺はコレだけで十分だ。


 あぁ、初代様。嬉しそう。幸せそう。初代様の弾けるような笑顔に、俺は思った。

きっと、初代様はもう闇落ちなんてしない。俺の役目は本当に終わってしまったんだ、と。



「俺。初代様との旅が、人生で一番楽しかったです」

「っは、俺は別にそうでもなかったけどな」

「はい」



 そう言って、初代様は俺から顔を逸らした。やっぱり、初代様の耳は凄く赤かった。



       〇



 魔王を倒し、国に戻るとそこからはとんとん拍子だった。

初代様の凱旋パレード、お姫様と初代様との正式な婚約、そして結婚式までもが、目まぐるしく決まっていく。俺は余りの展開の早さに、帰るタイミングを完全に逸していた。


「おい、犬。今晩は俺の部屋に来い」

「は、はい!」


 なにせ、国に戻っても、初代様は毎晩俺を抱いていたのだ。どうやら、姫と婚約していても、正式に夫婦になるまでは部屋を同じに出来ないらしい。

親の目が近くにあると、厳しいモノである。


 それに昼間も、初代様はともかく俺を連れまわした。どこに行くにも連れていかれ、相手が俺を見て首を傾げると、やはり“ツレ”と紹介される。


だから、全然帰るタイミングがない――


 なんて、そんなのは俺の言い訳に過ぎない。


「かえりたく、ないなぁ」


 そう、俺は元の世界に帰りたくなかった。このままずっと、初代様の近くに居て初代様の望む事を全身全霊で叶えて生きていきたい。ただ、これは俺の“甘え”だ。それなのに、俺は元の時代に帰らないのを初代様のせいにしてる。サイテーだ。



-------頼む、過去を変えて。俺達を助けに来てくれっ。



 でも、最後の召喚士の言葉が、俺の耳を付いて離れない。ここで、俺が自分の我儘の為にこの世界に居座ったら、あの時代はどうなる?仲間の命は?


 俺に「戻らない」なんて選択肢は、そもそもハナっから無いのだ。


 そんな折。初代様とお姫様の結婚式の前日。初代様が俺の部屋に来た。今日は此処で抱かれるのだろうか?なんて、おめでたい俺の思考は、次の瞬間勢いよく打ち砕かれた。


「今日は俺の部屋には来なくていい」

「え?」

「結婚前夜は夫婦一緒に過ごすのがしきたりなんだと」

「……は、はい」

「明らかにショック受けてんじゃねぇよ。めんどくせぇ」

「はい」


 来なくていいと言われ、明らかに戸惑う俺に、初代様が何やら嬉しそうに笑った。そりゃあそうだ。待ちに待ったお姫様との夜の時間だ。楽しみじゃない訳ないだろう。


 あぁ、だとすれば今晩。俺は自由なのか。

そうか……じゃあ、帰れるわけだ。


「ま、結婚してもたまにはテメェも抱いてやるよ。どうだ、嬉しいだろ?」

「……」


 たまには抱いてやる。その“たまには”の時が訪れる時、俺は此処には居ない。そう、俺が黙りこくっていると、初代様が少しばかり苛立ったように言った。


「おい、返事。忘れてんじゃねぇよ。お前、俺に結婚して欲しくねぇなんて面倒くせぇ事を考えてんじゃねぇだろうな。ダリィからそういうのやめろよな」

「いえ、そんな事は」

「じゃあ、返事」


 そう言われたら、嘘でも俺はこういわざるを得ない。


「はい」


 二度とこない“たまには”に、俺は空虚な気持ちを抱きながら頷いた。

 そして、初代様が俺に背を向けようとした時、これで最後だと初代様に声をかけた。


「初代様、お幸せに。俺、貴方と旅が出来て良かったです」

「何だよ、改まって」

「あの、子供、たくさん作ってください」

「余計なお世話だ。まぁ、言われなくても作ってやるよ」

「えっと……明日の結婚式晴れるといいですね」

「どーでもいいわ」


 初代様と離れ難くて、陰キャなりにどうにか頑張って言葉を繋いでみたつもりだった。しかし、いつもの通り、初代様はどうでも良さそうだ。

成す術なく口をつぐんでいると、突然俺の頭に固いモノが触れた。初代様の手だ。最近、初代様は俺の頭を撫でてくれる。


でも、それもコレで最後だ。


「オメェのつまんねぇ話は、また明日にでも聞いてやるよ」

「……はい」


言うや否や、初代様はクルリと背中を向けた。しかし、髪の毛の間から覗く耳は、やはり少しだけ赤かった。


 驚いた。まさか、結婚した後も俺のつまらない話を聞いてくれようとするなんて。そしてそれと、同時にハッキリ嬉しいとも感じた。

初代様の背中を食い入るように見つめる。これが、本当に最後だ。


「初代様、お元気で」


今日は、お姫様との初めての夜。きっと、男の俺なんかよりも、気持ちがいいに違いない。


 もし、これから先“たまには”の時に、俺が傍に居たとしても、女を自由に抱けるようになった初代様は、きっと男の俺なんか抱かなかっただろう。それはそれで、寂しいなんて思ってしまう俺は、どうかしている。


「帰ろう」


 こうして、初代様の結婚前夜。俺は元の時代に戻った。



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