5:初代様には、殺せない!



「っおら!」

「ヒール!」



 今日も今日とて、俺は初代様の魔王討伐にくっ付いて回り、闇落ちを阻止すべく「ヒール」の詠唱を行っている。

最近、初級回復魔法の「ヒール」だけは完璧にマスターした。だから、何かにつけて「ヒール」をする。なにせ、俺に許可されている技はソレしかないからだ!


「ヒール!」

「おい、犬!出来るようになったからってバカスカ乱発してんじゃねぇ!無駄打ちすんな!このボケ!」

「っは、はい!す、すみませんっ」


そんな俺は、一応、最新作では“主人公の勇者”をさせて貰っている。

まぁ、最近「回復」と「料理」しかしてないけど。これじゃあ、初代様の戦力を削ぐどころか、確実に俺の方が弱くなっている気がする。


え?俺、元の時代に戻ってから大丈夫なのか?




「っはぁっ!クソ!また、逃げられたか」

「そうですね」


 一瞬にして姿を消した刺客に、勇者様は苛立ったように剣を地面に刺した。これで何度目だろう。初代様に暗殺者が差し向けられたのは。最近、結構頻度が高い。


「どうせ、魔王の差し金だろ。俺が自分に近づいて来てるからって、ビビッてやがんだろうな」

「でも、相手は人間でした」

「こっち側にも裏切りモンが居るって事だろうが……ふざけやがって!今度来やがったらぶっ殺してやる!」


 ぶっ殺してやる。

なんて威勢の良い事を言っているが、初代様がわざと刺客に留めを刺さずにいる事を、俺は知っている。初代様は、敵であるモンスターや魔王の配下は容赦なく切り捨てるが、こと“人間”相手になると話は別だ。


 初代様は、人間を殺せない。クズだけど、そういう所は真っ直ぐな人なのである。


「初代様、今日はこの辺で野営しませんか」

「……ああ」


 どこか疲れたように剣を仕舞う初代様の目の下には、ハッキリ、クマが出来ていた。最近、初代様はあまり眠れていないようだ。


「初代様。あの、敵が来たら。俺も戦えます」

「……だから何だよ」

「寝て貰って大丈夫です」


 そう、俺も今でこそ「ヒール」と「料理」しかしてないが、そもそも俺も“勇者”なのだ。しかも、一旦レベルはある程度上げきっている。だいたいのモノは倒せる自信がある。


そう、俺が初代様に温めた飲み物を渡しながら言うと、初代様は鼻で笑った。


「じゃあ、オメェが刺客だったら。俺は、その腰の剣でブッ刺されて死ぬってワケだ」

「……そんな事は」

「口答えすんな。追い出すぞ」

「はい」


 ヤバイ。最近まともに寝てないせいで、初代様の堪忍袋の緒が切れやすくなってる。プッツンプッツンだ。


「さっさとメシ作れや」

「はい」


 ただ、俺は、柄にもなく少しばかりショックを受けていた。

 しばらく一緒に居て、少しは信用されてきたかと思ったが、どうやらそれはとんだ間違いだったらしい。


 初代様の心の壁が厚すぎる。このままでは、不眠症で心を病んで、闇落ちするんじゃないだろうか。ヤバイヤバイ!どうにかしないと!



「……でも、どうする?」



 俺は料理を作りながら考えた。眠れない時、俺はどうしていただろう。



        〇



「っはぁ」



 先程から、初代様が寝がえりばかりをうっている。今日も眠れないのだろう。そりゃあそうだ。世界の為に一人で戦っているのに、誰の差し金かも分からない得体のしれない暗殺者が毎日のように送られてくるのだ。


 普通に考えて病むわ。こりゃ闇落ちするに違いない。

 でも、これで俺が余計な事を言って、パーティから追い出されてしまっては、それこそ万事休すだ。


「……あぁっ、くそっ」


 すると、横になっていた筈の初代様が起き上がる気配を感じた。薄目を開けて、初代様の背中を追う。


 確かに、眠れないって辛い。眠れない事自体も辛いが、どちらかと言えば、長い長い夜の時間を、どうする事も出来ずに横たわるしかない状況が辛いのだ。ただ横になって過ごすには、夜は余りにも長すぎる。


 知っている。だって、俺も幾度となく経験してきた事だから。


「あー……怒られませんように」


 俺はソッと初代様の後を追う為に体を起こすと、真っ暗な夜の森の中へと入った。パーティから追い出されても困る。


けれど、こうして一緒に居たとしても、初代様が闇落ちしてしまっては、それこそ俺の居る意味がないのだから。



        〇



 初代様は、川べりに居た。


「ンだよ」

「……あの、飲み物を」

「あ?頼んでねーんだけど」

「さ、サービスです」

「っは、なんだソレ」


 もう疲れ切っているのだろう。初代様は、勝手に付いて来た俺に怒鳴ったりはしなかった。むしろ、俺を見た瞬間、どこかホッとしたような表情を浮かべた程だ。


「お、俺の場合、眠れないときは、」

「あ?」

「寝ません」

「は?何言ってんだ。お前」


 初代様は、俺の渡した温かいミルクを飲みながら、眉を顰めた。まぁ、そうなるわ。でも俺は、喋るのが苦手なんだ。

初代様とだって、やっと最近、少しだけ目を見て喋れるようになってきたけど、他は無理だ。陰キャは慣れるのに、相当の時間を要するのだから。


「眠れねーんだから、必然的にそうなるだろ」

「ち、違くて」

「はぁ?ハッキリ言えや。ボソボソ喋んな」

「はい!眠れないんじゃなくて、もう、寝ないって決めます!」


 サラサラと川の流れる音が聞こえる。あぁ、初代様が此処に来た理由が分かった気がした。ここは、音が心地良いんだ。


「それ、何か意味あんのか」

「な、ないかもしれません」

「何だ、この会話。ダリィ」

「……ただ、」

「あ?」

「もう寝なきゃって焦るのはやめて。眠れないなら、寝ない。明日眠くなったら寝ればいいって思うと……少しは気が楽で」

「……夜は長げぇんだよ。暇だろうが」


 確かにそうだ。

 俺の場合、眠れない時はゲームをしていた。ひたすらレベル上げをして、全てを忘れるように没頭した。俺は眠れない夜、ゲームに何度も助けて貰ったのだ。


 だから、初代様が眠れないのなら、今度は俺が何とかしてやりたい。これは、闇落ち云々とは違う。俺の、ゲームに対する恩返しみたいなモノだ。


「おい、犬。何でもいいから喋れ」

「……え?」

「お前の言うように、俺も寝ないって決めてやる。ただ、暇だ。テメェも付き合え」

「あ、なら。初代様のお話を、俺が聞くというのは」

「却下。もう、キツいんだよ。口動かすのもダリィ」

「……でも、俺の話なんて、多分つまんないですし」

「つまんなくていい。その方が眠くなりそうだ」

「……た、確かに」


 それは言えている。ここで、ドッカンドッカン笑いを取れるような話術スキルマックスの陽キャが喋ったのでは、本来の目的を違える事になってしまう。

 初代様が少しでも眠れるようになる事。ここでは、それが一番の目的なのだから。


「つ、つまんない方がいいなら……はい」

「あぁ、すっげぇつまんねぇ話しろ」

「えっと、何を話したら」

「お前の昔話でいい。ちょうど、クソつまんなそうだし」

「あの、なら昔話って何歳くらいの時の話をしたら……」

「あーーーっ!既にこのやり取りがクソダリィ!……じゃあ、十六!お前が十六の頃の話をしろ!」

「じゅうろく……」

「つーか、お前いくつだ?」

「二十五です」

「……マジか」


 その「マジか」とは一体どういう意味だろうか。まぁ、察するに二十五にもなって、こんな体たらくである事に対する「マジか」なのだろう。


「二十五で、すみません」

「……まぁ、別にテメェが何歳かなんてどうでもいいけどよ。ほら、さっさと話せ」


 そう、本当にどうでもよさそうに指示を出してくる初代様に、俺は心底ほっとした。初代様の、こういう所が俺は好きだ。

 期待されるのは重い。自分にしか出来ない事なんて存在しないで欲しい。自主性なんて求めず、全て誰かに決めて欲しい。


 だから「あーしろ」「こーしろ」と全てにおいて命令してくれる初代様との旅は、冗談抜きで楽なのだ。それに初代様は、俺に一切“期待”なんてしない。


 あぁ、心地良い。



「十六歳の時は、学校に、友達とか居なくて。あ、いや。十六歳の時じゃない時もずっと居ないんですけど」


 話し始めてみたものの、こういう感じで良いのだろうか。

チラと初代様に視線を向けてみたが、初代様は目を閉じて俺の方なんか見ちゃいなかった。良かった。真剣に聞かれていたら、どうしようかと思った。


「だから、俺の楽しみは家に帰って……ゲームっていうか、物語を見る事しかなくて。喋るのも、苦手だし。そんな風にしてたら、周りは、どんどん、友達とか、仲良い人が出来ていって、俺は完全に、学校じゃ一人で」


 十六歳。俺が不登校になる一年前。

この時のことを、こんな風に思い出すなんて思ってもみなかった。初代様は、やっぱり目を瞑っている。寝ているのかもしれない。寝ていて欲しい。


「そんな俺に、唯一話しかけてくる人が居て。その人、不良で……周りから、怖がられてる人で。俺はその人から、目を付けられて。パシリに、されてました」

「パシリって」

「え?」

「どういう意味」


 目を瞑っていた初代様が、急に話しかけてきた。起きてた。しかも、聞いてた。


「パ、パシリの意味は……えっと、どういう意味だろ」


 パシリの正式な意味って何だ。考えた事もなかった。えっと、何だっけ何だっけ。焦る。話を聞かれていた事にもビビッてしまって、頭の中がまとまらない。

 あの人、どんな風に俺に接してたっけ。えっとえっと。


--------おい、パン買って来いや。あ?さっさとしろ、このボケ。

--------さっさとメシを用意しろや!この駄犬が。


「あ、犬」

「は?」


 俺の呟いた言葉に、初代様が短く反応する。この人、意外と聞いてる。


「犬です。パシリっていうのは、その……犬の事です」

「……あぁ、犬か。よぉく分かった」


 心底腹落ちしたように頷く初代様に、俺はホッと胸を撫で下ろした。分かって貰えて良かった。そういえば、あの人は初代様に似ている気がする。もう、顔もあまり思い出せないが。今頃どうしているだろう。


「俺は、その人のごはんを買ってきたり、授業のノートを見せたり。あと、」


--------お前さ、何でもハイハイ言う事聞くけどよ。俺に死ねって言われたら死ねんのか?

--------っは。さすがに死にはしねぇか。なぁ、だったらさ。俺が命令したら、お前どこまでやれる?


「……あと、まぁ。色々。“死ね”以外は、まぁ、何でもやりました」

「ヤバ、お前って昔からそうなのかよ。プライドとかねぇの?」

「ありません」

「……」


 いつの間にか、会話になっている。まぁ、一方的に話し続けるよりはマシかもしれない。相手の返事に応じて、話せばいいから。一から考えずに済む。

 あれ?俺って喋るのは苦手じゃなかったっけ?


「周りの皆からは、不良にパシられてる可哀想なヤツって言われてたと……思います。でも、俺はその人にパシられるのが、そんなに嫌じゃなくて」

「……は?なんで」

「何も考えなくてもいいし。やれって言われる事だけやってればいいし。それが、凄く楽で。もしかしたら俺、その時が、一番……学校で、楽しかったかもしれない」


 言いながら、俺は自分で驚いていた。そうか、俺はあの時の事を“楽しかった”と思っていたのか。

 もしかして、だから……俺は。


「で?」

「あっ、えっと。毎日、パシられてました」

「あ?それだけかよ」

「はい。十六歳の時は、ほぼ毎日パシられてて」

「……おい。俺はなぁ?ソイツとは最終的にどうなったかって聞いてんだよ」


 どこか苛立たし気に尋ねてくる初代様に、俺は焦った。最終的と言われると、それは大変困った事になる。なにせ、


「最終的……でも、ソレだと十六歳じゃなくて十七歳の頃の話もする事になるんですけど、」

「だぁぁぁぁっ!ダッル!十六っつーのはテメェがいつの話をしたらいいかわかんねぇっつーからテキトーに選んだ年齢であって、コッチは十六でも十七でも十八でも、いつの話しようがどうでもいいんだよっ!?察し悪すぎだろ!この駄犬がっ!」

「すっ!すみません!」


 それまで静かだった初代様が、一気に“昼間”のようになる。もう寝るどころの騒ぎではなくなってしまった。

 そうか。なら俺は、その人との“最終的”まで話せばいいのか。それなら簡単だ。


「さ、最終的には……」

「ああ」

「十七歳の時。その人が、暴力沙汰を起こして……他の人を、怪我させてしまったせいで。学校を、退学になりました」

「へぇ……で?テメェは」

「俺も学校に行くの、やめました」

「は?何でだよ?お前は関係なかったんだろ?」

「はい、俺は関係ないです。えっと、なんでだろ。いつも休み時間、その人の所に行ってて。色々、言われた事をすれば良かったんですけど、それが、急に全部なくなって……俺」


 ふと、考える。そして、目の前で眉間に皺を寄せる初代様をジッと見つめた。


「あ?ンだよ」

「……あ、」


もし今、初代様から急にパーティを外されたら、俺はきっと“あの時”と同じ事を思うのだろう。


「おれ……寂しかったんだと思います」

「……」

「ずっと一人だった筈なのに、その人が居る間は……一人じゃなかったから。急に、学校で一人になって。休み時間も、ずっと一人で」


 そうか、そうだ。俺は“寂しかった”んだ。

 だって、さっき俺が言ったんじゃないか。その人と一緒にいた時が一番、学校生活の中で楽しかったって。


「だから、その人の居ない学校に、耐えられなくて、それで、俺は学校行かずに、部屋に引きこもるようになりました」

「……なんだそりゃ。意味わかんね」


自分の事なのに、腹の奥に隠れていた自分の気持ちを初めて知った気がした。そうか。俺は一人が好きだから引きこもっていたワケじゃなくて。一人が寂しくて、引きこもったのか。


目から鱗だ。


「……ホント、つまんねー話だった」

「初代様」

「あ?」


 なんだかストンと腹の中に様々な感情や理屈が落っこちていくのを感じながら、俺は考えなしに初代様を呼んだ。すると、初代様の琥珀色の美しい瞳が、俺へと向けられる。


「俺、初代様のお邪魔はしません。褒美も、もちろん要りません。言われた事は、何でもやります。文句も言いません」

「な、なんだよ。急に」

「なので、初代様の“最終的”なところまで、俺も一緒に付いて行かせてください」

「っ!」


 俺は地面に手をついて頭を下げた。

あれ、これは土下座じゃないだろうか。こんなに流れるように土下座が出来る自分に、若干感動してしまった。俺には、本当にプライドはないらしい。なんか、もういっそ清々しい。


「初代様との旅も、楽しいです。もしかすると、人生で一番楽しいかもしれません」

「お前……」


 髪の毛が地面に付く。あと少しで、額も地面に付きそうだ。ここまで来たんだ、いっそのこと、地面に額をこすりつけるのも良いかもしれない。


「俺、初代様の事。好きです」

「あ゛っ!?」


 額が地面に付いた。

あぁ、ついにやってしまった!地面に額をこすりつけた土下座。しかし、思ったより全然大した事ない。様々な創作物では、これがとてつもなく屈辱的な行為として描かれるが……なんだ、こんなモンか。


 めっちゃ楽勝じゃん!こんなの!


深夜な事もあり、なんだか妙にテンションが上がってしまうのを感じていると、突然俺の頭が無理やり引っ張り上げられた。気が付くと、目の前には初代様の美しく整った顔がある。あぁ、眩しい。ついでに、髪の毛が痛い。


「言ったな?」

「はい?」

「テメェ、何でもやるっつったよな?男に二言はねぇか」

「あ。はい」


 額に付いた砂がサラリと落ちていく。目に入りそうで、俺は一瞬だけ目を細めた。


「じゃあ、俺の最終的な所まで付いて来い。死んでも文句言うなよ」

「ぁ」

「返事」

「はい!」


 俺は目の前にある初代様の顔を真正面から見つめながら勢いよく返事をした。そしたら「うるせぇ」と吐き捨てるように言われ、髪の毛が離された。


「あー、テメェの話がマジでつまんな過ぎて眠くなってきたわ」

「あ、はい。良かったです」

「寝るぞ」

「はい」


 初代様の手から空になったカップを受け取りながら、俺はふと初代様を見上げてみた。すると、そこにはほんの少し色付いた勇者様の耳たぶが見えた。

眠くなると、体温が上がると聞いた事がある。どうやら、本当に眠くなってきたらしい。


「ンだよ」

「……いいえ、俺は。これを洗ってから行きます」

「おう」


 頷く初代様に俺が一礼すると、俺の額に固いモノが触れた。パタパタと何かを払いのけるような動きをしている。それは、初代様の手だった。


「今日の見張りはお前がやれ」

「はい」


 そう言って去っていく初代様の後ろ姿を見ながら、少しだけ俺は達成感を感じてしまっていた。

 初代様への不眠討伐クエストは、どうやらクリア出来たらしい。



 あぁ、俺!話のド下手な陰キャで良かった!



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