季節の夢にみせられて

#06 その時

　うちのクラスは体育で終わる日にSHRが無い。

『疲れてたり着替えなきゃだし大変だろうから』

　とか物宮先生は言っていたけど、恐らく本人が面倒くさいだけだろう。

　私はあの先生が何考えているかよく分からないのであまり好きではない。

「とにかく今は急がなきゃ！」

　体育の授業は片付けがあるため少し早めに終わるが、授業が長引いたりすると何人かが残って少人数で片付けをすることになる。

　予想するに先程の夢は、優斗が今日の居残り組に立候補して、そのタイミングでなにかのトラブルに巻き込まれたのだろう。

「待て、篠原！」

　保健室から体育館へ向かう通路の途中で、突然後ろの方から名前を呼ばれて咄嗟に振り返った。

　するとそこには、見慣れている格好の教師が歩いて来ていた。

「物宮先生!? ど、どうしたんですか？」

　私は頭痛や焦りを笑顔で隠し、平静を装って返事をする。

「どうしたって……お前こんな時間から体育館に行くつもりか？」

「あはは……片付けだけでも手伝おうと思って…………それじゃあ失礼します！」

　私はそれらしい事を言って再び体育館へと急ごうとすると、もう近くまで来ていた先生に手を掴まれた。

「いやいや待て待て。俺はこんなでも一応教師だ、そんな顔真っ青のさっきまで保健室にいたやつを体育館には行かせられねぇよ」

　そう言いながら先生はスマホをインカメラにして私に見せると、そこには、言い逃れの出来ないほど顔を白くした自分が居た。

「……ッ!」

「取り敢えず保健室に戻って休んでろ。じゃないと、いざって時に平常な判断ができなくなるぞ」

「そう……ですね、そうします」

　何も言い返せなかった私は、そう返事して先生の横を通り過ぎて保健室へと向かっていった。

「―――は任せとけ」

　先生は何かをボソッとつぶやいた後、空き部屋の中に入っていった。

　……うん？

　なんであんな所に先生はいたんだろう？

　あの通路は空っぽの部屋が一つあるくらいだった気がするんだけど……。

　そう考えながら少しおぼつかない足取りで保健室へ戻っていると、授業の終了を知らせる鐘が鳴った。

「授業終了、か……優斗、大丈夫かな……」

　そう思いながら保健室に付くと、私は棚にあった頭痛薬を拝借して、またベットに寝転がった。

　少し休んだら、今度こそ、助けに……行かないと……。

　頭痛薬の副作用か、そのまま私は眠りについてしまった。

　――――――――――――――――――――――――――

　授業の終了を知らせる鐘が鳴った。

　修了の号令がされた後も、僕と数人は体育館に残り、後片付けをしていた。

「今日は片付けの人数が僕含めて3人しかいないみたいだし、ちゃっちゃとやって帰るとしようか」

「そうだな」「うん！」

　残っているのは僕と岡崎、そして夏音の友人の空名さんだ。

「そういえば、なんで夏音は授業に来なかったんだろう……」

　僕がそうつぶやいていると、天名（あまな） 陽織（ひおり）さんが思い出したかのように話し出す。

「それがね、授業が始まる前に体調を崩しちゃったみたいで、私がおんぶして連れて行ったの」

　……なかなかさらっと言っているが、すごい状況だったのではないだろうか。

「かなり疲れてたみたいでさ、おんぶしている間に寝ちゃったから念のため物宮先生に連絡してからそのままベッドに寝かせてきちゃった」

「そうだったんだ……ありがとう天名さん、片付けが終わったら様子を見に行ってみるよ」

　天名さんに対して礼をすると、「いえいえ」といった感じで優しく返事をしてくれた。

「さて、残りの片付けるものはこのボールが入った重い籠2つだけだし、俺たち男二人でやっておくから先に天名さんは帰っちゃってていいですよ」

　勝手に岡崎がそう言うと「じゃあ、悪いけどお願いしようかな！」と天名さんは言って、僕たちに「お疲れ様～」と手を振りながら出口へと歩いて行った。

　多分僕より天名さんの方が力あるとおもうんだけどなぁ……。

　まぁそんなことを思っていてもしょうがないので、この重い籠を頑張って運ぶことにした。

　――――――――――――――――――――――――――

「よい……しょっと！ あー重かった！」

　最後の一つを体育倉庫の中にドスンと置いて、軽く背伸びをする。

　岡崎の運んでいた籠はもうすでに置かれているようだった。

　うーん……確実に人選ミスだ。

　じゃあこれで片付けも終わったことだし早速戻っ―――

『ガシャン……ガチャリ』

　すぐ真後ろからドアの締められる音と鍵のかかる音が聞こえた。

　まさか……嘘でしょ!?

　気付いた時にはもう手遅れで、鍵がしっかりとかけられておりドアはびくともしなかった。

「おい、悪戯はやめてくれよ、これじゃあ出られないって」

　僕はただの悪戯だと本気で思ってそう軽く笑いながら問いかけたが、帰ってきた声はひどく重々しい声だった。

「悪いな八重桜、今はお前に出てこられると少し困るんだ。だからここで待っていてくれないかな？」

　迂闊だ……あんな話を聞いておいて警戒してなかった僕が馬鹿だった……。

　その声には一切の冗談が混じっておらず、本気で言っていることだと直感で理解することができた。

　それと同時に今まで感じていた嫌な予感が、もはや確信したと言い切れるほどに強くなってきていた。

「お前……何を――」

「そういえば、今篠原さんは保健室にいるんだったかな？ すぐに帰りの用意でもできるようにバッグでも持って行ってあげとくかな」

　僕の声をまるで無視するように、「後は準備をするだけ……」などとつぶやきながら岡崎の足音は出口に向かってだんだんと離れていった。

「どうしたもんか……スマホも教室に置いてきたから誰にも連絡が取れないし、このドアも空きそうにないし……」

　僕はとりあえず倉庫内にあるマットに腰を掛け、どう脱出するかを必死に考え始めた。

「うーん……窓から出るか？ いや、僕の力じゃ流石に無理だ……」

　窓自体はあるのだが上の方に小さい僕一人が抜け出せるかどうかもわからないほど小さいのが付いている。

　懸垂すらとゆうか自分の身体を支えるほどの力が無い僕では到底無理だ。

　そう考えているうちに5分、10分と時間が経っていく。

「このままじゃ夏音が……早くなんとかしないと……」

　そう考えていると、ガチャ、という音とともに急に鍵が開いた。

「……ッ!? どうして鍵が！」

　そう驚きながらもドアを開けると、そこには――

　――――――――――――――――――――――――――

「……ん」

　いつの間にかに寝ていた目をぼんやり覚まし、体を起こす。

「今回は……夢、見なかったな……」

　周囲を見渡すと、自分で戻ってきた保健室の部屋であることは変わらないが、私のバッグと一つの紙が置いてあることに気づいた。

『目が覚めたら中庭に来てほしい』

　その男の子らしい字の置き書きを見た瞬間、はっと目が冴える。

　……そうだ、ついにこの時が来ちゃったんだ。

　とりあえず体育館に行……きたいところだけど、体育館までの通路の間に中庭に出るところがある、つまりは中庭で待っているであろう岡崎君に見つかっちゃう。

　私は、大きくため息をつきながら「行くしかないか……」と呟き、バッグを肩にかけ、中庭へと歩き始めた。

　――――――――――――――――――――――――――

「来てくれたんだね、篠原さん」

　すでに制服の姿で待っていた岡崎君は私と目が合うと、とてもうれしそうな顔をしてそう言った。

「岡崎君、こんなところに私を呼び出して、一体どうしたの？」

　分かり切ってることではあるが、念のためにそう質問してみる。

「実は篠原さんに言いたいことがあって……」

　岡崎君は少しうつむいた後、勇気を振り絞ったような顔で私を見て、言葉を言い放った。

「篠原さんの事が前からずっと好きでした！付き合って下さい！」

　夢でよく見た光景、状況、そして……夢でよく聞いた告白だった。

　辺りには人の気配が一切せず、木は揺れ、風の吹く音が静かに吹いている。

　ただ、私の答えは、もう決まっていた。

「……ごめん、『私』恋愛とかあんまり興味ないんだよね」

　私は夢と同じことを、自分の意志で言っていた。

「そ、そんなぁ……」

　岡崎君は私の返事でひどく落ち込んだ様子だった。

「あはは、そんな悲しそうな顔しないでよ。今後も変わらずに一緒に休み時間遊ぼうよ……ね？」

　私は口でそう言いながら、『次』起きることに対して警戒をしていた。

「そ、そっか、そ……それじゃあ」

　そう言いながら彼は夢と同じようにポケットに手を入れる。

「……！ いったい何を――――ッ！？」

　その手に握られていたものは……スタンガンだった。

「普通に告白してもダメなのなら……無理やりにでも……！」

「お、岡崎君……？」

　無意識に声が震える。

　……そうだ、スマホで誰かにれんら――

　そう考えた私の手はポケットを探るが、スマホの感触はなかった。

「そっか今日、忘れ……ひゃっ！」

　少しづつ後ずさっていた私の足がもつれて、尻餅をついてしまう。

　……まずい、このままだと……

「ごめんね、篠原さん。すぐに俺の物に＿＿＿んぐッ!?」

　スタンガンを構え、ゆっくりとあたしに近づいていた岡崎君の顔が苦痛に歪む。

　その脇腹には何か大きなものが激突していた。

「ぁ……」

　私の口から緊張がほどけたかのように声が漏れる。

「お、お前……なんで!?」

　想定外の状況に驚いたような顔をしている岡崎君を無視するように、『彼』は私の震える手をしっかりと掴んで校門の方へとまっすぐ走り始める。

「ごめん、おまたせ！」

　彼……優斗は走りながら短くそう言い放った。