第40話 〝魔王の本気〟

 〝朱殷色の鬼〟――――〝凍将〟ヴァイエル・カナレは、足を地面にくっ付ける度に大地を霜で覆っていく振れた木々は凍った彫像になりやがて砕け散っていく。レナスと同じ氷を扱う者だ。つまりレナスとは相性がすこぶる悪い……とシスは考える。だが、それは要らぬ心配だった。


「氷を操る魔族と炎を操る魔族か……どちらもこの剛力で冥界で鳴らしてきた俺には効かぬわ」

「剛力のみが武器ならばわっちらの相手にはなりんせん」

「氷を操るのと氷を統べるのは違うわ」


 巨大な〝朱殷色の鬼〟は、立ち上がり、禍々しく、毒々しい青の光でその場を包み込んだ。

 段々と人族と対比できる大きさへと変化する。長身のフレアベルゼより二回りほど大きな白い外骨格を持つ氷の異形が姿を現した。ウヴォルスと同じ様に尻尾は蛇腹の剣のようになっている。


「儚き氷よ――――――我が意を示して」

「打ち砕く――――――グレイスラッ……?!」


 一瞬すら経っていない。突然ヴァイエルの身体が裂けて、右腕がぼとりと落ち毒々しい血液が地面を穢す。ヴァイエルは目を疑っている。レナスのした行動は、この世界のルールを打ち破るものだった。


「魔王というのだったな。名を訊きたい」

「〝断罪の冷嬢〟レナスってみんなは呼ぶわ」

「わっちは〝火焔の鉄姫〟と呼ばれていんす」

「オバサン……訊かれていないわよ」


 再び戦闘前のような火花が熱気と冷気の間でバチバチと起こる。魔王フレアベルゼも魔王レナスも、〝凍将〟ヴァイエルという骸人族という敵に対して、それほど注意を払っていない。道を歩く虫を潰す程度にしか気にしていないのだ。


「冥王ユーグレイ陛下の御降臨の為にも、貴様らには冥力の元となって貰う」

「それは無理でありんすね。我らは魔王……冥界だか何だか知りんせんが足下にも及びんせん」

「ふんッ、この腕や傷を見て、大口が叩けるのだろう。だが私は上位骸人族だ。こんな傷など一瞬で治る」


 ふんッとヴァイエルが叫ぶと腕が生え変わり、傷口も完治した。それを見てフレアベルゼが一言率直な疑問を呈する。


「わっちら魔王なら、攻撃など当たりんせん。ユーグレイとやらに伝えなんし。あと一〇〇〇年は爪を研いでからやって来いと」

「冥王陛下をバカにするとは……許し難い……絶対に許さぬぞ」


 フレアベルゼがパチンと指を鳴らした。広がりつつあった骸人族が燃え上がり、全てが灰となって消え失せた。まるで最初からそこにはいなかったかのような静寂のみが残る。


「一〇万はいた。冥王軍が……ッッ⁈」

「そして、自分の不始末は自分で蹴りをつけんす」


 フレアベルゼはもう一度パチンと指を鳴らした。宙に開いた穴が消える。

 それを見て表情が固まるヴァイエル。憎々しそうにフレアベルゼを睨みつける。


「き、貴様は何をやったのだ?!」

「事象を燃やし灰にしただけでありんす」


 魔王フレアベルゼは指パッチンだけで、宙にある冥界からの進入路を開けたという事実を燃やして消した。そして、ヴァイエルは、横向きに両断される。腹が千切れて腸などの臓物と血肉がひしゃげて、地面に飛んでいく。


「この俺が気が付かないとは……なにを……したのだ」

「最後になるだろうから教えてあげるわ。時を凍らせて、その間に少し軽く切っただけよ」


 ヴァイエルは、再生しつつある身体を震わせた。魔王フレアベルゼも魔王レナスも格が違い過ぎる。それを遠くから見つめるシスは覚醒などしなくても楽勝だったのではと思った。


「こうなれば……この身体を自爆させて、再び次元の穴を開けるだけよ」


 ヴァイエルは、〝凍将〟という名の武人らしく潔く、役割を果たそうとした。だが、レナスの力の一端で時は止まる。さらに、フレアベルゼの事象の焼却で存在すらを消されてしまった。

 時が動き出し、繋がりのあるシスを除く者たちは何が起きたのか分からず混乱するのみだ。


「わっちの主よ……シス様よ……敵を倒しんしたよ。褒めてくりゃれ」

「偉いぞ……フレアベルゼ」

 

 シスはフレアベルゼの巨大な黒い二本角を撫で回した。フレアベルゼは気持ちよさげな顔をする。そこにさらりと絹のように長い髪のレナスが寄ってくる。


「我が主様……シス様、私も頑張ったんだから、褒めて褒めて」

「偉いぞ……レナス」


 フレアベルゼの猛々しい角と違いレナスの角は細くしなやかだった。撫でると「んん」という気持ちよさげな声が聞こえ、暫く撫でる。


「シス、骸人族の作った異界の門は閉じたのか?」

「マグナス陛下……――それは間違いありません」

「じゃあ、もう異世界からの侵略者は来ないってことですよね」

「ホロウ……――間違いないよ。二人の魔王の力に叶う者はいないって」


 マグナスの言葉の前にホロウが無礼にも歓喜の声を上げた

 マグナスもそれを聞きたかったらしく、満足そうにうなずいている。


「これはロンドニキア大陸のみならず、西方大陸や東の島国に至るまで知らせなければならない重大案件だ。勇者円卓会議――――ラウンドオブブレイブスを呼び出さなければいけないかもしれない」

「神なき時代に、人によって選ばれた勇者たちですか」

「ああ、実力は折り紙付きだ。最古参にしてリーダーのライゼン・ダリオスは斧の一振りで山をも吹き飛ばす力がある。ホロウも力を磨く為に参加する気はないか?」

「俺は……やめておきます」

「フィオと……――まだ一緒にいたいんだろ?」


 シスは、ホロウにならフィオを任せてもいいと思っていた。ホロウの誠実さは身に染みるように分かったからだ。和気あいあいとした場所に兵士が血相を変えてやって来る。


「じ、自称魔王ヨツンが脱走しました‼」

「なに、ちゃんと封魔の牢獄に入れたんだろうな?」

「それが膂力のみで破壊して、番兵を蹴散らして東に逃げたと報告を受けました」

「まあいい……奴の魔力波は登録済みだ。近ければ、どこにいるかは分かるはずだ」


 そう言って、マグナスが話を閉じかけた時、フレアベルゼが発言した。


「神狩りが行われた後でも勇者の選定システムは働いているはずでありんす」

「魔王フレアベルゼ、なにが言いたいんだ?」

「つまり……――本物の勇者を見つけろってこと?」

「いつの時代も光と影は存在し、対立し合ってきんした。それが悪いことだとは思いんせんが、今回は特別……早めに勇者を見つけ鍛えるべきでありんす」

「一理あるな。ならば最初は王国中から最後は世界中で探さなければならないな」

「その通りですね……――マグナス陛下……う……うぅ?」


 そこでシスは唐突に意識が揺らぎ始める。何も入れていないはずの胃袋から血の塊を吐く。膝に力が入らなくなり、狼狽。そして転倒し、仲間の声が遠くなっていき、意識は真っ黒に塗りつぶされた。


 歴代の魔王召喚する魔法は〝欠陥だらけの最強〟といえる禁忌の召喚魔法だ。


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