第32話 〝血の離別〟

 〝ドラグブラット〟――――〝竜王の剣〟が光り輝く軌跡を見せる。それは夜の流れ星のようだ。シスは、〝ドラグスレイヴ〟――――〝竜王の長刀〟を持つマグナスが少しずつ切り傷などができて、息を切らしているのが分かった。それは当人も知っているのは当然で――――


「――――はあはあ、持久戦はこちらが不利か」

「〝魔王の眼鏡〟でお前の動きは察知している。何を足掻こうと無駄だ」

「俺は……その片眼鏡――――〝魔王の眼鏡〟対策はとってある」

「身体超強化魔法――――アクセルブースト‼」


 竜王グレンは、それを必中の魔剣のごとく正確に狙う。グレンの圧勝に見えかけたが、マグナスは時を待っていた。グレンはもう今年で六〇になったばかりの歳。身体も鈍くなっている。長時間の戦闘には耐えられない。


「どうですか……はあはあ……俺も立派な策士になったでしょう」

「く……ふうふう……〝魔王の眼鏡〟に頼りすぎたか……」


 ここに来てグレンが肩から血を流しているのをシスは見た。〝魔王の眼鏡〟では予知はできても身体がついて来れなければ意味がない。シスの目には、ようやくマグナスが勝機を掴みかけたかに見えた。だが――――――


「――――――身体が動かない?! ……だと?」


 老人の高笑いが響く。百舌ベルガモットだ。束縛魔法――――バインドでマグナスを縛り上げる。それを見て竜王グレンは、明らかに不快な顔をした。真剣勝負に水を差されたようなものだからだ。


「よくやった、ベルガモットよ。だが――――――無粋」

「――――――し、しかし……〝有翼の巨神〟を動かすにはグレン陛下の持つ〝支配の魔杖〟が必要です。もしものことがあったら……」

「ベルガモット、お前の能力は買っているが、人格は信頼足り得ないと思っている」

「……それは……あんまりでございます。骸人族がやって来るという予言も、私の作った未来予知演算宝珠の成果でありましょう」


 マグナスはバインドの力が強まり、苦しんでいる。一連の流れを見ていたシスは竜王国魔導騎士団が邪魔だと感じた。すぐにマグナスを助けたいと思う。だが、そこに飛翔魔法を使ったブリジットが現れて、ベルガモットを狙撃した。気絶するベルガモットと起き上がるマグナス。


「ブリジット……――大手柄だよ」

「ふふん、アタシにかかれば、このくらい余裕よ」

「残りの魔導騎士たちも倒れてもらいましょうかしら」


 ブリジットは〝魔王の傘〟で魔導騎士たちを狙撃していく。


 一人の魔導騎士がシスに向かって炎魔法を短文詠唱した。気配で気が付くシスだったが、魔法で迎撃するのも、避けるのすらも遅かった。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」


 ――――わっちの前で死なないでくりゃれ。


 半分仮面を被った美しい魔族がエクスプロージョンの魔法をかき消した。


 魔王フレアベルゼだ。どうやら猛者との戦いは終わったらしい。傷一つないのを見て、ホッとするシス。ギーンッと甲高い金属音が響きシスがそちらを向くと、マグナスがグレンの持つ〝ドラグブラット〟――――〝竜王の剣〟を手から離させていた。

 そして〝ドラググレイヴ〟――――〝竜王の長刀〟で、仰向けに倒れかかった竜王グレンに「父上、降伏してください」とマグナスは言い放つ。


 狂ったとされる竜王とそれに反逆する王子の物語は終わったかに見えた。


 だが――――――赤い根元がねじれた二又の槍がマグナスを狙う。


「がはッ⁈」

「父上……なぜ?」

「今……未来が見えた。竜王国を……背負って立つお前……の姿が」


 竜王グレンが死にかけているのに気を取られているマグナスをシスとフレアベルゼが守る。


 赤い槍を投げたのは黒い一本角の魔族の子供だった。通常魔族は日本角がある。一本角は他種族との混血を現す。息も絶え絶えな竜王に刺さった槍は自然と一本角の魔族の手に戻る。


「そこの魔族……なぜ人族の側に付いている?」

「わっちの意思でありんす。好きな者の側にいるのがおかしいことでありんすか?」

「……ふん、俺の母のようなことを言いやがって」


 そこでシスが声をかける。フレアベルゼに慣れているからか恐れはなかった。


「お前は人族との混血か?」


 答えもせずに赤い二又の槍をシス目掛けて飛ばす。フレアベルゼがあと指一本で刺さるところを手に持ち、武器の使用を止める。


「僕は血のことを言われるのが二番目に嫌いだ。一番嫌いなのは人族と話すことだ」


 そう言うと、魔法の短文詠唱を始める。


「神罰の雷よ、消せ――――――ライトニングジャッジメント‼」

「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 ズドーンッという音がして、一本角の魔族の魔法はかき消された。


「小僧……わっちの主をこれ以上狙うと……殺しんす?」

「この言葉の重圧……魔王だとでも言うのか?」

「くくく、かかか、ははは……〝火焔の鉄姫〟フレアベルゼを知らぬ混血がいるとは笑えんす」


 一本角の子供の魔族が何者だろうと思い、シスは再び話しかけた。


「お前は誰なんだ?」

「いいだろう。死ぬ前に教えてやる。僕の名前はヨツン――――最後の魔王だ」

「くくく、かかか、ははは……二つ名を持つ歴戦の強者でもないガキが魔王を自ら名乗るとは、笑えんす」


 ゴオオオォォォオオオと何かが収束する音がした。シスが振り返ると怒りに目を染めたマグナスの手で〝ドラググレイヴ〟が竜魔法を使う形態に変えている。狙いもちろん、自称魔王ヨツンだ。


「竜王の魔道具か厄介だな……覚醒体になって相手をしてやる」

「ガキのくせに覚醒体になれると大口を叩けるのは笑えんす」


 ちッと舌打ちをしたかと思うと、ヨツンは角が赤く鮮血のように輝いて、身体がみるみるうちに、大きく育っていく。フレアベルゼより一回り大きな魔族になった。


「どうだ? 怖いだろう?」

「覚醒が幼い身でできるのは人間の血が入っているからでありんしょうかね?」

「フレアベルゼ……やれるのか?」


 そこでフレアベルゼはシスを抱きしめた。少し痛みを感じるくらい強い力だ。


「わっちの主は、安心して見て欲しゅうござりんす」

「フレアベルゼ……やっつけてくれ」


 フレアベルゼは抱擁を解くと空を蹴りながら自称魔王ヨツンへと向かった。手には二又の赤い槍と〝火焔の錆剣〟を持ちながら、ヨツンへと急接近する。〝火焔の錆剣〟でぶった切ろうとするも、ヨツンはやられない距離を取りながら、魔法を短文詠唱し続けた。


「浅き夢見し〝火焔の錆剣〟――――――眠りから醒めよ」


 轟と音がして、一本の錆びた剣は灼熱の大剣へと変化した。その刃はどんなに距離を取っても届き得る大きさだ。ヨツンは顔を青ざめる。フレアベルゼが両手で〝火焔の錆剣〟を持つ為に、槍を捨てると、ヨツンはニヤリと笑う。


「お前の主人が死ぬぞ? 間抜けな魔王が‼」


 赤い二又の槍は、自由落下ではない動きを見せて、シスに迫る。シスは身を隠せるものもなく、為す術なく槍に射貫かれた。皮肉にもシスの鮮血は白い巫女の服を着るフィオにかかった。


「うぅ……ん……お兄さまの声が……」


 フィオにシスは声をかけたかった。最後に話がしたかった。

 だが、視界はっ直ぐぼやけて暗転。


 シスは生死の境を――――――彷徨うこととなる。

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