第13話 〝戦闘の傍観者〟
「な、なんだ……この圧力……か、身体が動かない?!」
「う……苦しい……息が……くはっ……」
「お前たち……この殺意は敵襲だ。警戒しろ‼」
殺意を解放しただけで、魔王アシュラの周りの者はほとんどが泡を噴いて倒れた。
隊長らしき人物が一人声を張り上げ、部下たちを叱咤している。
「ふむふむ……桜花国と違って、全身を魔鉄で覆っているのか」
「誰だ? お前は? 近づくと魔法で焼き払うぞ」
自分の身体が焼かれるかもしれないと一瞬ゾッとしたシスだったが、〝阿修羅〟は気を抜いている。余裕なのだろうとシスは考えた。その証拠に近づく足取りは軽やかだ。
「やあやあ……遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我が名は、〝阿修羅〟……古今東西最強の剣の使い手なり」
「……ふざけているのか? 阿修羅一刀流の開祖を名乗るなどと……‼」
「お主、そこそこ使える者と見た。勝負、勝負‼」
「ガキが……殺されたいようだな。王国式剣術を舐めるなよ」
「王国式剣術‼ 初めて聞き及んだ‼ 一息に意識を刈るのは勿体ないか……」
王国兵士長は魔鉄鋼の剣を引き抜く。対してシス――――阿修羅は落ちている木の枝を持った。シスは、最初は何をしようとしているのかと訝しんだが、阿修羅が持った木の枝は異様な気配がする。魔剣に似た力が放たれている。
「ガキ……木の枝で俺に勝てると思っているのか?」
「ただのガキではない。魔王アシュラと同等の力を持っている」
ふんッと言って兵士長は構えを見せる。しかし、シスは――――阿修羅は右手に構えた木の枝を真上に構えるだけ、どちらが早いかが勝負になる構え方だ。下手をしたら一撃でシスは死ぬだろう。
「阿修羅伝説が好きなようだな。その昔当代随一の剣士にその構えで勝ったとか。度胸だけは本物だと認めてやろう」
「雄弁は恐怖の証ぞ。さあ、早くかかってこい」
「王国式第一刃――――――金剛切り‼」
「阿修羅一刀流――――――無刀の構え‼」
王国兵士長は、魔力を足に込めて疾走。それだけで強者の部類に入るのが分かる。それに対して、阿修羅は指一本分も動かない。動と静。全く逆の構えがぶつかる。王国兵士長の刃が触れるとシスが思った瞬間。木の枝が魔鉄鋼の剣を砕いて、返す動きで、王国兵士長の意識を奪った。
「(凄い……――圧倒的だ。これが極東から西側諸国にも伝わる剣術か)」
「うむ……物足りぬ……主殿……もう一人くらい相手をしても……おっ、なんだ。小娘よ」
「た、助けてくれて……ありがとう」
そう言うと卵を王国兵士にぶつけてしまった少女は去っていく。シスは、少し阿修羅の力を認める気になった。力なき強い志は無力、志なき力もまた無力だ。魔王と呼ばれた空には、それなりの度量があったのだろう。
「おいこら、王国兵を倒すなんて何やってるんだ?」
「くくく、やはり人斬りは夜にやるのが相場か……」
シスは、ネェル・アロンドの街のことを考えた。考えるのが遅すぎた。ロンドニキア竜王国に刃向かったとして、この街に被害が及ぶかもしれない。それだけは避けたかった。
炎に包まれる〝泥棒組合〟のアジトとルプスの姿を思い出す。
「(他人が死ぬのは……――絶対にイヤだな)」
――――承知致しました。
ズーンッズーンッと足音が響く。巨大な金属の塊――――魔鉄の鎧に身を固めた大人三人分ほどはある巨人族の兵士が現れた。鼻息を荒くしており、既に戦う気満々といった感じだ。アイアンソウルゴーレムの斬竜刀よりも大きなこん棒を持っている。
「坊主が……〝飛竜狩り部隊〟を蹴散らしやがったのか?」
「その通り、拙者の名前はシス・バレッタ。当代随一の剣士になる者である」
「ふざけやがって……ピュー♪」
「なぜ口笛などを吹くのだ。仲間でも呼ぶ気になったか?」
それには巨人族の兵士は答えず、こん棒を構える。
「拙者……巨人族と剣を交えるのは実は初めて……武者震いが止まらぬ」
「なにが武者震いだ。怖気づいただけだろう‼」
グワンと姿勢が超低姿勢に変わった。指一本分でこん棒に吹き飛ばされるところだ
。実力は高いのが巨人族の戦士の共通項だ。人間を超える実力と寿命を誇る。
「中々に強者……まずはその邪魔な鎧を剥がせてもらう」
「ほざくな。このクソガキが‼」
二人は構える。今度はシス――――人斬り阿修羅は超低姿勢を取る。
「巨人流古式棍棒術――――――土竜叩き‼」
巨人族の兵士はこん棒を無作為に連打し始める。辺りが揺れ始め建物のガラス窓にひびが入る。先程までシスがいた場所は大きく陥没していた。だが、ひしゃげた肉はなく、こん棒には血の一滴すらついていない。
――――この程度の実力か。笑止千万。
「なに⁈ 鎧がバラバラに切られている?!」
「拙者の技を使うまでもなかった。お主は本当に悪鬼羅刹と桜花国で噂が高い巨人族なのか?」
「クソが……だがいいタイミングで来た」
「機竜共……このガキを殺せ‼」
『『『キャシャアアアァァァアアアン‼』』』
飛竜のいたる所に配線と機械が使われており、脳には電極が刺さっている。狂った犬のように口から涎が垂れ、地面をジュージューと融かしていた。シスは、父のアーヴィンが言っていた竜王国の新兵器だと悟る。
「おおお‼ これは僥倖。拙者の時代にはなかったカラクリ仕掛けの竜か」
「燃やせ、機竜共‼」
だが、どんな秘技を使っているのか、シス――――阿修羅にはかすりもしない。
シスは、なんとなく感覚で分かってきた。攻撃がパターン化されているのだ。
「クソがなぜ当たらない?!」
「拙者、飛竜の方が戦い応えがあったでござるな」
「ちッ‼ 機竜共……肉弾戦だ‼ 喰い殺せ‼」
『『『キャシャアアアァァァアアアン‼』』』
三匹の魔導機竜が爪や牙で攻撃しようと近づく。シスの身体はバックステップ。そして超低姿勢を取る。何をする気なのか身体の持ち主であるシスにも理解できない。
「阿修羅一刀流――――――襤褸々々‼」
「な⁈」
『『『キャシャアアアァァァアアアン?!』』』
魔導機竜の首が一瞬で落ちる。次いで身体に筋が走り、刻んだ肉のようになった。ドクドクと竜の紫の血で辺りが穢される。巨人族の兵士が慌てふためいていた。こんな事態は予想だにしていなかったのだろう。
「魔導機竜がこんなガキにやられるだと……将軍閣下にバレたら絞首刑になっちまう‼」
「お主、真っ当な戦士でもないのだな。巨人族の猛者と戦えると思ったのにがっかりだ」
「ク、クソガキが……お、俺は……もう手は出さない……命ばかりは奪わないでくれ‼」
「さっさと去れ……――この臆病者が‼」
巨人族の兵士は立ち去ると見せかけて棍棒を背後から投げつける。
瞬間、小さな家ほどある棍棒は粉微塵と化す。シス――――阿修羅の目が赤く光り、剣を振るうと斬撃が魔法のように飛翔。狂人の兵士の右腕が切断。
「主殿済まぬ……卑怯者が拙者一番嫌いでな。殺しはしなかったが、再起不能だろう」
シスは……――意識が戻った。全身が岩になったかのように重い。
そのシスを高台の建物から見下ろす者が一人いる。黒いフリルの付いた傘を差して、日の光を防ぎつつ、ニンマリと笑う。鋭い犬歯が特徴的な吸血鬼。〝闇の大陸〟と呼ばれる旧魔王領のある浮遊大陸の住人だ。
「あんなお子様が〝ルツィフェーロ〟が選んだ次の〝魔王候補〟の一人か」
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