第二章

第10話 〝飛竜のフェシオン〟

 シスは西のロンドニキア竜王国に向かう為、魔王フレアベルゼと〝アロンド平原〟に辿り着いた。荷台に積まれている〝竜除けの鐘〟を固定していた木片を外すと、ゴーンッゴーンッと音が鳴り響く。〝アロンド平原〟は飛竜の巣窟だ。近くの森などには飛竜の巣が数えきれない程あり、不用意に立ち寄ったものを食い殺す。


「飛竜の類くらいは、わっちの炎で燃やし尽くせんす」

「数百ともなると面倒臭いだろ? それにその魔力の源は僕のはずだ」

「う……む、確かに、わっちの主の言う通りでありんす。わっちが魔法を本気で使えば主が死にんす」


 竜馬に引かれた馬車はゴーンッゴーンッと音を鳴らしながら平原をひた走る。ルプスの用意してくれた竜馬はロンドニキア大陸東のラナフォード公国の黒竜馬だ。持久力があると定評であり、人気の種類の竜馬。食糧も腐りにくいものが積んであり、武器も業物の魔鉄鋼製の剣が準備されていた。


「ルプスには……――死んだらありがとうって言わないとな」

「わっちの主は、一番近くにいる魅力的な女を忘れていんす」

「ああ……――フレアベルゼは可愛い、可愛い」


 フレアベルゼは、シスの髪を引っ張った。シスの棒読みでの賛辞は通用しない。だが、それもシスを思っての行動だというのが分かっていた。もしフレアベルゼがあの夜召喚されず、ひっそりとダンジョンの中などで召喚されていれば、ルプスは死なず、〝泥棒組合〟も襲われなかっただろう。フレアベルゼはバカではない。


「この〝竜除けの鐘〟で何故飛竜共が寄ってこないんでありんすか?」

「昔、この〝竜除けの鐘〟を使って飛竜を集めて狩った剣士がいたんだよ。飛竜はダンジョンの外で繁殖したモンスターの中でも、知能が高いから〝竜除けの鐘〟が聞こえると逃げるように子供に教えるんだ」

「人族や亜人族は考えることが面白うござりんすね。わっちら魔族なら全滅させりんす」


 それには答えずに、黒い竜馬を走らせていると、前方で何かが燻り煙が上っている。シスは警戒することにした。何事も冷静に分析することが大事だ。それは亡き父の言葉。


「わっちの主よ、嫌な予感がしんす。気を付けておくんなんし」

「あれは馬車じゃないか⁈ 飛竜に襲われたのか?」


 シスは黒い竜馬を停めて、馬車に近づいく。竜馬が黒焦げになっており、まだ時間が経っていないのか鮮やかな赤い血が幌に飛び散っている。十中八九、飛竜に襲われたのだといっていい。だが、シスは積まれている荷物を見てハッと息を飲んだ。〝竜除けの鐘〟がきちんと積んであるのだ。


「どういうことだ? 飛竜は〝竜除けの鐘〟があれば、寄ってこないはずじゃないのか?」

「わっちの主よ、今、確かに〝飛竜〟に見られんした。他の飛竜とは違う匂いがしんす」

「まさか……〝竜除けの鐘〟が効かない飛竜がいるのか⁈」

「そういうことでありんりょう。ただし、それだけだはありんせん」


『ガルルルルルル‼』

「赤いってことはかなり知能が高い飛竜に間違いないな」


 飛竜が炎のブレスを吐こうと滞空する。シュッゴオオオォォォオオオッと〝竜の炉心〟から音が聞こえた。〝竜の炉心〟とはドラゴン種の心臓を指す。魔導士の工房などで高い魔力を得る為の魔力源として使われるほど魔力に満ちている。


『シュッゴオオオォォォオオオ‼』

「ふんッ、飛竜の炎ごとき我が威を傷つけることすら敵わないでありんす」

『ガアアアァァァアアア‼』


 赤い飛竜の炎のブレスがシスたちを襲う。直撃し燃えるかに見えたが、炎は一瞬で消えた。フレアベルゼは〝火焔の鉄姫〟と呼ばれる最強格の歴代魔王の一柱だ。たかが飛竜ごときの炎は、分解し、自身の魔力に換えることなど造作もない。


『シュッゴオオオォォォオオオ‼』

「ふんッ、性懲りもなく……自爆させんす。我が名フレアベルゼが命ずる炎よ、炎よ、爆ぜるがいい‼」

『ゴハアアアァァァアアア?!』


 赤い飛竜の口内で炎のブレスが爆発した。炎に耐性のある鱗を持っている飛竜だが、体内まではそうはいかない。飛竜は顔の顎から喉にかけて炎の暴発で裂けて、地面へと落下する。フレアベルゼが荷台から下りた。シスも、御者台から下りてついていくことにする。魔鉄鋼製の剣を装備することは忘れなかった。


「わっちの主よ、近くにこの飛竜の子供がいんす。殺すか殺さないかは主次第でありんす」

「場所が分かるなら教えてくれ……数にもよるけど……残酷なことをしなければならないかもしれない」


 近くの小さな森はシーンと静まり返っていた。足音を立てるのも憚られるような聖域のような場所だ。進んでいくと大樹に飛竜の巣が作られている。フレアベルゼの手を借りつつ上ると一つ卵が温められていた。そしてひびが入り、鱗がまだ白い飛竜の雛が出てくる。ミィミィと鳴き、身体を手に擦りつけてきた。


「殺すならわっちがやりんしょう。わっちの主にはちと辛そうでありんすから」


 フレアベルゼが手刀を作る。殺気が迸るのがシスにも分かった。次の瞬間――――


「――――フレアベルゼ、この子は僕が育てる」

「本気でありんすか? 将来殺されるかもしれないでありんす」

「その時は、その時だ。この子がフィオと重なって見えた」

「わっちの主の血の繋がらない妹でありんすね」


 飛竜の赤子を近くの泉で洗ってやると黒い竜馬が待っている馬車へと戻った。

 御者台に乗るとシスは、考え込むようにして無口になる。

 それを尻目にフレアベルゼは干し肉を少し食べさせている。竜と聞くと不機嫌になるフレアベルゼだったが、幼い竜には悪い感情は抱いていない。


「わっちの主よ、街へ着いたらどうするつもりでありんす?」

「どうするも何も……――普通に育てるだけだよ」

「意味が分かってないようでありんすね。これから街から街へと移動するうちに親と同じ様に大きくなったらどうするのかという意味でありんす」

「……それは……――まだ考えていない」

「これをわっちの主に渡しておきんす。さっきの親飛竜の形見でありんす」


 シスは血濡れの首輪を受け取った。どういう意味を持つのかシスは初め分らなかった。疑問に思いながら答えを探す。そして……ある一つの仮説に辿り着いた。考えたくもない予想だったが、〝竜除けの鐘〟が効かなかった。いや、むしろそれを狩りの合図にした親飛竜の境遇を悟り、シスは狼狽える。


「フレアベルゼ……――もしかして、あの親飛竜は……?」

「首輪をつけた人間の育ての親に捨てられたのでありんしょう」

「だから、〝竜除けの鐘〟がむしろ人を食べるきっかけになったのか……」

「それを知って、わっちの主は、どうするのでありんすか?」


 シスは静かに考え込んだ。飛竜が育つ速度はそんなに早くない。成体になるまで二〇年はかかる。それまでに、モンスターテイマーに預ける手もあると考えた。しばらくは親を殺した罪を償う為育ててやろう。


「育てる気なんでありんすね。名前を付けてやらなきゃいけんせんね」

「〝フェシオン〟……なんてどうだろう?」

「強く賢そうな名前でありんすね」

「バレッタ家の真祖ローバレルと最後に戦い盟友になった古竜の名前さ」

「そのような関係になることをまずは祈りんしょうね」


 まだまだ〝アロンド平原〟の旅はゆるりと続く。シスは、死んだ父母、ルプスたちのことを考え、憎しみを束の間でも忘れないようにしようと心に誓う。


 御者台のシスの目に地平線に建物らしきものが見えてきた。この広大な平原唯一の街〝ネェル・アロンド〟だ。大きな湖もあり、大きな小麦畑もあると聞く。


 ――――わっちの主よ。酒を浴びるほど飲ませてくんなまし♪

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