第40話 TSっ娘、ひきこもる。

 ──ゴールデンウィークが明けた。今日から学校が始まる。


 だが俺は学校には行かず、朝からずっと薄暗い自室に閉じ籠っていた。

 具合が悪いわけではない。ただ、どうしても学校に行くことができなかったのだ。


 制服に着替えて登校する準備はした。

 けれど、玄関のドアに触れた瞬間、身体が動かなくなった。気付いたら無意識のうちに涙が頬を伝っていた。


 その後の記憶はない。

 目が覚めた時にはベッドに倒れていた。涙のあとが気持ち悪かった。


 透花に振られてから三日。

 あれからほとんど睡眠もとれていなかった。

 動きたくない。何もしたくない。

 底なしの沼に心ごと引きずり込まれているような感覚。


「俺、透花にキスされたんだよな……」


 夢や幻じゃない。俺は確かに透花に告白して、キスされて――振られた。


「キスして振るって何だよ、わけわかんねえよ」


 俺はベッドに仰向けになったまま、悲痛な言葉をこぼす。

 散々セクハラして鼻血噴いて、大好きって言ってくれて……なのに、何で……。

 ティベリアは透花の理想の姿なんだろ? デートはあんなに楽しかったのに。透花もあんなに幸せそうだったのに……。


 もう頭の中がぐちゃぐちゃだった。


「アレか、これが噂の無差別テロか? 全女子生徒、百合化計画の一旦なのか?」


 ……はぁ、馬鹿みたいだ。何を考えているんだか。

 思考がアホの方向に傾いてる。まともに寝ていないせいだ。


 今までの人生、並大抵のことは気合と根性と乗り越えてきた。けど、今回ばかりは無理だ。弱音しか出ない。もう起き上がる気力すらない。

『キミのためなら喜んで死ねる』と笑いながら即答できるくらい愛しい相手に、たった一カ月で二度も振られたのだから。

 しかも金髪ロリっ子に生まれ変わるなんて、反則技まで使ったのに……。

 これでもダメなら、後はどうしろというんだ。どうにもならないだろ。


「……俺の何がいけなかったんだろうな……」


 あれからずっと……何度も繰り返した自問自答。

 いくら考えても答えは出ない。


「総一郎~。まだ引きこもっておるのか~?」 


 部屋の外からヒコナの声がした。

 どん底でもがいている自分が馬鹿らしくなるくらい、能天気で通常運転の声。


 透花に振られて帰ってきた後、ヒコナとはほとんど話をしていない。

 色々と詮索されることを覚悟していたのだが「透花に振られた」と一言だけ伝えると、ヒコナはまるで〝結果は分かっていた〟とばかりに、ふーんと鼻を鳴らして消えたのだった。

 全てを見透かしているかのような訳知り顔が、酷くしゃくさわったのを覚えている。


「おーい、起きておるんじゃろ? どうせあれじゃろ? 『俺、透花の理想の姿になったし、あいつのハートくらい余裕でゲットだぜ、ぐへへへへ』と息巻いて出撃したのに、こっ酷く振られたから、恥ずかしゅうて顔見せらないのじゃろ?」


 致命傷に塩を塗りたくって何が楽しいのだろうか……。

 でも怒る気にはなれなかった。その元気も無ければ、怒ることに意味すら感じなくなっていた。


「だんまりか……困ったのう」


 何が困るというのか。俺が女になって、透花のために獅子奮迅ししふんじん右往左往うおうさおうする姿を酒のさかなにしてただけだろうが。

 でも、それももう終わりだけどな。


 ……なぁ神様、お前のお楽しみはもう終わったんだよ。


「おーい、総子ちゃん」「天岩戸あまのいわとを気取っておるのか?」「いくら引きこもっても、異世界転生はできんぞー」「おーい総一郎、野球やろうぜー」


 あの手この手で話しかけてくるヒコナ…………正直しつこい。


「くそっ、いい加減にしろよ! しばらく放っておいてくれよ!」


 ベッドから身体を起こし、たまらず声を上げる。

 だが部屋の外のヒコナは悪びれる様子もなく話を続ける。


「そうは言ってものう、お主に会いに学校の友達が来ておるんじゃが……仕方ないのう、勝手に通すから、後はそっちでどうにかせい」

「だからいい加減に……って学校の友達?」


 学校のって……俺が休んだから、誰か見舞いにでも来たのか?

 でも、今はまだ普通に授業の時間だ。……いや待て、このタイミングで俺に会いに来るってことは……まさか、透花が?


 しかし、どどどどどと勢いよく階段を駆け上って部屋に飛び込んできたのは、


「ティアーーーーーーーッ! 大変だ! 大変なのだぞーーっ!」


 薄っすら赤く染まったツインテールの少女――中紅子あたりこうこだった。


「ちゅう子!? どうしてここに!?」


 激しく息を切らせたちゅう子の姿に、俺は驚きの声を上げる。 


「我のことはどうでもいいのだ! そんなことより透花が、透花がぁぁぁ!」

「ちょ、落ち着けって、透花がどうかしたのか?」


 唐突に透花の名前を出され、俺は反射的にベッドから立ち上がる。


「職員室で我が髪の色について怒られていた時に、大変なことを聞いてしまったのだ!」

「ああ、やっぱりその髪、注意されてたんだな……」


 そりゃそうだ、だって赤いもの。


「そうなのだ。いくら地毛だと説明しても、パパが火炎竜だからと説明しても、全然分かってもらえなくて――」


 そりゃそうだ、だって火炎竜だもの。


「――って、そうじゃなくて! 透花が、透花が転校するって先生と話していたのだ!」


 ちゅう子が告げた言葉は、にわかには信じがたい、それでいて眩暈めまいを起こすには十分な程の衝撃を俺に与えたのだった。

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