第7話 どこまでも滑らかな新たな地平


 ――眩しい。目蓋の裏に赤みが差す。


 もう朝か……変な夢を見たせいで寝覚めが酷く悪い。いつもなら夜明けとともに自然に目覚めるというのに。

 俺はベッドから上半身を起こしつつ眼をこする。

 それにしても我ながら変な夢を見たものだ。

 何が『女にしてやる』だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 けど裏を返せば、そんなアホな夢を見るくらいに透花に振られたのがショックだったってことなんだろうな。


 ……はぁ、早速だがもう死にたい。


 今は朝の八時。

 普段の俺からすると考えられないくらいに遅い起床時間だった。

 こんな時間に起きたのは何年ぶりだろうか。さっさと起きてひとっ走り――。


 ──と、そこまで考えて俺は渇いた笑いを溢す。


 馬鹿だな綾崎総一郎、お前は透花に振られただろ。

 身体を鍛える理由なんて、もうどこにも無いじゃねえか。

 その事実に気付くと、身体がずっしりと重くなるのを感じた。十年分の疲労が一気に押し寄せたような幻想に囚われる。

 そして俺は再びベッドに仰向けに転り、しばらくぼーっとして過ごす。


 今までの自分からは考えられない空虚な時間の使い方だった。


「ちょっと、寒いな……」


 窓から流れ込んでくる外気に、ぶるりと身体が震える。

 春といっても朝はまだ寒い……ってか俺、昨日の夜に窓なんて開けたっけか?


「……駄目だ、思い出せねえな」


 あの変な夢のせいで記憶が混乱してる。


「ってか制服も着たままじゃねーか。しかもまだ湿ってるし」


 さっさと洗濯しないと皺になってしまう。

 俺は無気力に立ち上がると、とぼとぼと、濡れた制服を脱ぎながら一階の洗面所へと向かう。

 まだ頭がぼやっとするな。

 濡れた制服は身体に張り付いて妙に脱ぎづらいし、歩きづらい。

 まるで服が一回り大きくなったみたいだった。


 そうして洗面所に着くなり制服を洗濯機に放り込む。

 おっと、下着も洗わないとな。と、パンツに手を掛けたその時――視界の端、洗面台の鏡に映る金色を俺は見逃さなかった。


 ――ん? 今の金色の物体は何だ? 


 確認するために俺は鏡の前に立つ。


「――誰、この子?」


 そこに映っていたのは十歳くらいの金髪美少女(上半身裸)の姿だった。

 太陽の光を編み上げたような輝く金色の長髪。どこまでも澄み切った神秘的な碧眼へきがん。人形のように白く細長い手足。

 それはまさしく文句なしの美少女。


 もちろん透花には遠く及ばない。

 だが人生で透花以外の存在を美しいと感じたことがない俺が美少女だと感じるのだから、超ド級の美少女であることは間違いなかった。


「……というか、え? 何これ、まじで誰よコレ?」


 ためしに笑ってみると、鏡の中の美少女も同じように笑う。

 変顔をしてみると、鏡の中の美少女も変顔をする。


「……嘘だろ、これってもしかして……」


 いやいやいや待て、落ち着け俺。透花のことで疲れてるんだ。

 とりあえず顔でも洗おう。夢も幻覚も、顔さえ洗えば大体覚めるはずだ。

 ばしゃばしゃっと――うん、何度洗っても変化なし。

 えっと…………。


「――――か、鏡が壊れてるのかなぁ?」


 きっとそうだ、そうに違いない。他の鏡も見ればはっきりするだろう。

 俺は隣のドアを開けて浴室の鏡を確認する。


「おかしいな、こっちの鏡も壊れてるぞ」


 今度はリビングの――うん、こっちの鏡も壊れてるな。えっと、あと他に鏡は――。


「――って、鏡が壊れるって何だよっ! 鏡なんか壊れても映るもんは変らんわ!」


 つーか、さっきから何、この声? 

 もしかして、俺の声?


「あーあー。らーらーらー。声も可愛いな……ってちがーう! 発声練習してる場合じゃないだろ俺!」


 これってまさか、昨日のあれは夢じゃなかったってことなのか? 

 窓から入ってきた自称女神。

 あいつが俺を女にしてやるとか言いだして……それで、不思議な光を浴びせてきて――。


「女に……してやる? ――ってことは、まさかこっちも……」


 俺は恐る恐る、下半身に視線を向ける。

 まず視界に入ったのは、柔らかな曲線からなるふたつの胸。

 そこからお腹にかけて広がる凹凸の少ない柔らかな肌。その地平の先にあるのは、華奢な身体つきに似合わない男物のトランクス。


「……いや、まさかな」


 俺は力士のように三回手刀を切ってから、


「ちょいと失礼……」


 マイトランクスの中身を確認する。


「――――無い」


 無い。ない。ナイ。なーい。

 そこに在るはずの俺のジュニアが無い。

 その周りに生い茂るジャングルすらも綺麗さっぱり消えている。

 トランクスの中に広がるのは、どこまでも滑らかな新たな地平。永遠のゼロ。


「な、ななな……何じゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」



────────────────────


 というわけで、無事(?)総一朗くんは女の子になりました。


『一話で目が覚めたら女の子になってた』って作品が多い中、七話も掛かってすみません。


 ここまで読んでくれているだけで、私からしたら勇者ですよ。

 ありがたや、ありがたや。


 序盤は短時間に連続で投稿していましたが、ここからは基本的に一日一話のペースで投稿していきます。


 徐々にTSイチャイチャパートに入って行きますので期待して下さいね。




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