遺書

先立つ不孝をどうかお許しください。

ほんとうはこんなありきたりな文章で始まる遺書を書くつもりはありませんでした。ですが思っていたよりも書き出しは難しく、結局は定型文とも呼べるこの文章で始めることにしました。


まず僕は、僕の意思で死ぬことを決めました。

誰も悪くはありません。


僕の目の前で一つの命が消えていく瞬間を見ました。

それはとても儚く、美しく、僕の心の奥にまで届きました。

その瞬間に僕はきっと死に魅了されたのだと思います。

死は人が一番美しく輝く瞬間であり、その為に生きているのだと僕は気が付いたのです。

だけど僕の人生が終わるまでは長すぎる。

散っていく命の美しさを知ってしまった僕にとって、あと何十年も先に訪れるであろう死を待つことはできそうにありません。

死を渇望しながら生きていく事は僕にとって拷問にも近しい。

だから僕が僕を殺します。


命の価値が時代や国、地位で決まるこの世界で命の本当の価値などわかる人がいるとは思えません。

命は大切だという教えは生まれながらに刷り込まれる洗脳です。

命は大切だと言いながら大義名分さえあれば命の奪い合いが正義とされ、罪人や異教徒、他国の人間は軽んじられ、搾取し搾取される。

この世界は狂っている。

僕はそう思いました。

狂っている世界が決め価値などないに等しい。

だから僕の命の価値は僕が決めます。


僕はこれ以上この狂った世界で無意味に生きていたくありません。

僕の死は自分で選んだことであり、誰にも責任はありません。

僕は死にたくて死ぬのです。

だから、どうか、僕の死を悲しまないでください。


                     2022,12,⒒ 笠原健吾かさはらけんご


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