即位

 お父上のご逝去にともない、フッラム様は三十六歳でムガル帝国第五代皇帝に即位され、シャー・ジャハーン(世界皇帝)の称号を名乗られました。そうそう、あなたは「ムガル」の意味をご存知ですか? ムガルとは「モンゴル」のこと。このインドという広大な土地に大帝国を築き上げたムガル皇帝は、かの空前の世界帝国、大モンゴルの創始者チンギス・ハーンの末裔なのですよ。


 ムガル皇帝の即位式に臨むフッラム様の勇壮なお姿は今も鮮やかに目に浮かびます。あたかも巨大な鷹の王が両翼を広げ、この世界を手中に収めるかのようでした。その即位式の壮麗さから、ヨーロッパの方々はあの御方を「壮麗王 the Magnificent」などと呼んでいらっしゃるそうですね。あの御方を表すに相応しい称号です。


 私は皇帝に即位されたフッラム様の足元に跪き、「皇帝陛下」と初めてお呼びいたしました。フッラム様は明るい声を上げて笑い、「これまで通り、フッラムと呼べ。お前といるときだけは、子どものような気持ちでいたい」と仰ったのです。フッラム様はそのような御方でした。ご自分の敵に対しては恐ろしいほどの冷徹さと猛々しさを発揮する反面、身近なものに対しては情熱的で心優しく、いつまでも子どものように純真でした。


 シャー・ジャハーン陛下の治世は、まさにムガル帝国の黄金期だと言えるでしょう。西はアフガニスタン北部、東はアッサム、北はチベット高原の南端、南はデカン高原の中央部まで、広大な土地をその版図はんとに収められました。


 そうそう、フッラム様はお若い頃から大変建築に興味をお持ちでした。このアーグラ城内部の建物はほぼフッラム様が造られたものなのですよ。簡単な見分け方をお教えしましょうか。城壁や城門など、赤砂岩で作られた赤茶けた建物はアクバル帝の時代に建てられたもの、そしてさまざまな宝石で象嵌された白大理石の建物がフッラム様の造られたものです。そう、ちょうどこの部屋がそうですね。フッラム様はこの宝石箱のような美しい様式を大変気に入られ、愛するムムターズ様の御霊廟もこの様式でお造りになりました。私の曽祖父が提案した様式ですよ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る