宮廷


 私はアクバル大帝の治世よりムガル宮廷にお仕えしている家系に生まれましたました。もちろん仕えはじめの頃は、現在の私のような身分ではありません。もともと私の曽祖父は宮廷の洗濯夫だったと聞いております。学もなく文字の読み書きもできませんでしたが、頭の回転が早くよく機転の効く人だったと、幼い頃、父が誇らしげに話してくれました。


 あるとき曽祖父は宮廷の調理場を通りかかり、傷んだマンゴーを見つけたそうです。曽祖父は「私ならもっと新鮮な果物を、安く仕入れることができる」と料理長に持ちかけました。その通り、曽祖父はよい仕入れ先を料理長に紹介し、双方からよく感謝されたそうです。


 またあるとき曽祖父は宮廷の中庭に続く回廊を通りかかり、「この壁に、宝石で草花の装飾を施したらどうだろう。さらに庭が美しく見えるはずだ」と宦官のひとりに提案しました。曽祖父は、若く腕の良い象嵌ぞうがん職人を紹介しました。その職人は大層アクバル陛下に気に入られ、のちに宮廷のお抱えになったそうです。


 そうするうちに曽祖父は洗濯以外のさまざまな雑用も受け持つようになりました。曽祖父の熱心で創意工夫のある仕事ぶりは評判となり、次第に宮廷の信頼も厚くなっていったと言います。改善の必要な箇所を目敏く見つけ、適切に迅速に物資を調達し、相応しい人員を手配し、手早く仕事を覚えさせる。曽祖父は、宮廷の裏側に新たな力を生み出す水車のようでした。


 曽祖父は、私の祖父やその弟たちを幼い頃から仕事場に同行させたそうです。そして自分の仕事の全てを覚えさせ、その立場を私の祖父に受け継ぎました。それが私の父に至る頃には、宮廷の裏側の雑事を全て執り仕切る使用人の総責任者となっておりました。


 それゆえ父は、フッラム様と歳の近い長男の私がお世話役としてちょうどよいと考えたのでしょう。


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