第三話 月の小鳥

1

 偽物は出なくなったけれど、だからといって不思議な出来事が起こらなくなったわけではない。数日と置かず、また不思議が出現した。しかもそれは、東原さまが持ってきたのだ。


 ある日のこと。お嬢さまと私が部屋にいると、そこに、義山さまと東原さまがやってきた。


「秋芳、君に珍しいものを持ってきたよ」


 最初に入ってきた義山さまが言う。義山さまに続いて東原さまが入ってくる。その肩には……鳥?


 だいだい色の小鳥のような生き物が乗っている。スズメより少し大きいくらい。でも鳥ではないような気がする……。翼があって羽毛に覆われてるけど。でも顔はトカゲのようでうろこに覆われている。


 何、これ?


「庭を義山と歩いていたらね、竹やぶのそばに落ちていたのだ」


 そう言って、東原さまは肩の上の奇妙な生き物をお嬢さまに示した。お嬢さまが興味を惹かれた顔をして、その生き物を見つめる。


「なんだか変わった……生き物ね」

「そう、私もこんなものは見たことがない。新種だろうか? それとも……妖怪?」

「かわいらしい妖怪ね」


 お嬢さまがふふっと微笑む。義山さまが言った。


「こいつ、妙に東原に懐いてさ、離れようとしないんだ」

「まあ」


 お嬢さまは東原さまの近くまで行くと、謎の生き物に向かって手を差し出した。


 生き物がぱっと翼を広げる。そして飛び立って、今度はお嬢さまの肩に降り立った。


「あら、人懐っこいのね」

「君が気に入ったみたいだね」


 東原さまが目を細めて言った。たしかにそのようだった。肩に止まった生き物は、お嬢さまに甘えるように口の先で頬をつつく。


「僕のところには来なかったくせにさ」


 不満げに義山さまが言った。義山さまはぱっと両腕を広げると、生き物に近づいた。


「さ、僕のところにもおいで」


 けれども生き物は行かなかった。ぷいと顔をそむけると、またお嬢さまを軽くつついた。何か話しかけているみたいだ。


「なんで来ないのかな……。もしや、顔のいい人間が好き、とか?」


 すねたように義山さまが言う。私が呼んだらこの生き物は来るかしら、と思う。でももし来なかったら切ないので、呼ぶのはやめておこう。


「秋芳、君がその生き物を飼うといいよ」


 楽しそうに東原さまが言った。お嬢さまも楽しそうに返す。


「私が、妖怪を?」

「いい妖怪に見える」

「そうね。……でも飼うなら名前が必要ね」


 お嬢さまは生き物の前に手を差し出した。お嬢さまの指に生き物が飛び乗る。生き物の黒いくりくりとした目がお嬢さまを見つめた。


「そうね……枇杷と名付けましょう」

「変わった名前だね。なんでそれにしたの?」


 義山さまが尋ねる。お嬢さまは少し首をかしげた。


「形が似てるから?」

「ともあれ、この子はもう君のものだよ」


 東原さまが笑う。お嬢さまは東原さまを見上げて言った。


「でも考えてみたら、あなたが連れてきたものだわ。最初はあなたに懐いていたのよ」

「いいんだよ。僕が君に贈った。そう僕は――君に何か贈り物をしたい。君が喜ぶ顔を見たいんだ。そのためなら何を差し出してもいいよ」


 ……なんだか馬鹿みたいな気取ったことを言ってる。




――――




「ともあれ」お嬢さまはピイピイとかわいらしい声で鳴く枇杷を見て言った。「飼うといっても、ひょっとしたらこの子、迷子なんじゃないかしら。親が探しているかもよ」


「この鳥、ひななんですか?」


 私はお嬢さまの指に止まる枇杷を見つめた。ひな鳥、巣にいて親鳥からえさをもらって、まだ飛ぶこともままならない、そんな幼い生き物には見えない。ただ顔立ちはあどけなく、子どもっぽくはあるけれど。


「この子を発見したという竹やぶに行ってみましょうよ。親が探しているかもしれない」


 お嬢さまが提案し、そこで私たちは、そろって部屋を出た。


 ぞろぞろと庭を歩き、問題の竹やぶまでやってくる。私たちは親鳥を探す。この子の親ってことはもうちょっと大きいのかなあ。ムクドリくらいだろうか。あまり大きくても嫌だな……。


 そもそも妖怪なのかもしれないし! 私たちが子どもをさらったと思って、攻撃してきたらどうしよう!


 でも何も見つからなかった。そこには、普通のスズメ一羽もいなかった。枇杷はお嬢さまの肩から飛び立って、枝に止まったり葉を引っ張ったりして遊んでいる。


「親はいないみたいだね」


 空を見上げて義山さまは言った。お嬢さまは地面を見つめている。


「わからないわ。ひょっとしたら土の中から出てくるかも……」

「土の中に鳥が住んでるのかい?」

「妖怪かもしれないから、ひょっとしたらそんなこともありうるわ」


 けれども、地面を掘り返してみましょう、とはお嬢さまは言わなかった。私たちは捜索に飽きつつあった。

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