2

「小玉はまだ壺の中に手を入れてない……」


 秋華さまが少し恐ろしい顔をして私に言った。横で義山さまが同意する。


「そうだそうだ」

「小玉、手を入れてみては」


「秋華」お嬢さまがたしなめた。「小玉を危険にさらさないで」ちょっと怒ってるような声。私のことを心配してくれてるのかな。少し嬉しくなっちゃう。


「でも中に何か入ってるか気になるじゃない」


 秋華さまの言葉に、私は言った。


「壺をさかさにして振ってみればいいんじゃないですか」


 三人から、おお、と歓声があがった。


 私は壺を持ち上げる。軽い。なんだか妙に、思っていたよりずっと軽い。それに手触りも変だ。少し弾力があるように思う。でも冷たくてつるつるしてて、けれども陶器でも磁器でもない。


 なんなのこれ?


 不審に思いながらもとりあえず、ひっくり返して振ってみた。何も出てこない。もう一度、今度は強く振ってみる。なのにやっぱり何も出てこない。


「おかしいわね」


 秋華さまが首をひねる。私は壺を元の位置にもどした。秋華さまがすかさず中を覗き込んだ。


「中にたしかに何かあるのよ。だって白っぽいものが見えるもの」

「底に貼りついてるとか……」


 私が言うと、お嬢さまが口を開く。


「私は中に入ってるものを指先でつまんだけど、貼りついてるといった感じはなかったわ」

「じゃあ、その後貼りついたとか……」


 自信なく、私は言う。劉家の三きょうだいは何も言わない。少しの間、しんとした静寂が訪れる。と、それを秋華さまが破った。


「怖い! なんだか怖くない? この壺!」

「うん、不気味だ……」


 義山さまの声も幾分怯えている。秋華さまは顔をしかめて続けた。


「これもうちにいる妖怪の仕業よー。きっと狐!」

「秋華さま、やたら狐を推しますね」

「物語に出てくる狐の登場回数の多さ、小玉は知らないの?」

「いったい、どうすればいいのかしら?」


 お嬢さまが頬に手を当てて困った顔で言った。義山さまもまた困った顔で言う。


「たたき割ってしまおうか」


「駄目よ!」秋華さまがたちまち否定した。「中のものが出てきて、祟られでもしたらどうするの!?」


 みんな黙り、どうすべきか考えている。秋華さまがはっとして、最初に口を開いた。


「お母さまの新しい侍女に連貴れんきさんっていう人がいるの」


 知ってる。20代の、色っぽく美しい人だ。秋華さまは顔を輝かせて、


「彼女の親戚に道士がいるって聞いたことあるわ。その人に見てもらうのはどうかしら」

「なるほど、いいかもしれない」


 義山さまがうなずいた。


「私、今度機会があったら、話をしとく」


「じゃあそれまでは」そう言って、お嬢さまは問題の壺を見た。「これは私の部屋に置いておくわね」




――――




 次の日もまた、不思議なことが起こったのだ。私が屋敷内を歩いていると、この家の奥さまに呼び止められた。お嬢さまのお母さまだ。


「ちょっと小玉! あなたにはよく似た姉妹がいるの?」

「姉妹……ですか?」


 どういうことだろう。突然何の話?


 私はとりあえず、質問に答える。


「姉妹はおります。姉が三人に妹が一人。でも、よく似ているかどうかは……」


 きょうだいだから多少は似てるとは思うけど。奥さまは興奮した口調で言った。


「あのね、私、あなたのそっくりさんを見たのよ!」

「そっくりさん?」

「そうなの、廊下の先をあなたが歩いているなと思ったら、庭からもあなたが歩いてきて、どういうことなの? と思ったら、廊下のほうが角を曲がって姿を消してしまったのだけど」


 奥さまは私を、不思議そうにじっと見た。


「小玉、あなた、二人いるの?」

「いえ、一人ですけど」

「または姉妹の誰かがあなたに扮した」

「いえ……」


 扮したところでそっくりにはならないだろうし、そもそも一体なぜそんなことをやるのか、理由がわからない。


 もやもやしたまま奥さまと別れ、お嬢さまの部屋に行くと、そこにはお嬢さまと秋華さまがいた。


「あ、小玉!」


 秋華さまが私を見て、声をあげる。「ちょうど今、あなたの話をしていたのよ。ところであなた……、本物? 偽物?」


「本物です」


 秋華さまも奥さまから私のそっくりさんの話を聞いたに違いない。そして予想通りさっそく私に話し始めた。


「お母さまがね、あなたのそっくりさんを見たっていうのよ」

「その話、さっき奥さまから聞きました」

「あなたの身内の誰かというわけでもないんでしょう?」

「そうだと思いますよ。そこまで私に似た人はいませんから」

「じゃあ一体……なんなのかしら? はっ、やっぱり狐!?」


 奥さまの見間違いということもあると思うけど……。お嬢さまのほうを見ると、お嬢さまはくすくす笑っていた。


「あなたが二人って、面白いわね」


 お嬢さまは微笑む。そうかな……私はなんだか気持ち悪いけど。


「二人いるなら、ひょっとしたら三人、四人といるかもしれないわ……」そう言って、お嬢さまは何かを考えているようだ。そして顔が明るくなる。「小玉がいっぱい……たくさんの小玉が周りでちょこまかと働くのね。なんだか想像してみるとかわいいわ」


 かわいい……と言われたのは良いことなのかな。良いことだと思うことにして、ちょっと照れてしまう。でも私がいっぱいって、やっぱりなんだかあんまり居心地よくないなあ。私はたくさんの私と仲良くできるかしらん。

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