彫り師が異世界に聖女として召喚されたが、何よりも魔王が気になって仕方がない。

甘寧

初めての召喚

「成功です!!」

「おお!!そなたが……聖女……?」

「陛下、間違いなく聖女様です!!……あれ?聖女様……ですよね?」


今私の目の前では、見た事もない装いの人達が歓喜と困惑が入り交じった表情でこちらを見ていた。



◇◆◇◆



私の名前は愛須 桜依あいす るい

世界をまたにかけた有名な彫り師である。


当然自身の体も練習台として刺青まみれだから刺青に理解がなく偏見を持っている奴らからは蔑むような目で見られるが、これは私の努力の証だから隠すような事などしない。

寧ろ肌を出して見せびらかしている。


そして、いつものように海外のVP客からの依頼が入り、飛行機に乗り込んだ。

いつものようにファーストクラスで、いつものように到着するまでの間、音楽を聴きながら仮眠を取る。そう、そのが今日に限っては違った。


離陸からしばらくすると機体は大きく揺れ始め、乗客達の悲鳴が飛び交っていた。

私はそこで「墜落」と言う二文字が浮かび、柄にもなく身体が震え出した。


既に機体の中はパニックで、乗務員の声など誰の耳にも届いちゃいない。

そうこうしているうちに、窓の外から機体が火を吹いているのが見えた。


(あぁ、もう、ここまでか……)


まだまだやりたかった事があるし、もっと沢山の人に私の事を知ってもらいたかった。

刺青の素晴らしさも伝えたかった。

悔いしかない……


「あぁ、死にたくないな……」


思わず呟くと、私の足元が光り始めた。

そして、声が聞こえた。


『──この国を護りし者よ。我の声を聞き受けたまえ』


それと同時に眩い光が私の全身を包み、冒頭の状況に戻る訳だが、目の前の奴らは今だに困惑しているようだった。


そりゃそうだ。聖女を召喚したはずが、ノースリーブ、ショートパンツ姿の刺青まみれの女が召喚されたんだから。


でも、私からしたらこの上ない幸運。

あのままだったら確実に死んでいた。

異世界だろうが魔界だろうが、生き延びられれば何処だっていい。

渡りに船とはこの事だろう。


(とりあえず言葉は通じるみたいだし、交渉してみる?)


明らかに間違えた感が漂っているのを感知し、どうにかこの世界で生き延びる為の衣食住の確保に取り掛かろうと思った。


喚び出しといて間違えたからって身一つで追い出されたら溜まったものじゃないし、この身なりを怪しまれて死刑なんて事になったら目も開けられない。


(折角長らえた命だ。抗ってみせる)


意を決して口を開いた、その時……


「──ゴホンッ。挨拶が遅れて申し訳ない聖女よ」


陛下と呼ばれていたオッサンが私に跪いたと思ったら、後ろに控えていた人達も慌てて跪き始めた。


この様子に驚いたのは他でもない私。


(え?あれ?本当に私が聖女で大丈夫なの?マジで?それで大丈夫なのこの国?)


思わずこの国の心配をしてしまう程には驚いている。


「そなたの体に刻まれたその模様。正しく文献にある聖女そのもの」

「……その割には随分と狼狽えてたけどね」

「──っ!!そ、それは、そなたの模様があまりにも多く刻まれておった故……」


モゴモゴと何とも歯切れの悪い言い訳を述べている国王陛下。

きっと、私が気分を害したのだろうと勘違いしているのだろう。

そんな事ないのに。むしろ、それが常人の反応。

こんなに刺青の入った聖女なんて私ぐらいのものだし、疑うのは当然の事。


「──で?私に何して欲しいの?あぁ、やるからには衣食住の保証は約束してよね」

「それは勿論だ!!」


よし、言質は取った。


「そなたにはこの国を脅かしている魔王を討伐してもらいたい」

「ん?ごめん、もう一回言って」

「魔王を討伐して頂きたい」

「もう一回」

「魔王討伐だ」

「…………………………無理!!!」


なになに!?魔王を討伐!?

聖女なんて言われてたから私はてっきり、怪我人の手当か教会でのお祈り程度に考えてたのに、魔王討伐!?

生身の人間が魔王なんて物騒な者にかなうはずないでしょ!?


(それこそ死あるのみよ!!)


「そんな!!聖女よ!!そなただけが頼りなんだ!!」

「いくら拝まれても無理なものは無理だって!!私生身の人間だし、得意なものは和彫りぐらいで、他は凡人以下みたいな人間だし!!」


それでも目の前の奴らは食い下がらないどころか、魔王討伐を共にする騎士団を紹介される始末。


このままではマジで魔王討伐に行かされる。

そんな事が頭によぎった、その時──……


ガシャンッ!!!!!


大きな音が広間に響き渡った。

音のした方を見ると広間の大きな窓が割られており、窓際に人が立っているのが見えた。


「──ほお、今回の聖女はそいつか?」


月明かりに照らされたその人は、夜の景色に溶け込むほど全身真っ黒な装いなのに、その暗夜をも払拭してしまうほど綺麗な漆黒の髪に一際目立つ鮮血の様な美しい紅い瞳、一瞬で魔王だと分かった。

周りの人間は予想外の魔王の登場に悲鳴や怒号を飛び交わせながら逃げることに必死ようだった。

しかし、私は逃げる事なんて出来なかった。

恐怖や畏怖ではなく、好奇心と歓喜に満ちていた。


「かっこいい……」

「は?」

「何その柄!?初めて見る柄だわ!!ちょっとよく見せて!!」

「は!?ちょ、何……!?」


私は魔王の腕に描かれている絵柄が気になり、魔王と言う事も忘れて駆け寄り、腕を撫で回すように観察した。


「へぇ~、これ彫られてるんじゃないのか……どうなってるの?凄い綺麗……それに、思った以上に肌がツルツル。こんな肌に私の絵を彫ったらどんなに映えるか……」

「ちょっ──……おい!!お前ら!!こいつどうにかしろよ!!」


こうなると私は周りは見えなくなってしまう癖があり、そんな私に困った魔王があろう事か目の前の騎士に助けを求め始めた。


「えっ?あ、はい!!」

「聖女様!!魔王が困ってますので、その辺で……!!」


魔王の腕に酔いしれていた私は騎士の奴らに引き離され、ようやく我に返った。


そして、私を引き離した騎士に向けて盛大な舌打ちをかました。

まさか舌打ちをされると思わなかった騎士は困惑しながらも「申し訳ありません……?」と、とりあえず謝罪の言葉を口にしていた。


困惑しているのは騎士だけではなく、この場にいる全員(勿論魔王も含む)が同じような顔で私を見ていた。


「あぁ~……と、まあ、興が逸れたが、俺が魔王だ。聖女だろうが神だろうが俺は倒せん。精々死なんことだな!!」


「あははははは」と高々に笑い声を残して魔王は去って行った。


残された私は魔王の去った窓際を見つめながら、先程の魔王の柄と肌の感触の余韻に浸っていた。

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