第3話 触手

「次はここだな」


 辿り着いたのは、巨大なドーム。

 中には、町で一番大きなプールが入っている。

 温水プールになっているので、一年中泳げるからいつでも人が多い。

 が、今はもう人払いがされていて誰もいない。

 

「……彼女を除いてね」


 誰にも伝えていないが、まずいんだ。

 いや、ある意味一番平和で、やばい。

 どうしよう。

 どう切り出せばいい?


「あー、待った。みんな待ってくれ」


 入口で、みんなを引き止める。


「どうしたんですか?」


「急がないと、被害が……」


 被害……?


「それはたぶん大丈夫なんだが……」


 いや、大丈夫ではないんだが……。


「なにか言いたいことがあるなら、はっきり言ってください!」


「はい……」


 すみません。

 後輩の真くんに怒られてしまった。

 仕方ない、はっきり言おう。


「まず、ここのプールにいるのはテンダーテンタクルだ」


「え……」


「それ……」


「あー……」


 うん、想定通りみんなの顔が変わったぞ。

 衝撃を受けたというより、ドン引きしてる。

 このモンスターがどんなやつか、知っているみたいだな。


「そして、テンテンにターゲットとされた女性が一人いてな」


「……」


「それが……そのぉ……」


 大変言いにくいのですが。


「なんですか?」


「君の彼女だよ、真くん」


――――――――――


「有栖ー! 大丈夫かーい!!」


「あっ……!」


 聞こえる。

 静まり返った室内プールに、彼女の(嬌)声がこだまする。

 今日の声は、いつもよりもきれいだ。


 って、いけないいけない。

 こんなときになにを考えているんだ。


「有栖ー?」


「真……! ですの……?」


「う、うん……」


 よかった。

 そこにいるんだ。

 杖の先が、ちゃぷんと音をたてて水に浸かる。

 これ以上は進めないや。

 当然彼女はプールの中。


「この……っ! イカがぁ……」


「わかってるよ。大丈夫、安心して」


 すぐに助けるから。


「んぅ……」


 触手が艶かしく彼女の体を這っている……というのは僕の妄想。


「そのモンスターは、本から出てきたモンスターなんだ」


「はぁ……」


「だから、今戻すね」


 背中のリュックに手をかける。


「ダメ……ですわ!」


「え?」


「今、モンスターがいなくなれば、私はプールに落ちて危ないんですの……!」


 そっか、なるほど。

 高いところまで持ち上げられてるんだね。

 それは危ない。


「それじゃあ、安全になるまで……」


「真、来てぇ……!」


「……っ!?」


 僕の心臓が大きく跳ねた。

 今の彼女は、僕にとって刺激が強すぎる。

 やけにドキドキしてしまう。


「ゆっくり……プールに入って……!」


「わかっ……たよ」


 さすがに僕が泳げないことは、彼女も知っている。

 でも、それでも入ってきてというからには。


「……」


 試しに杖だけを入れると、すぐに底についた。

 思ったより浅いので、溺れることはなさそうだ。

 でも、水は怖い。


「早くぅ……」


「……」


 僕は意を決して、一歩を踏み出した。

 ズボンが濡れてしまうことなんて、気にも留めずに。

 水底に足が着く。


「三歩、前に進んで……」


 三歩……ね。

 杖もうまく使えない水の中を慎重に進む。

 イカが動いているので、波がある。

 体が揺れて、怖い。


「そこで……両手を掲げて……!」


 有栖の声はもう間近だ。

 頭上かな。

 言われたとおり、受け止める体勢になる。


「うん……。よろしいですわ」


 準備オッケーかな?


「もうおろしてくださいませ」


「……っと!」


 腕に重さを感じた。

 失礼ながら、そこそこ重い。

 これはきっと有栖だ。

 ゆっくりと、水に下ろす。


「大丈夫かい、有栖」


「ええ、大丈夫ですわ」


「よかった……ねぇ!?」


 無事有栖を救出したので、リュックに入れていた本を取り出そうとしたら、触手に背中を押された。

 僕は足を滑らせて、前に倒れる。


「あっ……あ……?」


 なんだろう、これ。

 倒れると思って前に突き出した手が、柔らかいなにかを掴んだ。


「あら、真ったら……」


 もしかして。

 もしかしなくても。

 目の前には、有栖がいたから……。


「……ごめん!」


「なにを勘違いしてますの?」


「へ……?」


「それはイカの触手ですわ」


「あっ……、そっ……か……」


 これ、触手なんだ……。

 が、がっかりなんてしてないぞ!

 まったく、勘違いさせやがって!


「えい!」


 僕は片手で触手を掴んだまま、もう片方の手で本を触手にあてる。


「あれ?」


 戻らないな。

 おかしい。

 何度本を押し当てても、戻ってくれない。


「ちょっ、ちょっと貸してくださいませ!」


「あっ、うん、有栖もやってみて」


 有栖に本を手渡した。

 すると、すぐに音がした。

 モンスターが本に戻るときに出る独特な音が。


「あれれ??」


 でも、今触ってる触手はなんだ?

 なんで消えてな……。


「……真は、純粋すぎますわ」


「え?」


 有栖の声は上ずっていて、緊張しているのが伝わってくる。


「その……触手と言ったのは嘘ですの……。恥ずかしくて……」


 ウソ……?

 ってことは……。


「これ……触手じゃないの?」


 恐る恐る手に力を込める。

 暖かくて柔らかい。

 その正体は……。


「んぅ……それは私の……」

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