家の前でお嬢様を拾ったら同棲生活(ラブコメ)がはじまりました

WING@書籍発売中

第1話:家の前でお嬢様を拾った

 冬が明け、一面に緑の草が生え、色とりどりの花を咲かせていく。淡いピンク色だった蕾も満開となり、温かく心地いい風が吹き抜ける。

 雨宮奏多は高校入学と同時に両親からの提案でマンションにて一人暮らしを始めた。家に物は少ないが、代わりに段ボールの箱がいくつも置かれて部屋を埋めていた。


「で、これは一体どういうことだ?」


 家に運び込まれた段ボールと玄関に立つ彼女、天ヶ瀬財閥の令嬢である天ヶ瀬世那に奏多は尋ねた。

 手入れが行き届いた艶やかでさらさらとした髪はまるで白雪のように白く、陶器を連想させるような白い肌は肌荒れという言葉を知らないかのように滑らかに保たれている。

 整った鼻梁に長いまつ毛、大きく縁どられた彼女の澄んだ青い瞳が奏多を捉え、艶を帯びた桜色の小さな唇が動いた。


「今日からお世話になります」

「つまり、一緒に暮らすと?」


 世那は奏多の言葉を肯定するように小さく頷いた。

 どうしてこんなことになったのか、それは今から一週間ほど前に遡る――……



 ◇ ◇ ◇



 雨宮奏多は四月から一人暮らしを始めていた。

 家事などは両親が家にいることが少なく、一通りこなすことが出来ており一人暮らしを提案された時は抵抗などなかった。

 学校までは徒歩二十分ほどの距離にあり、周囲にはコンビニやスーパーなどが点在しており立地は悪くない。

 学校に行く時間となり、外に出ると気持ちのいい四月の風が首筋を撫でる。

 クラスには入学して早々に学校一の美少女ともてはやされている天ヶ瀬世那がおり、彼女は表情一つ変えずに対応している。

 加えて財閥の令嬢ということもあり、周囲から浮いた存在になっていた。

 学校に着き靴を履き替えていると、そこに彼女がやってきた。

 同じクラスなのだから、履き替える場所が同じなのは当然のこと。


「おはよう、天ヶ瀬さん」

「雨宮さん、おはようごいます」


 それ以上の会話はない。奏多は彼女とは事務的な会話しかしていない。ただのクラスメイトであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 奏多の両親が天ヶ瀬財閥の本社で働いてはいるが、それはここでは関係のないことだ。

 教室に入り席に着くと、隣の席に座る男子が話しかけてきた。


「おはよう、奏多」

「おはよう、俊斗」


 彼の名前は久世俊斗。サッカー部に期待の新人としてスカウトされ、最初に仲良くなったクラスメイトである。

 誰よりも早くクラスのみんなと仲良くなった俊斗はその容姿もあり、女子からの人気も高い。だが誰も彼に迫ろうとはしない。その理由は。


「俊くんおはよう!」

「おはよう璃奈」


 彼女の名前は高倉璃奈。

 どうして俊斗が女子から迫られないのかと言うと、その答えは二人の関係にある。

俊斗と璃奈は幼馴染であり恋人関係にある。傍から見ても分かるほどに両想いでラブラブしている。


「あ。雨宮くんもおはよう」

「おはよう。高倉さん」

「もうー、同じクラスメイトなんだから呼び捨てでいいのに~」

「そうは言うけどなぁ……」


 異性との会話が苦手な奏多は、このように距離を詰めてくる女子が苦手だ。

 理由はない。奏多は異性と接する機会が極端に少なかっただけのことだ。それを理解してなのか俊斗が璃奈を窘めた。


「璃奈。あまり奏多を困らせるは良くない。昔からそうだが、璃奈は他人との距離をすぐに詰めすぎだ」

「うっ……だってぇ~」

「だってじゃな~い」

「やめっ、頬っぺたを摘まむなー!」

「いや、柔らかいからもう少しだけ」

「むぅー! それなら……」


 このように、気付けば二人だけの空間が出来上がっているのだ。

 入学してまだ二週間ほどしか経っていないが、クラス面々は「また始まった」と呆れた表情をしていた。

 奏多も目の前で何度も見せつけられてはたまったものじゃない。


「お二人さん、先生が来て睨んでいるからその辺にしとけ」

「「……へ?」」


 すでにホームルームが始まっており、そして二人は先生と目が合った。

 このクラスの担任、桜井遥香は“表”では美人教師として評判だ。だが、煙草を吸い酒癖が悪いという噂があり、加えて三十代半ばの独身。


「独身の私を前に良い度胸をしているなぁ? 毎度のことだが見せつけているのか? 独身の私に対する当てつけか?」


 表情は晴天ともいえるほどに笑顔なのだが笑っていない。

 バキッとボールペンの折れる音が教室に響き渡り、視線の先にいる俊斗と璃奈の肩がビクッと震えた。

 まるで大きな捕食者を前に怯える小鹿のように……。


「なぁ、久世と高倉」

「「は、はぃ」」

「なんで私は結婚できないんだろうなぁ?」

「「ごめんなさーーい!」」


 笑顔の裏に潜む狂気には勝てず、二人は九十度に腰を曲げて謝った。

 その光景にクラスの面々が大笑いする。奏多も二人を見て笑い、そこで隣の席に座る天ヶ瀬世那が視界の端に移った。

 見ると無表情から変わることはなくこの日も彼女は静かだった。

 放課後、俊斗と二人きりで帰ろうとしていた。そこにたまたま天ヶ瀬が通りかかった。

 彼女の背を見ながら俊斗が口を開いた。


「天ヶ瀬さん、いつも何を考えているのか分からないね」

「理由は人それぞれあるんだろ。家庭の事情とかもあるだろうから、むやみやたらに関わらない方がいい」

「それもそうか」


 相手があの天ヶ瀬財閥の一人娘ともなれば色々あるのだろうと、そう勝手に結論付けていた。

 住む世界が違うと。だが、その思いは打ち砕かれることになった。

 俊斗と遅れてきた璃奈の三人でゲームセンターで遊ぶも、途中から二人がイチャイチャし始めたので適当な理由を付けてその場を抜け出した。


「カップルと一緒にいる俺の気持ちも考えてくれ……」


 あのような甘い空気にいるのは耐えられなかった。

ふと足を止めて空を見上げた。

 街の上に黄を交えて澄みとおった四月の空が開けていた。それでもまだ肌寒く感じる。


「春といえでもこの時間になると冷え込むな。今日の夕飯は煮込みうどんにしようか」


 近所のスーパーに寄って夕飯の食材を買い出す。

 寒い日には鍋や煮込みうどんにすれば体が温まる。

 会計を済ませてマンションの入り口まで来ると誰かが座っているのが見えた。最初はマンションに住む女の子が親と喧嘩したのかと思っていたが、近くに行くにつれてそれは見覚えのある人物だった。


「なんでここに?」


 そんな疑問が浮かんできた。

 座っていたのは天ヶ瀬世那、その人だった。いつも行きと帰りは迎えの車が来ていたが、こんなところにいるとは思えなかった。

 席が隣ということもあり、事務的な会話しかしたことはないが、それでもクラスメイトをこのまま放置するわけにはいかなかった。

 奏多が近づくも、彼女は顔を上げようとはしない。


「こんなところで何してるんだ?」


 世那が顔を上げると、青い瞳が奏多を視界に映しその小さな唇を開いた。


「……雨宮さん。私に何か用でしょうか?」


 その発言に奏多は困ったように頭を掻き、なんて言えば良いのか考え口にした。


「それはこっちのセリフだ。俺はこのマンションに住んでいるから、顔見知りがこんなところに居たら声くらいはかけるだろう」

「顔見知り、ですか。ですがお気になさらず」

「そうは言ってもなぁ……家には帰らないのか?」


 家という単語を聞いた世那の表情がより一層暗くなった。

 マズいことを聞いたのかと思ったが、天ヶ瀬財閥の令嬢がこのようなところにいると心配されるだろう。


「帰らないのか?」

「帰りたくない」

「つまり家出か」


 奏多は彼女が否定しないということはそういうことだと理解した。

 深く聞くつもりはないし関わるつもりはなかった。


「泊まる当ては?」

「ここです」

「野宿かよ……」


 奏多は考えた末に大きくため息を吐いた。


「ウチに来い。夜にその格好だと体に障る。流石に四月でも夜は冷え込むからな。それにそこに居られると迷惑だ」


 彼女の奏多の見る目は警戒の眼差し。

 世那が何を考えていたのか理解した奏多は誤解を解く。


「別にお前に何かをしようとか考えてすらいない。気にするな。それに、俺の両親が働いている会社がお前のところの系列でね。その娘を放っておくわけにはいかない。まあなんだ。ただのお節介だよ」


 しばらく奏多を見つめた世那はしばらくして息を吐いて立ち上がる。


「今日だけお世話になります」

「はいよ。冷えてきたから早く行こう。それにお腹が空いた」


 こうして奏多は、マンション前でクラスのお嬢様、天ヶ瀬世那を連れて帰るのだった。

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