第14話 王立魔法学園生活、はじまる!(9)



 翌日、登校したマリエラが真っ先に向かった先はヴァンの席だ。頬杖をついてぼんやり窓の外を見ているヴァンを見下ろし、机にダン! と手をついた。

「今日、ちょっとツラかしてもらえる」

 ビクッと肩をはねさせたヴァンはぱちくりとこちらを見上げた。

「マリエラ様ぁ……それは誤解を招くような感じですよぉ」


 ソフィーがこそりと言うが、マリエラも予定ではこうではなかったのだ。もっとこう、年の離れた弟に対するように慈愛を持って話しかけるはずが、ヴァンの顔を見るとつい口が勝手に好戦的になる。今更引っ込みもつかない。

 ヴァンがボソッと呟いた。「……いまから」


「なんて?」

「いまからでいい」


 すっと立ち上がったヴァンがマリエラの手首を掴んだ。「え、なに、ちょっと!」マリエラの制止の声は聞き入られず早歩きで引っ張られ、隣の塔とを結ぶ渡り廊下まで出る。

 ちょっと掴まっててもらえる、とマリエラは横抱きにされ、周囲にいた数人の生徒が目を丸くした。あらぬ噂がたちそうではないか。


「よいしょ」

「えっ、体が浮い……ギャー!」


 ヴァンは空気の層を踏むようにして空中を歩き、渡り廊下の手摺りを超えて飛び降りた。五階の高さである。実際には落下した時間はごく僅か、どこからか飛んできたヴァンの箒の上に両足で着地し、ぐんと上昇しながら箒は飛ぶ。

「こんなことするんならせめて一言ぐらい言って! ってかこんな怖い立ち乗りいつもやってんの!?」


 マリエラはヴァンの首根っこにぎゅうとかじりついた。吹く風に髪の毛がばさばさと流される。密着していないと怖い。

 箒は学園で一番高い塔を目指した。南側にあるその塔の一番上は四阿のようになっていて、外から入れる仕組みである。

「到着。ここでいい?」

「ここでいいも何もアンタが連れてきたんでしょ」

 ヴァンの腕の中から降り、距離を取る。ここの面積は狭くベッドが二台分くらい、床は石畳で、天井には星座図が描かれていた。占星術を行う場所かもしれない。


「それで、マリエラ嬢。何の用?」

 ヴァンはいつものような余裕綽々とした顔でもなく、怒っているようでもなく、マリエラをまっすぐ見つめてきた。

「用があるのは私ではなくて、ヴァン様の方じゃないかと思いまして。……私に言いたいことが、あるのでは?」

(私もどうしてこういう言い方しかできないのかなぁ!)


 じっと見つめてくるヴァンから目を逸らし、外を見る。どこまでも続く森も、にぎやかそうな城下町も、王宮まで見える見事な眺望だ。こんな状況でなければもっと目を輝かせていた。


 ヴァンが黙ったまま、数十秒が経った。ゴーン、ゴーン……と鐘が鳴る。

「一限目はじまっちゃった」

 マリエラ、初めてのサボりである。この際遅刻でもいいだろうと、自分の箒を引き寄せる魔法を唱えた。それをヴァンが手で制す。

「待って」

「……はい」


 ヴァンが唸るように言うので、マリエラは待った。そよそよと風が吹く。南東の森の上空に白い鳥たちが群れを成して飛んでいっている。運動場にいる生徒の声がわずかに聞こえ、マリエラは長閑だなぁと思いつつ、待った。


「……この、前は……ごめん」

「この前っていつのことかしら?」

 絞り出すように言うヴァンに対し、意地悪な言い方だろう。しかしここまできたらヴァンもきちんと謝るべきだ。


「一ヶ月くらい前、マリエラ嬢をあの部屋に連れてって、悪戯したこと。やり過ぎたと……今は思ってる」

「ヴァン様、ほんとに私を助けるつもりありました?」

「流石に本気でそーゆーことしたり、やらせたりするつもりは無かった!」

「まぁ私に対してそういう興味なさそうですしね」


 女の子相手にそういう遊びがしたいなら、いつだってできるくらいにはモテているのだ。マリエラも本気で思ってはいない。

 まあね、というように頷いたヴァンは、キッと真剣な顔をした。


「あのね。俺がマリエラ嬢にそーゆー興味がなくても、したい奴らはいっぱいいるから気をつけた方がいい」

「私が〝女王様〟だからでしょう? もしかしてああいう部屋は他にもあるの」

 そういえば、『マジラブ!』では学園内で各種様々なトラップがあったはずだ。

「この学園、ろくでもない部屋が多数ある」


 や・っ・ぱ・り!


「マリエラ嬢は不運というか巻き込まれの星がずっとチラついてるよ。女王様とか呼ばれて倒錯趣味の奴らに好かれているし。事前に教えといてあげようと思って部室行ったらさぁ、もう下僕つくってイチャイチャしてるから、なんか苛々して」

「下僕じゃないしイチャイチャもしていません!」

「マリエラ嬢に……ちょっと怖い目みせてやろうとか、思った。ごめんなさい」

 ヴァンが素直に頭を下げた。滅多に見ることのない彼のつむじを見下ろし、マリエラはふぅと息を吐いた。肩の力が抜けていく。

「謝罪を受け入れます。ヴァン様は私で遊んで楽しいのかもしれませんけど、私は微塵も楽しくないので、もうああいうことはやめてくださいね」

「ああいうことは、やめる」

「そうしてください。では、仲直りしましょう」


 マリエラは右手を差し出した。ヴァンが頭を上げ、おずおず出した手を握って仲直りとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る