第7話 王立魔法学園生活、はじまる!(2)

 アカデミー開始初日、入学式である。

 起床したマリエラはベッドのカーテンを開けた。向かいのベッドを使うソフィーはすでに起きて身支度を調えているところだった。

「おはようございますマリエラ様」

「おはよう。早いわね」

「実家は食堂をしているんです。仕込みの早起きが身についちゃってるみたいで、起きちゃうんですよ」

「そうなの。あら、ソフィーはスカートタイプにしたのね、制服」


 アカデミーは制服が決められている。白いワイシャツに細身のネクタイは男女共通で、他は好きなタイプのものを選ぶ。ソフィーはフレアスカートを、マリエラはジャンパースカートだ。色は黒に近い濃紺、上にはブレザーやジャケットを着る。ベストやカーディガンなどもあるが、式典時はマントを羽織るので今日はやめておく。

 身支度を終えて着替え終わったマリエラは、マロン色の光沢のあるローファーを履き、つま先をコッコッと床に打ち鳴らした。胸のあたりまで伸ばしたプラチナブロンドは、両サイドの髪を三つ編みにして後ろで纏め、あとは自然に下ろしている。


「わ~マリエラ様お綺麗です」

「ありがとう。ソフィーさんは愛らしいわ。あなたお下げ髪で行くの? それも可愛らしいけど、よかったらまとめてあげるわよ」

「お願いします!」

 ソフィーを椅子に座らせ、艶やかなピンクブロンドの髪を梳く。マリエラは編み込みをしながらシニヨンにまとめあげた。どうかしら、と鏡を渡す。

「すごーい! 可愛いです! マリエラ様、どうしてこんなに上手なんです?」

「よく妹と髪で遊んでいたの。あの子も合格できたら、私たちが三年になったころ入学してくると思うわ」

 会いたいです~、と言ったソフィーの天真爛漫さが、少し妹に似ているなと思った。




 入学式は講堂で行われた。天井はかなり高く、無数のランタンが宙に浮き、深い茶色のローアンバーの床板、生成り色の壁、マホガニーの椅子が並ぶ。全校生徒の約三百二十名と教員たちが集い、学園長の挨拶で始まった。続いて生徒会長の挨拶や、合唱部による歓迎の唄、そして新入生代表挨拶である。


「新入生代表、フィリップ・シュタインライツ」


 この人を差し置いて誰もいないだろう。さらりと金髪を煌めかせ、透き通る碧眼で講堂内を見渡し、響くテノールの声で挨拶を述べる。身長はぐんと伸び、おそらく既に百八十センチを超えている。彼は国一番とうたわれる王妃様の美しさをそのまま受け継いだようだ。青年に変わりつつある、目映いばかりの美少年である。

 式典中なので黄色い悲鳴をあげることができない子女たちは、口を手で押さえて歓喜に震えているらしい。


(マァー……かっこいいものね。私はどうしてもメリバENDの王子の顔が忘れられなくて、今の彼に申し訳ない)


 マリエラは隣のソフィーを見る。彼女は口をぽっかり開けて、『ほぇー』と声に出しそうな顔をしていた。恋している顔ではない。

(ソフィーはいったい誰を好きになるのかな)

 ハッピーエンドのその先は知らないが、結ばれENDか友情ENDであればとりあえず死なないし国も退廃しない。


(そもそも、ゴリ押しで《災厄》に勝つことはできるのかな。まずヴァンを生存させないと……ってゆーか何であの人は死んだの? ある程度の毒だったら即座に自分で中和しそうだもん。シナリオも突然死んだことになってたし……ゲームバランス的なご都合展開だったのかな。BADエンドって、マリエラの悲惨ルートおよび痴態エロスチルを見るためにあるようなもんだったからな……可哀相なマリエラ)


 フィリップの挨拶は拍手喝采を浴びて終えた。

 最後に学園長が杖を振ると、虹色の花火が講堂内に打ち上がる。そこからヒラヒラとクリーム色の紙が舞い降りてきて、新入生一人一人の手元に落ちた。名前とクラス、必修で取らなければならない科目が書いてある。

「そこに書いてあるクラスに行きなさい。詳しくは担任から話すであろう。それでは、これにて入学式を終える。魔法使いの卵たちよ、同士とともに、励みなさい」

 式をそう締めた学園長は、最後にニコリと笑って壇上から消えた。空間転移魔法である。


「マリエラ様何組ですか? あ! 一緒です、私もA組です!」

「そう! 嬉しいわ。この必修科目って人それぞれ違うのかしら……ああ、少し違っているのね」

「マリエラ様は必修……三つだけですか? 私、十コぐらいありますぅ……」

「そりゃ、私はアカデミーを目指して幼い頃から教育を受けているから。ソフィーさんは違うでしょう? でもその魔力を買われて奨学生として呼ばれたのだから、すごいことなのよ。頑張りましょう。分からないところがあれば教えるわ」

「ありがとうございます。マリエラ様、お優しい……!」

「私は優しいのでなくてやりたいことをやっているだけよ。それに、才能がある人はどこまでも伸びていってほしい。それを支援するのも貴族の務めだと思ってる」

 本当に、やりたいことをやっているだけなのだ。キラキラした目で見つめられると何だか申し訳なくなる。


「まぁ、マリエラ嬢は貴族令嬢のなかでもチョット変わってるけどね」

 談笑していたマリエラとソフィーの間に、ヴァンがにゅっと現れた。その後ろにはフィリップもいる。

 ヴァンもフィリップに負けず劣らず成長し、少し退廃的な色気を持つ青年になりつつあった。フィリップが太陽ならば、ヴァンは闇をまとう月である。

 顔面力の高い男子が現れ――しかも一方は王子――、ソフィーは緊張に硬直したようだった。マリエラはその背中をそっとさする。


「チョット変わっていて御免遊ばせ」

「え、なに、なんで機嫌悪いわけ」

「別に」

「俺はチョット変わってるところが君のチャームポイント? だと思ってるけど」

「どうして疑問形をつけるんですか」

「あは。……ところでさぁ、俺があげたチョーカー、なんでしてないの?」

 こてん、とヴァンが首を傾げるので、マリエラも同様に首を傾げた。


「入学式ですし、制服ですし、逆にどうしてしなきゃならないのです?」

「してなよ。君、まだまだトラブルに巻き込まれる星にあるよ。まさか実家に置いてきたり……捨てたりしてないだろうな?」

 最後の一言にやたら凄みを感じ、怖くなったマリエラは素直に白状した。左腕を突き出し、袖をまくり上げる。

「……手首に巻き付けています」

「なんだ、ちゃんと身につけてるじゃん。でもホラ、これはチョーカーだからさぁ」

 ヴァンがひゅんと人差し指を振ると手首に巻き付けたチョーカーが外れ、彼の掌の上に飛んでいった。


「じっとしてなよ」

 ヴァンに人差し指を向けられ、緑色の小さな光が弾けた。マリエラの顎がくいっと持ち上がり、シャツのボタンが二個外れ、ネクタイが勝手にしゅるりと解ける。

「な、何すっ」

 風魔法で防壁を張ろうとしたが、即座に無効化される。

「怖いことしないから大人しくしててよ」

 一歩二歩と近づいてきたヴァンが、密着しそうなくらい近くにいる。手に持ったチョーカーを手ずから着けられた。首に触れるヴァンの指先が冷たい。


「ま、魔法で着けたらいいじゃん!」

「だってこっちの方が面白そうだから。君、焦るとお嬢様言葉抜けるよね」

「あなたってどうしてこう――!」


 ヴァンが人差し指を下から上へ、くいっと動かすと、シャツのボタンとネクタイが元通りになった。黒いチョーカーは襟から少しはみ出している。きらりきらりと極小の宝石が光って見えているはずだ。

「うん、似合うんじゃない」

「ほんと人の話聞かないよね!」

「だってマリエラ嬢が何を言おうと俺はやりたいようにやるし」


 ヴァンはしれっとした顔でマリエラを見下ろした。この顔を見るといつもよく分からないムズムズした感情がわき上がり、それが少し苛立ちに似た違和感を引き起こす。


「きみ、ごめんね。この二人って会うと昔からこんなんなんだ」

 すぐ隣でフィリップがソフィーに話しかけた。

「ヒッ」

 ソフィーは鋭く息を吸い込んで固まった。 

「こんなんってなんですか殿下。ソフィーさん、落ち着いて、息を吸って深呼吸~、はい、ご挨拶を」

「はじめましてフィリップ殿下。ソフィーと申します、寮ではマリエラ様と同室になり、よくしていただいております」

「そうなんだ。ここでは同じ学生なのだから、必要以上に畏まらなくていいよ。これから四年間よろしくね」

「はっ、ハイッ!」

 ソフィーは敬礼しそうな勢いで頭を下げた。


「マリエラ嬢と同室なんだー。じゃあ、俺とも仲良くしてくださいね。このたび特等級魔法使いになりましたヴァン・ルーヴィックです」

「じゃあってなんですか、じゃあって。……ってか、え!? 特等級!? は!?」

「あ~マリエラ嬢のこの感じ久しぶりな気がする。そ、特等級になっちゃった。こんなん渡されちゃってさぁ」


 ヴァンがズボンのポケットから無造作にバッジを取り出した。細長い菱形のプレートが四枚、十字にくっついている形で、中央には大粒のダイヤが、プレートの先には小ぶりのダイヤが輝いている。菱形部分は赤色・水色・黄色・黄緑色と、四大元素を表しているのだろう。


「あっ、あなた、こんな大事なもの適当にポケットに入れるんじゃないわよ」

「こんなんあってもなくても俺は変わらないじゃん。どこに入れておくのが正しいわけ?」

「今だったら、そのマントに着けるんじゃないかしら」

 マリエラがちらりとフィリップを見ると、彼はゆっくり頷いた。『もっと言ってやってくれ』と言うような目である。

「じゃあマリエラ嬢がつけてよ」

「子どもかアンタは……」


 ほい、とバッジを渡され、マリエラはしぶしぶ彼のマントに手をのばす。やたらとニコニコしているヴァンは無視して、立て襟部分にバッジをつける。

 特等級なんて、国にはあと二人しか存在しない。二人とも高齢の大魔道士である。こんな弱冠十六歳が取れるようなものではないのだ。


「ほんと、凄すぎるのよね……。はい、できた!」

 ハッピーエンドを迎えるための必要攻撃力なのかもしれない。

「ではそろそろA組に行こうか。もう殆どの生徒は向かってるよ」

 フィリップが言い、ソフィーに優しく笑いかけた。ソフィーはまた硬直する。

「なんでA組って知って……?」

「マリエラ嬢と同じクラスだったら面白いだろうなと思って、権力行使してチョチョイノチョイってやった」

「はぁ!?」


 フィリップは固まったままのソフィーの手を引き、出口の方へ歩き出す。ソフィーは左足と左手が一緒に出るような、ガチガチの歩き方をしている。

「お嬢様の猫被ってるとこ見るのも楽しーし、時期を見て俺がそれをベリベリ剥がすのも楽しーだろーなと思って」

「いえいえいえ、別に猫を被っているわけじゃありませんし」

「王子の護衛のためとはいえ、学園とか退屈じゃん。まぁ、王宮の魔法騎士団につっこまれるよりか退屈しないでマシだけど。マリエラ嬢がいたらぁ、俺も少しは楽しいかなぁと思うわけよ。……ほら、嬉しい?」

「私をからかって遊んで楽しいって意味でしょ」

「バレた。あはは」


 かなり先を行っているフィリップが振り返り、呆れた顔をする。

「久しぶりに会えてイチャつきたいのは分かるけど、早く来なよ」

「イチャついてません!」

「イチャついてないけど」

「あれ? それイチャついてなかったの?」

 マリエラとヴァンは早足になる。「殿下、温室育ち過ぎて少し感性がおかしく遊ばされているんじゃないですか」「奇遇だね。学園生活でそういうの養ってもらわないと、お妃選びも難航しそうだ」など二人で小言を言いながら追いついた。


 A組に着いたときには既にクラスメイトはそろっていた。フィリップ用に残されていた窓際の一番後ろの長机に二人が、その前の席にマリエラとソフィーが座った。

 しばらくして入ってきた気怠そうな担任から学園の説明を聞き、初日は終了した。これから二週間の間に選択授業を何にするか決めなければいけない。そのあとは親睦を深める意味合いもあるオリエンテーリングがある。


「マリエラ様は何の授業を取るか決めてらっしゃいます?」

「おおよそは決めてるわ。ソフィーさんは……あまり選ぶ余地がなさそうね」

「まだ私、魔法についてよく分かってないことが多いので、選択しようにも分からないから助かるんですけどね」

 マリエラは魔法工学系をメインにとっていくつもりである。そのうち魔法具の開発もしたい。アカデミーは学ぼうと思えばいくらでも学べ、種類も豊富なのである。




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