第13話 わたしの母を、こ……しましょう


 間に合わない、と思った。


 俺は水を呼ぶ神式は苦手だ。だが、目の前で焼かれようとする<証>に反応して身体が動いた。手のひらにあつまる水の女神の神式。


 が、即座に封じられた。<主人>……ソア、が右手を振るとすべてのちからが無効化された。発動しているものも、身体の内側も、すべて支配されている。


 <証>は、焼滅した、と感じた。動けなかった。もはや、先ほどからの事態に精神がついていっていないと自覚する。


 が、ソアは笑って、左の手のひらを示した。


 「焼いて壊れるくらいなら僕もママも君たちに預けないよ。ほら、持ってみて」


 なにか、載っている。それをエルレアに放ってよこした。


 「えっ、あっ」


 あわてて受け止めるエルレア。しばらく固まり、俺に向けて手のひらを示す。


 蒼くひかる、小さななにかがそこにあった。見たことがない。ただ、<証>に感じていたのと等しいちから、圧力……無限のなにか、を感じた。


 エルレアは、じっとそれを見ている。見ているが……なにかを考えている? 恐れているか、怯えているようにも見えた。なにかを思い出しているのか。まさか、見たことがある、とでもいうのか。


 「<ゼディアの瞳>、つまり君たちがいう<証>を壊す方法はたったふたつ」


 ソアがいたずらをするような表情で俺たちを見る。


 「ひとつめ、契約者の破棄の意思。つまり、ママか僕か、あるいはひとびとの大多数が、神との契約の破棄を望めばかんたんに壊れる。つまり、人の世を終わらせることを人々が望めばそれでいい」


 「……」


 「ふたつめ。<ゼディアの瞳>を造ったものの眷属が、それと等しいちからを持つものをぶつければ、壊れるね」


 等しいちから、とソアが言ったところで、エルレアが息を呑んでソアと俺を交互に見た。なんだ。なにがわかったのだ。


 自分にわからないところで、エルレアのなにかが進むことに苛立った。


 ……苛立った? なにに? 俺が?


 「エルレア、わかった?」


 「……」


 ソアが問う。エルレアはしばらく考え、頷いた。


 「そういうこと。あのひとが狙ってるのは、ふたつめ。君は忙しいね」


 「……あなたさまが望むのも、その道、ですか?」


 「そうそう! 察しがいいね! さすが娘さん……あ、ごめん」


 エルレアはソアを少し睨むようなかおをして、俯いた。


 まったく、わからない。俺は我慢しかねて、エルレアの腕を掴んだ。手のひらの蒼い石がゆらめく。


 「おい! まったくわからん! 説明しろ!」


 エルレアが唇を噛む。しばらくそのまま黙り込み、俺の方を見た。


 「……わたしは、たぶん、<証>を滅するために使われていた」


 「……どういうことだ」


 「レリアン。わたしは、革命軍で、見たんだ。指導者ジェクリルを通じて、見た。この世界、そしてわたしは、呪われている」


 「わかるように言え!」


 「わたしの、母が、呪ったんだ!」


 エルレアの呼吸が乱れる。


 「わたしの、母は、母は……」


 「名前はウィズス。薄々、わかってたでしょ?」


 ソアが静かにいう。エルレアは、ふたたび、頷いた。


 「……わたしの母は、すべてを呪った。この世を滅し、代わってつくられる新しい世で、それを……成し遂げようとしてる」


 なんだ。なにを言っている。


 「……わたしの母、ウィズスは、冥界の女神。呪う理由は、わたし。わたしが、それを、阻止したから……」


 冥界の、女神? 母?


 エルレアの瞳が涙に満たされている。


 「……母は、かつて、神のやしろで、仕えた。長い、長い時間、ずっとそうしていた。わたしたちと一緒に。わたしたち、きょうだいと、いっしょに」


 「……」


 「いつ、それを望み出したのかはわからない。でも、絶対に望んではならないことを、あのひとは望んだ」


 「……」


 「わたしたちのうちのひとりを……据えようとした。その、位置に」


 「無謀だったねえ」


 ソアがため息をついた。


 「自分の子を、神の後継者にね。まさか、だよね」


 「……母は、とくに、あの子を愛した。わたしたちも等しく愛されたけど、あの子が選ばれた。そして、儀式に臨まれた」


 「……」


 「神のやしろの……神の、後継者。儀式が必要だった。そのためには、みずからを永遠に封じる必要があった。膨大なちからが空にはなたれる必要があったから。母は、永劫の闇に封じられる覚悟だった。そうして、あの門の前に立たれた」


 「……」


 「……でも、わたしが、止めた。嫌だった。いやだった。いや、だった。絶対に、嫌だった。いやだったんだ!」


 エルレアは叫んだ。絶叫だった。いや、泣き叫んでいる。ソアがいつのまにかエルレアの横にいて、肩に手を添えている。エルレアは、子供の表情になっていた。


 「どうして、わたしたちを置いていくの。どうして、わたしたちじゃだめなの。どうして、このまま、ここにいてくれないの。どうして、このせかいじゃだめなの。どうして、どうして、わたしたちを、おいていくの! いや! いやだ! ここにいて! おねがい、ここに、いて……っ!」


 「……儀式は、失敗した。かわりに永劫に封じられたのが、あの子、だね」


 ソアが問う。エルレアは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。目を見開いた。みえないものを見ていた。ソアがエルレアの背をやわらかく撫でる。


 「望んではならないものを望んだ懲罰は、過酷だった。ひとの世がつくられるのと同じ頃に、冥界がつくられた。ひとの魂を受け入れるために。そこに、堕ちたんだよね、精霊ウィズスは」


 「……はい」


 「あのひとは、無窮のときを、悔恨の中で、恨みの中で過ごした。ほんとうに長い間。ほんとうに、ほんとうに長い間。冥界を統べる女神として、恨みの体現者として、ずっと、君を、見ていた」


 「……そして、復讐の方法を、ひとつだけ、見つけたのだと思います」


 エルレアは俯きながら、言った。呼吸が苦しそうだ。


 「この世を、煉獄に変えること。冥界とひとつにすること。そうして、その王として、あの子を……据えること。それが、永劫から、あの子を救う手段です」


 「だから君を、ひとの世に堕とした。眷属の君を、ね」


 俺は何も言えなかった。なにが話されているかも理解できなかった。ただ、エルレアが子供の表情で泣いたこと、それが、辛かった。


 俺ごときが関われる話ではないのはわかった。だが、関わらなくてはならないことも、理解した。


 「……あるじさま……ソアさま! 恐れながらお尋ねいたします!」


 地に手をついて、頭を垂れる。ソアはエルレアの背から手をはなし、俺を見た。


 「うん。なんでもきいて。君は、知っておくべきだ」


 「……エルレアは、ひと、ではないのですか?」


 「眷属だね。神の子、その眷属。僕や、君とおなじく」


 「お、俺……?」


 ソアがくくっと笑った。


 「ひとの子はみな、神の眷属だよ。その意味さ。ただ、エルレアはその血が濃いだけだよ。創世の精霊を母に持つ。つまり、僕と同じ」


 「……ソアさま、と」


 「神が世をつくられるのとおなじころ、無数の精霊がうまれた。神の子。世を、たいらかならしめるために、生まれた。そのひとりがエルレアの母、ウィズス。そして僕のマ……母、ゼディア」


 エルレアを見た。俯いて、黙っている。


 「だからまあ、僕とエルレアは、いとこっていうところかな」


 ソアは、へへ、と場に似合わないような笑いを浮かべて、それでもやわらかくエルレアの背に手を置きながら、続けた。


 「ウィズスは精霊の筆頭だった。だから、ひとの世をつくるちからをすべて、任されていた。いま君たちが言う、神式だよ。それを統べるちからを持っていた」


 「……」


 「そのちからをひとに与えるために、象徴を造った。でも、あのことがあって、奪われた。そのちからはゼディアに受け継がれた。だから、<証>……<ゼディアの瞳>をつくったのは、女神ゼディアではないんだ」


 「……」


 「さっき言ったろ。<ゼディアの瞳>を壊す方法。ひとつは、神かひと、一方が破棄の意思を示すこと。もうひとつは、製作者の眷属が、おなじちからをぶつけること」


 俺はそこではじめて、わずかだが、理解した。


 「……エルレアが……冥界の女神の、眷属が、それを、壊すと」


 「まあ、ウィズスもさすがにそこまでは期待しなかったとは思うけど。少なくともこれを壊そうとすれば因果が発動して、自分たちから来ると思ったんじゃないかな、<ウィズスの瞳>の場所へ。すべてを終わらせるために」


 そうして、エルレアの顔を覗き込む


 「ねえ、エルレア。君は、どうしたい?」


 ◇


 第十三話、お付き合いありがとうございます。


 ときの流れは、どこに向かうのでしょうか。

 ゆるされる、というのは、どういうことでしょうか。


 今後ともエルレアを見守ってあげてください。

 またすぐ、お会いしましょう。

 


 


 


 



 




 


 


 





 


 

 


 

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