04話 『命を食べる』
初討伐の翌日。俺はロンデルさんの家へ向かっていた。
ちなみに、ロンデルさんの家に行くのは、今日が初めてだったりする。
父上はちょくちょく行っていて、俺も何度か誘われたことがあるんだけど……前世から、俺は人の家に行くのが苦手だ。
人の家って……こう、その人のテリトリーに入ってるみたいで、居心地が悪いんだよな。
じゃあ、どうしてロンデルさんの家に向かってるのかと言うと、父上に命令されたからだ。
なんでも、ロンデルさんから俺に、大切な話があるらしい。
鬱々とした気分で、
左右を挟むのは、畑だ。
日本の住宅街と違って、エンリ村の大半は畑が占めている。
畑の間に、ぽつぽつと家がある感じだ。
俺の自宅から約五分。
趣のある家の扉をノックすると、中からロンデルさんが顔を出した。
「あっ、アルくん。早かったね。取り合えず、中に入って」
「お、おじゃましまーす……」
中に入ると、間取りは俺の家とそんなに変わらない。
居間と台所。扉が二つあるから、それぞれがロンデルさんと娘さんの部屋だろうか。
居間の中央には机があって、湯気を立てる湯飲みが二つ置いてある。
「じゃあ、お茶を淹れてくるから。座って待っててね」
そう言うと、ロンデルさんは台所に向かってしまった。
机には椅子が三つあるから、余ってるところに座らせてもらう。
俺が座った瞬間、隣の椅子に座っていた女の子が、ビクリと身体を震わせた。
……気まずい。普段は大人とばかり接してるから、子どもの扱いとか全然分からない。
「こんにちは。今日はいい天気ですね」
「……」
「会うのは初めてだよね。えっと、名前とか聞かせてくれないかな?」
「……」
「……見てるくらいなら早く戻ってきてくれませんか、ロンデルさん」
たまらず、台所からこちらを伺っているロンデルさんにヘルプ。
湯呑を持ったロンデルさんは、口の端をヒクヒクさせながら戻ってきた。
「いやあ、わざとじゃないんだよ。ただちょっと面白かったから」
「それをわざとって言うの知ってました?」
まあまあ、と言いながら、ロンデルさんが湯呑を渡してくる。
ズズッと一口すすると、緑茶だった。美味しい。
「こら、イーナ。名前を聞かれてるんだから、答えないと駄目だよ」
ロンデルさんに怒られて……女の子は椅子から床に降りて、机の下に消えてしまった。
どうしたのかと思っていると、机の反対側――ロンデルさんの身体と机の間から、女の子の黒い髪が姿を現した。
次いで、顔がピョコリと登場。ロンデルさんの膝の上に座っているらしい。
「……イーナ、です」
小さな声でそれだけ言うと、女の子は黙ってしまった。
「娘のイーナだよ。今年で七歳。アルくんの三つ下だね。見ての通り人見知りだから、許してあげてね」
……これがロンデルさんの娘か。
顔を伏せてるからよく見えないけど、確かにロンデルさんの面影を感じる。
「それで、今日はどうして僕を家に呼んだりしたんですか?」
「ああ、ちょっと手伝ってほしいことがあってね。……そろそろ完成かな?」
そう言って、台所へ行って戻ってきたロンデルさんは、木製の箱を持っていた。
「何ですか、それ?」
ロンデルさんは無言でニコリと微笑むと、その箱を机の上に置いた。
手に布を持って、箱の蓋を持ち上げる。同時、むわりと蒸気が上がった。
「……これは」
箱の中を覗き込むと、白い物体が幾つか見えた。
見覚えのあるフォルム。それに……この匂い。
「行商人のおじさんから、華にこういう料理があると聞いてね。試しに作ってみたんだ。……はい、どーぞ。熱いから気を付けてね」
ロンデルさんが一つ手に取って、俺に渡してくる。
爪先で受け取って、間近で見てみると――やっぱり、どこからどう見ても肉まんだ。
美味しそうな匂いに、よだれが溢れてくる。
早速、肉まんを二つに割る。
ぎっしりと肉が詰まっている。
まずは一口。
モギュモギュと、口の中で噛みしめる。
……生地は、ふんわりとは言い難い。というか硬い。
肝心の餡はというと……臭い。
ぶっちゃけ、コンビニの肉まんの足元にも及ばない。
でも、この世界の水準から言うと、充分なクオリティだ。
「味、どうだった?」
俺が肉まんを食べ終わるタイミングを見計らって、ロンデルさんが聞いてきた。
「美味しかったです!」
「そう? それは良かった。イーナも気に入ってくれたみたいだし――」
ロンデルさんは、目線を下に落とした。
ロンデルさんの膝上で、イーナがふんにゃりした表情を浮かべている。
「これなら、他の子供たちも気に入ってくれそうだね」
「他の子供たち?」
「ああ、これはね。子供向けの料理を作るように頼まれて、作ってみたものなんだよ。もうしばらくしたら『儀式』があるから、そこで出す用にね。
今日は味の感想を聞いてみたくて、アルくんを呼んだんだ」
……俺を家に呼んだ理由って、それだけか。
新作料理の味見って。
大切な話って聞いてたから、身構えてたのに……。
「――実はね、これは昨日、アルくんが討伐した猪なんだよ」
ロンデルさんが、箱の中の肉まんを見つめながら言った。
「えっ……」
俺が何も言えないでいると……ロンデルさんは、肉まんを一つ手に取った。
「あの猪は死んじゃったけど、アルくんとイーナを笑顔にしてくれた。『儀式』でも、たくさんの人たちが、美味しいって言ってくれるはずだよ」
ロンデルさんは真面目な顔で俺を見ると、肉まんを差し出してきた。
「もう一個、食べる?」
○○○
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