透き通るほどに濁って

中田滝

第1話



この恋心は濁っている。

何も解決しないまま。何も進まないまま。

心の中で一つ、恋の演目が幕を閉じた。

舞台の上からだと思っていた景色は客席からのもので、避けようのないその距離が、涙を流し続ける事を憚らせた。

きっと。

いだく事自体が間違っていたのかもしれない。

そう思う事でしか、湧き上がる感情を抑える事が出来なかった。












「、、み。、、くみ。、、拓海!」

「へ!?あ、ごめん。なんだっけ」

「自分から誘った癖に集中しろよなー」

「なんか考えとった?」


中間テスト終わり。

拓海、葵、遥の三人はテストの自己採点をする為にファミレスで集まっていた。

始めてから一時間。

要領良く進め、少し前に終わった葵。

時折会話を挟みながらも採点と復習をほぼ終わらせた拓海。

採点の途中で飽きて落ち着きなく何度もドリンクバーに行く遥。

スタートが同じなのに、一時間経った今ではそれぞれの性格が如実に現れていた。


「葵。これってさ、使う式これであってる?」

「合っとるね。使い方が分からん?」

「うん、、。次の問題は上手くいけたんだけど、、」

「一箇所だけ計算間違いよるから、ここ変えたらいける思うよ」

「!!ほんとだ!ありがとう葵」

「どういたしまして」


メニューをじーっと見て、財布の中身を見て諦めて、テストの答案を見て一つも進まずに飽きて。

仲間外れになってしまっている遥は、所在無げにドリンクを飲んではテーブルに置いてを繰り返していた。


「あお──」

「拓海」

「どうかした?」

「教えてあげてもいいぞ?」

「ははは。葵、ここさ」

「なんでだよ!!!」


乾いた笑いと共に、意識的に遥を無視した後、鋭いツッコミを受けて拓海と葵は目を合わせて笑った。

こんなにも雑な扱いかつボケ担当のような立ち位置の遥であるが、実は学力は葵より上だったりする。

にも拘らず頼られないのは、一重に遥の性格というか教え方の下手さが原因だろう。

詰まっている点を分析し、相手の得手不得手を理解して優しく教える葵とは打って変わって、遥の教え方は感覚派の天才肌のそれだった。


この問題はここと同じ解き方。

これが出来ればこっちは簡単。

暗算で出来るよこれくらい。

などなど、、。


本当に頼ってほしいと思っているのか疑問になるような雑な教え方だ。


「遥遥」

「なんだよ」

「残念やったなあ。頼ってもらえんで」


煽る葵の顔には満面の笑みが貼り付けられている。

こういう事をする人がいるから、京都の人に毒舌や上から目線などの印象を持つ人が出てくるんだろうなと拓海は心の中で呟いた。


「、、、次の練習で絶対ボコボコにするからな」

「一回でも勝ってから言ってほしかったわその台詞。わくわく出来んやん」

「首洗って待ってろ性悪眼鏡!!!」

「ちょっと遥!声大きいって!」

「うるさい!」


ダンッと大きな足音を一つ置いて立ち上がり、周りの冷ややかな視線を受けながら遥は少しだけ中身の残るコップを持ってドリンクバーへと向かった。

悪態を吐かれ悪口で返しながらも手も出さず店も出ない三人の仲の良さに生暖かい視線を送る数組に気付くわけもなく、焦った拓海は店内の各方面にぺこぺこと頭を下げるのだった。


「拓海は優しいなあ。そんなん遥にやらせよったらええのに」

「そんな事言ってないで葵もちゃんと頭下げて。元はと言えば挑発したのが原因でしょ」

「一寸先は闇。やで?」

「、、、全然関係なくない?」


拓海の反応に、葵は満足そうな笑顔を貼り付けた。

話がすり替わっている事に拓海は気付かない。

いたずら好きなその笑顔に苦しくなる胸を宥める事に必死だったから。


「なあなあ。あっちにいるのってさ、カップルかな」


いつの間にか全員分のおかわりを持って戻ってきていた遥の視線の先には、男性同士でパフェを食べさせ合う二人組の姿があった。

ただ仲が良い友人なだけのようにも見えるが、2人の間にある甘い空気がその可能性を否定していた。

もっとも、明確に恋人同士がするような行為を見たわけではない遥は、断言するには至らなかった。


「そう、、だと思うよ?雰囲気が恋人同士っぽいし」

「確かにそんな感じやね」


3人の視線に気付いた2人組と目が合い、視線を逸らして何となく気まずい雰囲気が流れる。

丁度パフェを食べ終わっていた2人組は、やましい事があったかのようにそそくさと店を後にした。


「遥。同性カップルってどう思いよる?」

「うーん、、。否定はしないけど違和感はある」

「拓海は?」

「いいんじゃない…かな。まだ世間の目はあると思うけどね!」

「そうやね」


自然には見えへん派かなあと葵は続けた。

つい先日、芸能人同士の同性カップル報道があった際も、3人は同じようなやり取りをしていた。

ただでさえ異性同士の恋人が多い風朝。

その中でも更に3人と同世代となると、公表しにくい事も重なり同性カップルの存在は無いに等しかった。

3人いて断言するような否定的な意見が出なかっただけマシなのかもしれない。


「葵はでも、どっちからもモテそうな感じするけどね」

「同性に告白された事はないかなあ」

「異性はあるの?」

「どうやろね」


含みを持たせて、葵はまたいたずらな笑顔を見せた。


「この前告られてるの見たぞ」

「ほんとに!?」

「盗み見なんて趣味悪いなあ」


キツすぎない関西弁、宝塚歌劇団のような端正な顔立ち、頭の良さ、剣道で汗を流す姿。

葵は定期的に告白される程モテているのだが、剣道と勉強を必死に往復するだけの拓海はそんな事を知らず、驚きの声を上げた。


「じゃあ何で恋人いないの…?」

「うーん。今はそういうのいいかなと思って。受験生やしね一応」


志望校にはまず受かるだろうという成績を安定して保っている葵は、一応という言葉を付け足した。

その理由が本物ではない事を2人は感じ取っていたが、特に言及する事はしないのだった。


「ありがとうございましたー」


店を出た3人は、早足でスポーツ用品店へと向かった。

お目当ての物が置いてある商店街の店は17時閉店で、現在時刻は16時半。

ゆっくり吟味しようと思っていたにも拘らず、葵の恋愛事情について思わず熱くなっていたら想定外に時間が経っていた。


「そんなに急いだら危ないって」

「大丈夫だって!それより早く行かねーと間に合わねーぞ!」

「そんなかさんでも」


信号待ちの間も走る仕草を見せて煽る遥を2人が追従する。

唯一買う物がないのが遥なのだが、何故か誰よりも早く店に着きたがった。

そんな疑問点に、2人は心の中でマグロみたいな人間だからと特に乱されず納得するのだった。


「セーフ!…あれ?あいつらは?」


閉店25分前。

信号で2人を振り切った事を気付かずに突き進んでいた遥が一足先にスポーツ用品店に辿り着いた。


「遅いぞ2人とも」

「拓海が遥はマグロみたいだね、やって」

「ちょっ!葵!言わない約束!!」


閉店20分前。

誰がマグロだ!という遥のツッコミは、店頭に出していた商品を片付け始めた店員の邪魔になっている事に気付き、空を切った。

そこで漸く、3人は入り口で盛り上がっている場合じゃない事に気が付いた。


「やばいやばい。早く買わないと!試合明明後日なのに!どっちにあったっけ!?」

「そない焦らんでも。あっちやよテーピングは」


広くない店内。

1番奥の売り場まで行くのに10秒も掛からないのだが、買い物はじっくりと考えたい派の拓実には20分という時間はとても短いもののように思えた。

焦る気持ちには、早く店を閉めたいアピールをしてくる店主や店員に対する罪悪感のようなものもあったのかもしれない。

申し訳なさそうにした事によって調子づかせてしまい、店主が露骨に閉めたいアピールをしたのだが、商品選びに集中してしまった拓海にはその熱意は届かなかった。


「早く決めろよ~、、」


閉店10分前。

遥は飽き、葵は自分の買い物を早々に済ませて全く関係のないバスケットボールを物色していた。


「ちょっと待って。二択までは絞れたんだけどここからが、、、」


閉店5分前。

うんうんと唸っては意を決して体をレジのほうに向けてやっぱりなあと再度商品を手に取ってを繰り返す拓海。

二つに減ったはずの選択肢が三つに増えている事が、拓海の悩みの大きさを表していた。

いつの間にか飽きた遥が葵と一緒にバスケットボールを見に行っていたのにも気付かない程、集中して吟味する。

今持ってるのと同じの買えばいいのに。とは誰も言わないのだった。


「どんなテーピングが欲しいんだ」


閉店3分前。

いつまでも同じ場所で悩んでいる拓海に、助け船を出したのは意外にも一番帰りたがっていた店主だった。

、、、助け船というには、短すぎる感覚で地面に打ち付けられる足が騒がしいが。


「えっと、、。剣道の時に手首をテーピングする用なんですけど。出来るだけ細めで締め付けが強過ぎないやつがいいんです」

「痛めてるのか?家に残ってるテーピングは?」

「怪我は治ったんですけど、まだ思い切り動かすのは不安があって…。家には細めの締め付けが強くないのが一つ余ってます」

「ならこれにしておけ。可動部分は家にあるやつを使って、対して動かさない部分は幅が広く固定力があるやつにしといたほうがいい」

「ありがとうございます!!そっか!同じタイプじゃなくても良いんだ別に!そっかそうだよね!」


17時丁度。

買い物を終えて店を出る3人の背で、シャッターの閉まる音がした。

任務完了。

近過ぎるその音には、店主のそんな言葉と共に頼りになる背中が見えた気がした。

拓海の買い物が遅いという話で盛り上がっていた3人には、そんな姿が見える余地はなかったのだが。


「ええの買えた?」

「うん!ちょっと怖い人だったけど、良い店員さんだったよ」

「ずっと早く帰りたそうにしてたのに拓海が時間かけてるから葵と2人で爆笑してた、笑」

「そうなの!?言ってよ!!全然気付かなかった…」

「ずっと貧乏揺すりしとったなあ」


後悔先に立たず。

振り返って下げる拓海の頭は空振りに終わった。


「実際どうなん?優勝出来そう?」

「どうだろ、、。調子は悪くないんだけど、前回と前々回で対策立てられてるだろうし、、」


時折テレビから取材が来る程、拓海は剣道界では有名な存在だった。

中学の頃から少しずつ成績を上げ、高校に上がってからは無敗。

今週末に控えた全国大会は、無敗神話に傷を付けない為の大事な大会であり、大きな山場でもあった。


「見た感じやとやっぱり京都代表の駿河君とか相性悪そうやね」

「あー、、確かに。向こうのペース乗せられると辛いかも」

「高知の足高もじゃないか?」

「そうだね、、。今回初めて戦うし、未知かも」


帰り道の公園にある東屋のような場所で、全国大会のトーナメント表を見ながら三人で予測を立てる。

今回全国大会に出るのは拓海一人だけ。

葵も全国大会常連だが、怪我で予選に出られず、泣く泣く辞退する事となった。


「拓海って勢いよく突っ込んでくる相手苦手だよな」

「自分のリズム作るのに時間かかるんだよね」

「それでどうやって無敗保ってるん?」

「注意されない程度に逃げる、、?」


拓海が得意とするのは後の先。

試合開始から20秒程時間をかけて守りに徹し、その間に相手の手の内とリズムを把握して、対応策を立てる。

打ち込むのはそのほとんどがフェイントで、有効打を狙いにいった時は確実に一本を取る事から、ワンパンマンと一部の界隈では呼ばれている。

当人の清潔感の高い見た目も相まって人気を博し、試合会場に時折ワンパンマンと書かれたウチワを持った他校の女子生徒達がいるのだが、そんなあだ名を付けられているとは梅雨知らず、幸か不幸か試合中に拓海が乱されるような事態にはならないのだった。


「拓海拓海。攻撃が激しいタイプの練習しとかなくて大丈夫か?」

「予選大会見る限りだと遥みたいに打ち込んでくるタイプいなかったから大丈夫だと思うけど、、、」

「真面目に答えるなよ!すべったみたいだろ!」

「遥遥」

「ん?」

「〝みたい〟やなくてすべっとるんやで?」

「ふざけんな性悪眼鏡!!!明日絶対一本取る!!!!」

「さっき言い忘れたけど、明日多分男女別やない?」

「あ、、」

「確かにそうだね」


三人の学校では、男女混合で練習をする時としない時がある。

男子側に拓海ともう一人、女子側にも一人全国大会出場者がいる事から、大会が終わるまでは下手な感覚の違いが生み出されないように男女合同練習は廃止となっている。


「次の合同練習って来週だっけ?」

「来週やけど拓海来るん?」

「手首の状態次第かな、、。何とか悪化せずに勝てたらいいんだけど」


完治はしたがまだ痛みの残る右手首を庇う仕草を見せ、談笑した後、三人は帰路についた。




「やっぱ仲いいよなああの二人、、」


道中、一人だけ家の方向が違う拓海は、見送った二人の背中を見てそう独り言ちた。

微笑ましいものを見るような、寂しさを押し殺すような、悔しさが滲み出るような、そんな複雑な表情。

試合に意識を切り替えないとと考えても複雑に渦巻いた感情は消える事がなく、いい買い物が出来た余韻など綺麗さっぱり消えてしまうほどの大きなものが心にしこりとして残るのだった。


「おかえりー。お金足りたー?」

「うん。ありがとう。これレシートとお釣り」


帰宅の声にリビングから大きな声で反応した母親に、拓海は近付いていきながら間延びしない声で返して、テーブルにレシートと小銭を置いた。


「あれ?いつもと違うやつにしたの?」

「そうそう。店長さん?がおススメしてくれて良さそうだったから買ってみた」

「大丈夫なの、、?」

「うん。もし合わなくても本当はテーピングしなくてもいいくらいだしね」


それならいいけど、、という母親の顔には不安が貼り付いていた。

元々、手首の使い過ぎで炎症を起こした程度で、特に靭帯や骨に異常があるわけではないのだが、周りを気遣ってしんどい事を隠そうとする拓海の性格を分かっている母親の心情から心配が消える事はなかった。


「無理はしないから!大丈夫!」


一抹の不安も感じさせない笑顔でそう残して、拓海は二階にある自分の部屋へと足早に向かった。

きっとどう伝えても不安を取り除いてあげられないから、試合の様子を見せて安心してもらおう!と考えて長々と宥める事をしない辺り、子も子で親の事を理解しているのだった。


「あ、良い感じかも」


荷物を片付けて、早速テーピングの付け心地を確認した拓海が想定以上の安定感の高さに驚き、喜びの表情を浮かべる。

元々痛みはほぼない手首だったが、テーピングを施したほうの手で竹刀を軽く振ると、より安定感が増している事を実感出来、試合への一抹の不安は払拭された。

予想外の事態は起こり得るので完璧であるとは言い難いが、それでも変な使い方をしなければ大丈夫だろうと、そう思えるような安定度だった。

そのまま、切先だけを軽く動かし、戦うであろう相手を想定してイメージトレーニングを行う。

初戦の相手はおそらく高知代表の足高。

シード権を持つ拓海は初戦の相手が誰かまだ確定していない。

足高は、遥が苦戦する可能性があると挙げた候補のうちの1人だ。

打ち込む速度が速く手数もそれなりに多く、何より力が強い。

面だけは何がなんでも避けよう。有効打にならなそうなものでも。

拓海はそう決心して、イメージトレーニングを再開した。


(初手はこう来るだろうから利き足側にいなして次の手の邪魔になるようにして、、)


一の手、二の手、三の手。

相手の行動予測だけでなく、自分がどう動くかも鮮明に思い描く。

思い描いたからといってそれ通りの未来になるとは限らない。

だから、何通りもひたすらにイメージを作り上げる。

今まで何人もの相手と対戦してきた拓海は、イメージの中でほぼ正確に相手の動かす事が出来た。

実際、イメージと大きなずれがあった事はない。

そんな中で、拓海のイメージトレーニングの中での戦績は高校に入ってからは100%

足高との何十回にも及ぶ頭の中での戦いも、苦戦するものはあれど負けは一つもなかった。

ここまでの準備や実績があるにも拘らず、本番ではイメージよりも更に慎重に事を進めて確実に勝ちを取りに来るのだから、対戦相手は気の毒としか言いようがない。




───ポンッ

「LINE?誰だろ」




立ち上がって一度大きく竹刀を振り下ろしテーピングの安定感を再度確認したところで、表示された携帯の画面に目をやる。


《テーピング試してみた?合ったらええね》


葵からのLINEに、拓海の頬が緩む。

家の距離や時間的にまだ遥と解散したばかりのはずなのに、連絡をくれた事がたまらなく嬉しく、表情に現れた。

拓海の心の中にはもう既に、仲良く帰る二人を見て湧き上がっていたモヤモヤは消えていて、葵への返信を考える事で頭の中も満たされていた。


「もう二年半か、、」


高校に入学後、京都から越してきた葵に一目惚れしてから二年半。

あの時はこんなに続くと思ってなかったな、、と拓海は独り言ちた。


元々は、三人グループは拓海と遥の幼馴染み二人だけで、そこに葵が入った形になる。

きっかけは葵から。

中学時代から常勝とはいかないまでも全国に名を馳せていた拓海の事を知っていて、憧れまで抱いていた葵は教室に入るなり拓海を見つけて「萩織はぎおり拓海君やんね!?」と今の落ち着いた毒舌キャラとは似ても似つかない姿で歩み寄ってきたのだ。

慣れていないとはいえ、自分の試合内容や体の使い方等を熱く語ってくれる姿に悪い気はせず、一目見た瞬間から見た目と雰囲気で惚れてしまっていた拓海が葵に傾倒していくのに要する時間は長くなかった。

二年半。

一度たりとも余所見せず、だが気持ちも伝えず、拓海は片思いを続けている。

恋愛慣れしていない拓海にとって告白するのはとても勇気のいる事で、その場面を想像するだけでも全国大会決勝など比ではない程の緊張が襲ってくる程だった。

ちなみに、告白のイメージトレーニングは今のところ全敗。

通算100回以上にも及ぶ失恋の数々だったが、不思議な事に拓海の熱意は失恋が重なれば重なる程に増していて、今では気持ちを伝えるのを抑えるのが辛い程になっていた。

だが、それでも拓海が気持ちを伝える事はない。

それは、臆病な自分を奮い立たせる為の制約を設けたから。


「全国大会を無敗で進めたらあと少し、、」


その制約は、高校の公式戦で全勝をするというもの。

葵が自分に抱いている憧れの感情を三年間で強めて、あわよくばそれが恋愛感情に繋がれば、、という拓海の考えの下、硬い意思で定められた。

無謀にも思える挑戦だったが、元より全国優勝を難しくなく行える拓海からすれば、出来ない事ではなかった。

かといって、簡単に達成出来るかといえばそういうわけでもないが。

達成出来ない事もないが確信は持てない。

そんなギリギリのラインを設けなければ決心出来ない程、拓海は告白に対して臆病だった。


コツとかないのかな、、。

すぐに既読をつけてしまわないように注意しながら葵とのトークルームを見返しては唸ってを繰り返す。

二回戦に当たるであろう相手とのイメージトレーニングを忘れてしまっている事などとうに頭から抜けていた。


「遥に、、。うーん、やめとこう」


友達や話し掛けてくれる人は多いが、気兼ねなく連絡出来る相手といえば葵と遥だけ。

告白のコツを当人に聞く事など出来るはずもなく、遥には恋愛ごとを相談出来ない理由もある拓海は、また携帯を見ては唸るを繰り返すのだった。


「え!?」


驚愕する拓海の視線の先には葵から届いたメッセージが表示されていた。


〖大会前に話したい事あるから時間貰えへん?〗

〖ああ、でも集中したいやろうし大会後のほうがええかなあ〗


話したい事!?

それも大事な大会の前後どっちかで!?

既読をつけてしまっている事も厭わず、拓海は携帯をベットに放り投げて悶えた。

まだ、話の内容が自分の想像するものと決まったわけではないのに、確実にそうであるかのような振る舞いを見せている。


「早く聞きたい。聞きたいけど大会前だったら集中が、、。ああでも早く聞きたい、、!」

────コンコンッ

「拓海?大きい声したけど大丈夫?」

「!?だっ大丈夫!ごめんねびっくりさせて!」


母親が一階に戻る足音を息を潜めながら聞いて、長い息を吐く。

ついつい気持ちが急いてしまったと拓海はゆっくりと大きく深呼吸をした。

そこで漸く、既読をつけたまま放置してしまっていた事に気が付く。

少しの逡巡の後、大会の後で聞かせてくれたら嬉しい!時間は全然大丈夫!と拓海は返信をした。


「話、、なんだろ、、気になる、、。告白、、だったら嬉しいけどそんなわけはないし、、、。嫌な話じゃないよね、、」


期待、不安、焦燥。

色々な感情が拓海に押し寄せ、心をかき乱す。

告白されるわけがないと口にしていても、実際のところそうなる未来を想像して口元を緩ませてしまうのだから、その浮かれ具合は手に取るように分かった。

どんな返信が来るかとソワソワしながら部屋を右往左往しても、足音一つ立てずにすり足で移動するのは流石といったところだろう。


〖拓海に直接関係のある話やないんやけどね。ちょっと相談乗ってくれたら嬉しい〗


───ぴたっ


そんな音が実際に聞こえてくるように、拓海の動きはぴたりと止まった。

直接関係のない大事な話、、?尚且つ相談、、?

嫌な予想が拓海の頭を幾つもよぎった。

不思議な事に、先程まで浮かれに浮かれていた脳は良い予想を一つも作り出す事をしなかった。

誰かへの告白?好きな人が出来た?

選択肢はしっかり先程までの自分に引っ張られて、恋愛に関連するものばかりだ。

だがそのどれもが自分に得のないもので、拓海の心を抉った。


(どうしようどうしよう、、。まず返信、、。あ、でも言われる前にこっちから告白したほうが、、。でも決心が、、)


心情を表すように、拓海は再度部屋の中を右往左往する。

視線は定まらず、表情もころころと変わる。

今日一日でどれだけ感情の変化があっただろうか。

無意識の内に襲い来るそれらを拓海自身が把握し切れていないが、それでも感情に落ち着きがない事自体は理解していた。

だからこそ、右往左往する中でも時折深呼吸を挟んだり竹刀を持ってみたりをしていたが、それらの簡単な行為を簡単に出来ない事が、より一層自分の乱れ具合を明確に表しているようで、更に落ち着きを失わせた。


〖なにその気になる言い方、笑 どんな内容?〗


拓海の心拍数が上がる。

聞きたいけど聞きたくない。

でも、少しでも情報がないときっと大会に集中が出来ない。

だから、携帯を伏せて見たくなくなる程の感情に襲われても、聞かざるを得なかった。

この返信によっては、大会に集中する事なんて出来ないかもしれない。

一回戦で早々に負けて、葵に一目惚れした時に決めた制約を満たせなくなってしまうかもしれない。

それでも、頭が整理されるよりも早く手が動いていた。

きっと想像したくない内容なんだろうと思いながらも、心当たりの薄さから僅かでも残っている希望に縋ってしまった。

大丈夫、可能性はゼロじゃない。何かの奇跡が起きて、自分が欲している未来に繋がるような内容を相談してくれるかもしれない。

そう信じて返信を待った。

ただ、拓海の期待に反して夕食を食べていた葵からの返信は暫く途絶えた。

その間、変な質問しちゃった?文章間違えてない?と何度もLINEを開いては閉じてを繰り返して、母親からの夕食の催促を何度か断るも結局負けて食卓についた拓海が葵からの返信を見る事が出来たのは約一時間後。


〖変な感じで伝わってしまうとあれやから、詳しくは直接話したいんやけど、恋愛相談、、というか報告?をしたいんよ〗


空腹が満たされてほんの少し落ち着いた拓海の動悸が早くなる。

携帯の画面に表示されたそれは、ほぼ間違いなく拓海の希望を打ち砕くものだったから。

同時にそれは、二年半描き続けた未来を否定する事を意味していた。

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