第36話 妹は結婚を解消されていたらしい。

「……メリッサの話、ですか」


ろくな思い出がないけれど、1か月前には同じ屋敷で暮らしていた身だ。それに、長年そばにいた妹である。

私が思わず聞き返せば、ここで割って入ったのはヴィクトリア王妃だ。


「あぁ、そうそう! ステッラ公爵の長男・ベニーに離縁を言い渡されたんだってね。たしか原因は――」


王妃の目線が、シルヴィオ王子へと流される。


「俺じゃありませんよ。ただの因果応報だ。アンナ様に、いらぬ罠を仕掛け、俺もミケも被害を被った。それに、あの温和なベニーが結婚解消を申し出るなど、よほどのことだ。相当、横暴だったとか、なにか腹に据えかねるものがあったのだろう」


彼は淡々としたその受け答えに、一方の私は驚きを禁じえない。


このひと月で初めて触れる情報だった。

たしかに、メリッサへそれ相応の罰を与えるとは言っていたけれど、まさかそれが離縁なんて事態に発展していようとは思いもしない。


……と言って、同情する気にももちろんならないのだけれど。

口にこそしないが、少しばかり胸がすいたくらいだ。


「なら今、メリッサはどうしているのですか?」


そのせい、思わず続けて尋ねてしまう。


「あぁそれなら、たしか実家に戻ったと、リシュリル公爵から報告を受けているが」


シーリオ王はこう教えてくれたが、それとともに疑問も覚えたらしい。少し眉をひそめて、


「それにしても、あなたはなにもご存じないのか? 実家から話は聞いていないのかね」


どきり、胸の高鳴る一言であった。

必死に隠していた急所を鋭く突かれた格好、私ははっと息を呑み、それから隣の席に座るシルヴィオ王子の顔を覗くように伺う。


実家との関係や、妹の屋敷で受けていた扱いについては、彼にすら詳細は伝えていない。


信用していない、というのはもちろん違う。


だが、こればかりはリシュリルの家をも巻き込む大きな話になるからと伏せてきたのだ。

むろん、私の振る舞いから薄々勘付かれている可能性はあるが……、彼の表情からそれを読み取ることはできない。


私はとりあえず、ありのままを述べる。


「父とはずいぶん前に疎遠になっておりまして、以降はなにも連絡がありません」

「ふむ、しかしそれは変だ……。1週間ほど前にリシュリル公爵の元へ手紙をやった際、彼はアンナさんが聖女となり王子に嫁ぐことを大変喜んでいる、と書いてきた。連絡も密に取っている、と」

「……いえ、そのような事実はありませんが」

「とすると、リシュリル公爵が嘘を言っていたということか」


実際来ていないのだから、そういうことになる。

父は私がどうなろうと、たとえ聖女になろうと興味などないのだ、きっと。


それは私が妾の子であるからに他ならない。

自分の不義理の結果、私が生まれたことは棚に上げて、彼という存在はずっと私を疎んできた。


「それであれば、リシュリル公爵には反省を促す必要があるな……」


さっきまで料理談義をしていた時とはまるで別人のような顔、シーリオ王は険しい顔つきになる。

だがそこで待ったをかけたのは、シルヴィオ王子だ。


「嘘ではありませんよ」


と、はっきり言い切る。


けれど、彼がそう断言できることには少し違和感があった。


「なぜ、それをお前が知っているんだ、シルヴィオ」


シーリオ王も同じことを感じたらしい。

その問いかけに、シルヴィオ王子はしばらく沈黙して、目を瞑る。そこへ、すっと足音を立てずに近付いて来たのは、カルロスだ。


彼がなにやら耳元でささやくのに、シルヴィオ王子は重そうながら首を縦に振った。


「では、食後に再び参ります」


なにやら命を受けたらしかった。

カルロスはすぐに食堂を後にして、ちょうど食事が終わり、食後のワイングラスが下げられたところで帰ってくる。


彼によって机のうえに置かれた籠には、やまほどの手紙が入っていた。中身が気になって、少し前のめりに覗きこもうとすれば、それをシルヴィオ王子が自分の方へと引き寄せる。


「アンナ様、ご覧になる前におひとつ。お許しをいただきたい」

「この手紙のことについてですか」

「えぇ、まぁ。ひとつ言いたいのは、やましいことがあって、これを隠していたわけではない、ということです。ただ、アンナ様がこれをご覧になって、いい気分になるとは思えず、今の今までお見せしていなかった。どうせ、見てもらわないわけにはいかないと言うのに。すまない」


私の気分を害するようなもの。

それが果たして、なにであるかはまったく分からなかった。が、ここまできて知らないままいるほうが気持ち悪い。私は、とりあえず頷く。


それを見て、シルヴィオ王子も一つ首を縦に振ってから手紙の一枚をテーブルの上に置いた。


その手紙の宛先は、私だった。そして送り主は――


一瞬、呼吸が止まる。


「……お父様から」


やっと息を取り戻しても、口にできたのはこれだけであった。

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