第34話 王に跪かれるのはなぜ!?
翌日の正午過ぎ、正面玄関前には、使用人ふくめ屋敷の者が一堂に会していた。
「……こんなに多かったのね」
締めて約30人ほど、その全員が玄関前に整然と列を作り、シーリオ王とそのお妃さまがいらっしゃるのを、今か今かと待つ。
一見すると物々しくすら思えるが、迎えるお方が一国の王とその妃なのだから、これくらいの礼儀は尽くすべきなのだろう。
私がいるのは、その行列の一番奥だ。
玄関を背に、待ち受けるみたいにして立っているが、どうも落ち着かない。ドレスを軽く持ち上げたりして、令嬢らしい敬礼の練習をしてみたりする。
しかし、しっくりこずに何度か試していたら、隣から凛と澄ました声。
「もっと自然にされていて、よいのですよ」
シルヴィオ王子のものだ。
黒を基調とした正装に身を包んだ彼の身なりは、平素に増してぱりっとして見える。
こうして見ると、彼がエプロンを巻いて、タルト生地に翻弄されていた昨日の記憶が嘘のようにすら感じられた。
「すいません、王に間近で会うなど初めてですから……」
「丁重すぎる必要はありませんよ。それにあれだけ準備をしたんだ、きっとうまくいくさ。それに――」
ここで少し間を開けて、
「あなたの父親、母親にもなるんだ。いわば家族、そう畏まらなくともよい」
飛び出したのは、こんな発言だ。
「……だからこそ、緊張しているんですよ」
それは、なんなら一国の王だ、という理由よりも重いかもしれない。
私自身、両親とまともに接した期間がほとんどないのだ。
母は若くして亡くしてしまったし、父との関係は常に冷え切っており、ないに等しい生活を送ってきた。
そこへきて、義父や義母ができるという時点で不思議な感覚であるというのに、それが王様と王妃様とこれば、どう接したものやら分からない。
「そういえば、お二人はどんな方なんですか」
準備に必死で詳しく聞けていなかったことを思い出して、私はこう尋ねる。が、シルヴィオ王子がそれに答えようとする前のことだ。
「お二方、いらっしゃいました!!」
使用人たちのなした列の一番先頭から、こんな声がとんだ。
使用人たちが一斉に頭を下げる中、私ははっと軽く息を止めて、姿勢をただす。
列の真ん中を悠々と歩いてくる二人に目をやれば、執事・カルロスに付き添われているのは、いかにも一般人離れした壮年の男女だ。
きっと大事にしないための配慮だろう。
お二人ともシンプルな衣装を着られているうえ、お顔を隠されているが、その佇まいだけで洗練されて見えた。
ついつい傍観者気分になって眺めていたら、もうすぐそこにお二人が立っていたので私は慌てて挨拶をする。
「アンナ・リシュリルと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。僭越ながら、このたび聖女となりましてシルヴィオ王子の妻になることに――」
と、決めていた文言を言い放つのだけど、それがまだ終わらないタイミングでのことであった。
「え、えっと、王妃様!?」
王妃様が大きく腕を広げたと思ったら、その手は私の背中へと回る。
あれよのうちに、彼女の胸の中、、強く抱きしめられているではないか。
突然のことに頭が真っ白になる私をよそに、王妃様の方は耳元で「うーん!」と語尾に向けて駆け上がるような声をあげる。それから、さらに強く抱きしめる。
その光景に、シーリオ王は被っていたハットを畳みながら苦笑し、シルヴィオ王子はこめかみを人差し指で掻いて、ばつの悪そうな顔をしていた。
「……母上、アンナ様が驚いていらっしゃる。そこまでにして、まずは中に入ってくれないか」
「シルヴィオ、あなたは黙っていなさい。娘ができるの夢だったんだから! それに、魔法で旦那の病も治してくれたんだから、天使でもあるの。
こうして抱きしめることが一番まっすぐ感謝を伝えられるもの。ね。アンちゃん、いいわよね?」
王妃様は、一度身体を引いて私の両肩に手をやる。
それでも、視界のほとんどすべてが彼女だけ埋まる距離だ。レースの奥、シルヴィオ王子と同じ、藍色の美しい瞳と目が合う。
息子である王子が25だとは到底信じられないほどの若々しさ、そして腕にこもる力の強さに圧倒された。
もちろん、その呼称にもだ。アンちゃんだなんて、呼ばれた記憶がない。
とんでもない距離感の詰められ方だった。ますます対応方法が分からなくなっていくが、相手は王妃様である。
私はとにかく、こくこくと首を振る。
そのせい、しばらく私は王妃様の腕の中に抱きすくめられることとなった。
やっと解放されたと思えば、今度はなぜかシーリオ王が片膝をついて、頭を下げてくるのだから、面食らったなんてものではない。
実際、背後では使用人たちもざわざわとしており、全員の視線が一挙に集まる。
だがそれをまったく気にせず、
「このたびは、あなたのお作りになったポーションに命を救われた。聖女・アンナ・リシュリル、心から感謝する」
シーリオ王は私に丁重すぎるくらいの礼を述べた。さらには、脇に控えていたお付きの人に目配せをして、なにやら贈り物まで――。
一国の王が、聖女になったとはいえ元は使用人だった私に対してである。
想像もしない出来事の連続に、とにかく対応に困ってあたふたしていたら、それを見かねたらしい。
シルヴィオ王子は屋敷の扉を開けて、王と王妃の背中を押すと、半ば無理矢理にその中へといれこめる。
それから一度深いため息をついて、くしゃりと髪を丸めてから彼は私を振り返った。
「アンナ様、さきほどどんな人かと聞いたね。これが王と王妃だ」
……親子の仲が悪いわけではないようだが、王子の苦労が垣間見える表情であった。
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