第32話 シーリオ王のご来訪
「え、シーリオ国王がお屋敷にいらっしゃる……ですか」
「急な話で申し訳ない。だが、婚姻式前夜の顔合わせより先に、どうしてもアンナ様にお会いしたいとのことらしい」
突然こんな大きな話が舞い込んできたのは、婚姻式まで残すところ1週間弱。
絶賛、準備に追われている真っ只中のことであった。
少し前までのなにもない生活が嘘のような日々だ。
シルヴィオ王子のおかげで無事にドレスが決まって以降というもの、私たちは起きている時間ずっと、婚姻式がらみの案件で忙殺されている。
もちろん、式の準備自体は王家の使用人の方々がやってくれていた。
ただ、式での挨拶を覚えたり所作の練習をしたり、挙句はダンスの訓練まで、やることは尽きない。
今も、ちょうどダンスの訓練をシルヴィオ王子につけてもらっており、その休憩時間の最中であった。
用意してもらった長椅子で、シルヴィオ王子と横並びに座っている。
「でもたしか、シーリオ王はご体調が思わしくないのではなかったでしょうか」
「それならば、快方に向かいました。あなたのおかげで」
「いや、私まだお会いしてもいないですけど……?」
「アンナ様が、この前までの聖女の魔法訓練の際に作ったポーションですよ。あれを日々少しずつ摂取されていたそうです」
はじめて耳にする情報だった。
たしかに訓練の際にはたくさんのポーションを作ったが、それをその後どう扱うかまでは知らされていなかった。
だがまさか、王が摂取していようとは考えもしない。
「なんでも、父上の方から摂取を望まれたらしい。まだ効果の検証は完了していなかったのだが、俺の妃の作ったものならば、と疑いもしなかったそうです」
「……シーリオ王がそんなことを」
「だからというわけではないのですが、父上は礼を言うためにも、自らここを訪れたいと強く希望されている。可能ならば、少しお会いいただけないか」
身に余る光栄とは、きっとこのことだ。
なにせ、まともに話したこともない。式典などの際に檀上に立たれる姿を遠目に見てきただけのお方だ。
私は全身がぶるっと震えるような思いに駆られながらも、首を縦に振る。
一国の王の頼みだ、もちろん無下になどできない。
「はい、ぜひお会いしたいと思っておりました。問題ございません」
「……そうですか、すまないアンナ様。俺の両親がご迷惑をかける」
「いいえ、まったくそんなふうには思っていませんよ」
さて、こうなったらダンスの練習は一時中断だ。
「では、まずシーリオ王を迎える準備をしなければなりませんね」
一国の王をもてなすのだ。適当な対応はできまい。
少しののち、私はさっそく準備へ取り掛かることにした。
と言って、一人でどうにかなる話ではない。
使用人さんたちにも協力をしてもらいながら、準備を始めた。
お掃除に飾り付け、それに部屋のレイアウト調整や消臭、さらには庭のお手入れまで――。
ばたばたと慌ただしく、各自の持ち場所へと散って、作業に取り掛かる。
庭師さんも世話係もふくめて、ほとんど総出状態だ。
そんななか、私は令嬢らしく部屋で優雅に読書をたしなみながらも紅茶を――――なんて、わけもなく。
私がいたのは、屋敷の端にある厨房であった。
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