第7話 与えられた罰【メリッサside】
――その翌日、メリッサのもとには一枚の封書が届いていた。
やたらと厳重に包装されたそれを運んできたのは、王都の役人2人組。
普通、こうした手紙を届けるのは、配達人たちである。役人がじきじきに届けに来ることはめったにない。
つまり、ただごとではないのははじめから明らかだった。
そのため、メリッサがじきじきに玄関前で応対をしている。
それに彼女には、一件思い当たる節もあった。
「本日はいかがいたしましたでしょうか? もしかして、うちの出来損ない……もといアンナが聖女の失格でも言い渡されましたか?」
そう、姉・アンナの件だ。
役人の前では、にこやかに笑顔を振りまいてはいたが、その心の中はといえば違う。
やっぱりあんな女に聖女も王子の妃も務まるわけがないのよ、と。
姉の不幸を決めつけて、心の中であざ笑っていた。
思い通りになったことで、ついつい饒舌にもなる。
「アンナのことであれば、大変申し訳ありません。あんな穢れた血の混じった女が聖女なんて、やっぱりありえませんよね。
もし再度我が家で引き取れということでしたら、謹んでお受けさせていただきますが」
長い銀色の髪を払いながら、あくまで公爵家の妃として余裕ぶって見せる。
「いいえ、アンナ様についてではありません。本日ここへ来たのはシルヴィオ王子からメリッサ様。あなたへの通達があったからでございます」
「……王子から、あたしに?」
「とにかく開封してくださいませ」
はて、なにだろうか。
疑問には思いつつも、脳内はすでにお花畑であった。
もしかすると、姉に嫌気がさして貴族学校の同級生だった自分に助けを求めているのかもしれない。
だとすれば、公爵家の嫁から、王子の妃に乗り換える絶好機ということもありうる。
メリッサはそんなことまで考え及んで、いそいそとその封筒を開ける。
旦那であるステッラ公爵の第一子息・ベニーとの仲はうわべだけにすぎない。
レッテーリオのことや、世間体を保つためだけに妻を続けているのだ。王子と結ばれ、王妃になれる展開があるならば、迷わずそちらを選ぶ。
そこまでは、半分浮かれていたメリッサだったが、中に入っていたものを見て愕然とした。
つと顔をあげて、役人に尋ねる。
「……なによ、これ」
「文面のとおりでございます。あなたは1ヶ月の謹慎処分にくわえて罰金100万ベルを課します」
考えてもみない通達であった。
謹慎に加えて、100万ベルとこれば、かなり重い。生活費数ヶ月分相当だ。
「ど、どうして!? このあたしがなにをしたって言うの!?」
「シルヴィオ王子の命でございます。なんでも王子への差し入れに煙玉が仕込まれていたとか。これでも処分を軽くした方だとおっしゃっておりました」
「それは、あの出来損ないの姉がやったことでしょう!?」
事実を述べれば、仕組んだのは間違いなくメリッサだ。
アンナへの嫉妬心から、姉を不幸にするために悪事を仕掛けた。
しかし、すべての罪をアンナに着せるため、メリッサはアンナに自分で調達したことにするよう命じていたはずだ。
「シルヴィオ王子が、アンナ様がやったものではないと見抜かれたのです。残念ながら、もう言い訳はできません」
「ち、ち、ちょっと待ちなさい!」
「いいえ、そういうわけにはまいりません。これから私たちは、ベニー様のところへ報告にあがります。屋敷に入れてくれますか」
「だ、ダメよ、そんなの!!」
メリッサは声を張り上げて拒否をする。
しかし、役人の一人に一枚の紙を見せられると、引き下がるほかなかった。
それは、王家の紋章のつかれた証書である。魔力まで使って押されているから、他の誰かがなりすましたとは考えづらい。
絶対的な効力が、その証書にはあった。
結局、役人たちが屋敷内に踏み入るのを、メリッサはそのまま見送ることとなる。
それ以降の時間は、もう気が気でならなかった。
自分の罪を聞いて、旦那であるベニーがどう思うか。叱りつけられたら、どう反論して納得させようか。
自室にこもって一人、そんなことに考えを巡らせていると、部屋の戸が叩かれる。
「失礼するぞ、メリッサ」
入ってきたのは、旦那であるベニーだ。
青い短髪に眼鏡、中肉中背。
なにもかもが平凡な男ではあったが、その甘さにかけては、メリッサには好都合の男であった。
メイドを苛めて辞めさせた時も、屋敷に勝手に花壇を作ったときも、結果的にはわがままを許してもらえた。
……だが、その様子はいつもとは違って見えた。
普段は柔和な笑みを浮かべていることの多いその顔に、今は温かさがいっさい感じられない。
少し驚きつつも、メリッサは先制とばかりにまずは頭を下げる。
「ごめんなさい。まさかアンナが馬鹿正直にあのまま渡すとは思わなかったのよ。普通、中身くらい検めるでしょ? そんなところまで含めて、本当に馬鹿なのよ、あれ」
これで納得してくれるに違いない。
たとえ思うところがあったとしても、この旦那はメリッサには強く出てこない。
そう考えていたのだけど、その経験則に基づく目論見は外れた。
ベニーの顔色はいつまでも険しい。そして溜めに溜めたすえ、出てきた言葉は……
「もう君といるのは限界かもしれない」
という思いがけない言葉であった。
「……え」
「言葉通りだ。メイドへの態度など、この屋敷で起こることならば、どうにか目を瞑ろうと思っていた。だが、王子や聖女に危害を加えるとなると、話は別だ。……メリッサ、いや、メリッサ様。出て行ってはくれないか」
「な、なにを言っているの? あたしは、あなたの両親にも認められたうえで結婚しているのよ!? そう簡単に別れるなんて……」
「王子から直々に罰を与えられたんだぞ? 君は自分のしでかした事の大きさを分かっていない。前々から思っていたが、今度こそ我慢の限界だ」
「でも、じゃあレッテーリオは誰が」
「今だって君はろくに世話もしていないだろう」
王子の妃になれるかも、なんて夢見ていたのが嘘のような展開だった。
それどころか、真逆もいいところ。
「とにかく、君との関係は考え直させてもらう。いいな?」
公爵家の妃から一転、離婚話を切り出されてしまうことになるとは、思いもよらなかった。
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