温和な桃太郎を鬼退治に行かせてみた

文月みつか

第1話 どんぶらこ

 昔々あるところに、じいさんとばあさんが暮らしていた。ある日、いつものようにじいさんは山へ柴刈りに、ばあさんは川へ洗濯に行った。


 ばあさんが川で洗濯をしていると、川上のほうから大きな桃が流れてきた。


 どんぶらこ、どんぶらこ、もひとつおまけにどんぶらこ。

 異様な存在感を放ち流れる桃。


 しかしばあさんは洗濯に夢中で気がつかなかった。


「じいさんたら、洗濯物をためこむのはやめろとあれほど言っとるのに」


 ごしごし、ごしごし、じいさんの手ぬぐいを憎しみこめて洗う。


「それにいったい、今日はどこへ行ったのやら。わざわざ回り道までして、あれは絶対に山で芝刈りはしてないね。呆れた男だよ、まったく」


 ごしごし、ごしごし、手ぬぐいの小さなほころびが広がっていく。


「なんでこんなとこに嫁いじまったんだろう? そりゃあたしは器量好しってわけじゃないけど、それにもかえがたい誠実さはあるつもりだよ。なのに、あの人は」


 ごしごし、ごしごし、手ぬぐいはもはやボロ切れに成り果てていた。


 桃は名残惜しそうに、不自然なほどゆっくりと通過していったが、ばあさんの小言は延々とリピートされるものと悟ったのか、ついにあきらめて川下へと、あてどない冒険にくりだした。




 じいさんは川下で釣りをしていた。ばあさんのにらんだとおり、柴刈りなんかしていなっかった。仕事をさぼるほどの釣り好きかと言われればそんなことはない。それはサボり仲間の与作じいさんの趣味だった。与作はいつも自分の獲物のほうが勝っていることを自慢するのだ。負けず嫌いなじいさんは、いずれこの川の主を釣り上げ、与作をギャフンと言わせることに心血を注いでいた。柴刈りそっちのけで。


「五平、もうあきらめろ。俺はすでに3匹のヤマメと2匹のイワナを釣った。お前はまだ小枝しか引っ掛けていないじゃないか」


「いいや、ほかにもボロ切れが1枚あった。まだまだこれからよ」


「だがこの辺にして仕事に戻らんと、ソヨさんが泣くぞ」


「んなこたねえよ。あれはとっくに呆れきって、期待なんぞ捨ててるんだ。それに、今に大物釣って帰って驚かせてやるのさ……」


「おっと、また引いてるぜ」


 与作がにやにやしながら竿を引いているのを見て、五平じいさんは悔しそうにうなった。しかし、次こそはと自分の竿に視線を移すと、とんでもないものが目に飛び込んできた。


「大漁、大漁! なあ五平、頭下げて頼むってんなら、何匹が恵んでやってもいいぜ」


 与作が満足げにびくをコツンと叩いたが、五平じいさんはそれには目もくれず、履物を砂利の上に脱ぎ散らかし、腕まくりをして、腰まで川につかっていた。


「なんだ、やけでもおこしたか」


 五平じいさんはやけなどおこしていなかった。大手を広げ、どんぶらこと流れてきたそれをすくいあげ、どっこいしょと岸におろした。


「おめえ、何だこりゃ!?」


 五平じいさんはここぞとばかりにしたり顔で言った。


「今回は俺の初勝利ってことだな」




 さて、五平じいさんが芝の代わりにに大きな桃をかごに積んで帰ると、ソヨばあさんはびっくらこいた。


「あなた、これどうしたんです?」


「聞いて驚け! 与作と川で釣り……いや、山で見つけたんだ。草かげからぬっと現れてよ、いやあ最初見たときは目を疑った」


「へえ、そうですか。別に川だろうが山だろうがかまいませんけど、こんな大きな桃ふたりで食べきれますかねえ」


「余ったときは誰かにくれてやりゃあいいさ。与作の魚と交換してもいいな。あいつ、自分が先に見つけていればと相当悔しがっていた」


「この桃に免じて何してたかは問いつめませんけど、早く着替えないと風邪ひきますよ」


「へっくし! うん、そのとおりだ」


 しばらくしてじいさんが着替えて戻ってくると、ばあさんは大きななたを手に待ちかまえていた。


「お、俺が悪かった、これからは真面目に働くから!!」


「へえ、人間命が危険にさらされると変わるってのは本当みたいですね。やだ、冗談ですよ。こんなに大きな桃切ったことないから、どうしようかと思いましてね。スイカ割りの要領でエイヤッといくのもいいかと」


「せっかくの桃を木っ端微塵にしちゃまずいだろう。その前にスイカ割りは鉈使わんし」


 ばあさん、日頃のうっぷんが相当たまっている。


「そういやこの桃、持ち上げたときちょっと違和感があった」


「違和感? 大きさですか?」


「そうじゃなくて、なんかこう、中身がごろっと動いているような」


「まさか。それじゃこの大きさで、中身はすかすかってことですか? まるであなたの頭みたいに」


「いや、それよりはもっとずっしりしとる……って何を言わすかばあさん。一度持ってみれ、そうすりゃわかる」


 ばあさんは半信半疑で巨大な桃をにらみつけ、試しにコツコツと軽く叩いてみた。すると驚いたことに、コツンコツンと中から返事が返ってきた。


「おやまあ! じいさん、この桃ったら私の呼びかけに反応しましたよ。中に誰か入っているんでしょうかね?」


「そんなアホな。だいたい、どうしてそんな桃が川から流れてくるんだ。新手の口減らしか?」


「あ、今さらっと白状しましたね。川で遊んでたって」


「知っとったくせに。もういい、こんな気味の悪い桃は川に流してくる!」


 じいさんはついさっき真面目に働こうと反省したことなどすっかり忘れて、ぷいっとほおをふくらませ、桃を抱えて立ち上がった。


「まあ、悪いことしといてバレたら逆切れですか? 子どもっぽいこと」


「うるさい! 俺が拾った桃なんだからどうしようと勝手だろう!」


「あらじいさん、こんなところに糸みたいなものがありますよ」


「その手はくわないぞ! 釣竿なら水車小屋にしっかり隠してきたはずだからな」


「違いますよ、桃の底から細い糸がたれてるんです。何かしらこれ?」


 ばあさんは今度はためらいなく糸をひっぱった。すると……


 ぱっかーんと桃が割れ、紙ふぶきとともに元気な男の子がおぎゃーと出てきた。


「……長生きしてると、いろんなことがあるもんですねえ」


「心臓止まりそうになったぞ」


「あら惜しい」


「どういう意味だ!」


 こうして、桃から生まれた赤ん坊は桃太郎と名付けられ、じいさんとばあさんの手で育てられることになった。

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