🍎🍎



賑やかな繁華街を、詠美は歩いている。


彼女の足取りは重く、目も暗い。表情は能面の様に生気が無かった。


冬の寒い日だった。

詠美は黒いコートにマフラーを巻いている。

寒いのかそうでもないのか、彼女にはよく分からなくなっていた。


繁華街を抜けた詠美は、あの公園にいた。


あれからどれくらい歩いたのかも分からない。

多分、距離を考えれば15分程度じゃないだろうか。


公園、午後8時頃の公園に子供達や彼らの親の影は無く、また大人の気配も無い。


詠美は、公園の一ヶ所を目指して歩いていった。


そして、そこにはあった。


十年前、ここで見たものと同じゴーストアップルが。


しかし、詠美は驚きも喜びも、懐かしさも何も感じる事が無かった。


もう、ずっとこの調子だった。

感情が動かない。感情が分からない。


そしてなんとなく、フラフラとここへ来ていた。


もしそこにゴーストアップルがあれば、ひょっとしたら十年前の様な新鮮な驚きや喜びという感情を生き返らせる事ができるかもしれない、そう考えて。


この林檎は、まるで私のようだ。

中身が空である林檎を眺めながら、詠美は思った。


真っ暗な空には星も月も無く、寒風に吹かれる周囲の木々がまるで化け物に見える。

誰も乗っていないブランコが音を立てて揺れていた。


詠美はしばらくの間、呆けた様に突っ立っていたが、間もなく踵を返し、明るいライトの明滅する場所へフラフラと立ち去った。





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