侯爵令嬢の来訪

 カラー侯爵家。

 チェカルディ家を含めた周辺貴族の治める領地を統括している貴族である。

 そのため、子爵という爵位でありながらもカラー家とは交流が多く、現当主であるロイスは何度も顔を合わせたことがあった。


 それは一人娘のカルラとて例外ではなく、パーティーなどで何度か挨拶を交わしたことがある。といっても、領地間の話は一切してこなかったのだが。


 立場上、直属の上司といっても過言ではない。

 そんなカラー家には、カルラと同年齢の少女がいる。


「お久しぶりですね、カルラ」


 ミスリルのような銀髪を腰まで下ろし、凛々しくもあどけなさが残る綺麗な顔立ちに目を惹かれる。透き通った碧眼に桜色の唇も要因の一つだろうが、奔放で愛くるしさを振りまくカルラとは違って、正に「貴族様」と言えるほどお淑やかな雰囲気がそうさせるのだろう。

 女神か、天使か。表現する言葉はカルラ同様いくらでも並べられそうだった。

 そんな少女が───


「(ねぇ、サクくん? どうしてソフィア様がここにいると思う?)」

「(それを俺に聞きますか、お嬢)」

「(専属執事になったんでしょ!? 主人のサポートでここにいるんじゃないの?)」

「(いえ、俺は単に真面目な話をするお嬢が拝めるかと思って同席しただけです)」

「(サクくんは! 本当に! もぉ〜!)」


 目の前にいて、困惑する二人であった。

 客間のソファーに使用人もつけず一人で腰を下ろすソフィア。

 対面にはカルラが座り、その後ろでサクが控える。


 どうして生誕パーティーを控えるこのタイミングでやって来たのか?

 サクもカルラも、知らせもなく突然やって来たソフィアの目的が掴めずにいる。


「あ、あの……カルラ?」

「へっ!? ど、どうかしましたかソフィア様!?」


 ソフィアに声をかけられ、慌てて向き直るカルラ。

 その姿にお淑やかさも、できる女の欠片もない。


(うーむ……この様子じゃ、滅多に見ないお嬢の真面目姿は見られないだろうなぁ)


 普通に失礼なことを考える専属執事である。


(それにしても、この人が例の『才女』か……)


 サクはソフィアを見るのは初めてだ。

 何せ、社交界には一度も顔を出したことがなく、会う機会すらないのだから。

 しかし、それでも『才女』の話は耳にしたことがある。


 知力、剣術、魔法。

 その全てが同年代以上、大人顔負けの実力を持ち、国の中で最も期待を寄せられている若手。

 容姿もさることながら、数多の貴族がソフィアという一人の令嬢に押し寄せてくるらしい。


(まぁ、お嬢の方が可愛いけどな!)


 本当に、平民とは思えない失礼な執事である。


「いえ……大変仲がよろしいのだな、と。その殿方が、常日頃カルラが話していた殿方なのですか?」

「ソフィア様、そこのところをもっと詳しく」

「い、いいいい言ってないですよ!? それに、サクくんも食いつかないの!」

「ぶーぶー」

「ねぇ、本当に執事になろうとしてる!?」


 まったくもってその通りであった。


「ふふっ、本当に仲がよろしいのですね。流石は、幼なじみといったところでしょうか」

「うぅ……はい」


 これ以上墓穴は掘りたくないのか、カルラは首を縦に振る。

 しかし、その顔は酷く真っ赤であった。


「えーっと……それで、ソフィア様はどのようなご要件で?」

「はい、そうでしたね。実は、カルラを勧誘しに来たのです」

「うぐっ! そ、その件ですか……」


 勧誘、その言葉にサクは首を傾げる。

 そんなサクを見て、ソフィアは言葉を足すように説明を始めた。


「以前から、カルラには我が領地の騎士団に勧誘していたのです。カルラの剣の腕前は同世代だけではなく並の騎士にも劣りませんから……まぁ、で会う度にお断りされていますが」

「なるほど……ご説明、感謝いたします」


 カルラが騎士団に誘われる。それはサクとて不思議ではない。

 実力もそうだが、子爵家の人間が騎士団に所属することなど珍しくはないからである。

 爵位の低い領主の騎士団ならまだしも、相手は侯爵家。子爵家が仕えるには十分な相手だ。


「……申し訳ございません、やっぱり私は騎士団に入るなんて───」

「幸せな結婚生活が送れないので」

「お受けすることができ───ちょっとサクくん!? 絶妙に被せてこないでよ!」

「失礼な! これは被せたんじゃなくて代弁───」

「じゃないよ!?」


 侯爵家の人間が目の前にいるにもかかわらず、大胆な性格を持つ執事。

 そんなサクを見て、ソフィアは目を丸くする。

 そして───


「ふふっ、面白い殿方ですね」

「申し訳ございません、私のサクくんが失礼を」

「いえいえ、私は気にしませんよ。むしろ羨ましいなと思ってしまうほどです。それにしても───」


 ソフィアはいたずらめいた笑みを浮かべた。


ということは……カルラは随分と、独占欲が強かったのですね」

「んにゃ!?」


 図星を突かれたからか、はたまた羞恥からか。

 カルラの顔から湯気が出た。一方で、独占欲を見せてくれたカルラにサクはお目目を輝かせてしまう。


「……話を戻しますけど、前にも断りましたよね? 私、この領地が好きだから離れたくないんです」

「はい、それは承知しております。ですが、私はそれ以上にカルラがほしいのです。もちろん、同年代の友人が傍にいてくれるようになる……という気持ちもありますが」

「ゆ、友人って言っていただけるのは嬉しいんですけど……」


 カルラとソフィアは一般的に仲がいい方だ。

 爵位の違いはあれど、身近で同年代の少女は少ない。

 カルラの性格や、ソフィアおおらかな性格もあるからこそ仲良くなれたというのも一つの理由でもあるだろう。


「まぁ、私も無理矢理どうこうしようとは思っていませんので、ご安心を。双方が納得するような形で来ていただかないと、いざこざが残りますからね」


 ソフィアがサクが出した紅茶を啜る。

 その時にポツリと出た「美味しいですね」という言葉に、サクはひっそりとガッツポーズを見せてしまった。

 そして───


(にしても、分からんな……)


 同時に、疑問にも思った。

 諦めきれず会いに来た───というのは、言葉通り受け取れば理解ができる。

 しかし───


(何故このタイミングなのか? お嬢を勧誘するだけなら、生誕パーティーの時でも十分なはずだ)


 誠意を見せるために……そう言われたらそうなのかもしれない。

 しかし『パーティーで会う度に』と言っていたことから、今までそうしてこなかったということが窺える。

 ならば、今回もそうすればよかったはず。


(なのに、そうはしなかった……つまり、このタイミングだからこそっていうことか?)


 単に諦めきれずついに誠意を見せるためにやって来た。

 深く考えず、そういう納得の仕方もある。

 しかし、サクにはどうしてもその違和感が拭えなかった。

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