第5話

「それで?それでどうなったの?」


 ミツキが両肩を掴み、前後に強く揺らしてくる。まるで浮気をした男を責めているかのような扱いだ。


「おい、よせ!もちろん断ったよ。今は誰とも付き合う気がないって」

「なにが「今は」だよ。今まで誰とも付き合ったことがないくせに」


 ミツキは拗ねた顔でそっぽを向いた。それを見た僕は心の中でミツキを責めた。俺がこれまで誰とも付き合わなかったのは誰のためだと思っているんだ。他の人間と仲良くなろうものならミツキが一人ぼっちになる……ミツキが傷付き悲しむ……ミツキがグレる(これはあり得なさそうだが)……。


◇◇◇


「ごめん」


 僕は机に頭がつきそうなほど深々と頭を下げた。瑞樹がキュッと顔を歪ませて下を向いる。


「家のことが大変で、今はそれどころじゃなくて」

「家のこと?」

「うん、まあいろいろと」

「それってお姉さんのこと?」


 やけに突っ込んでくるぞ、家庭の事情なんて他人に話したくないし……言葉に詰まる僕を見て飯山は一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、一切引く気はなさそうだ。


「ごめんなさい、立ち入ったことを聞いて。でもそうなの?」


 先程まで俯いてばかりだった飯山なのに、今は視線を外そうとしない。


「ええと、姉貴にはサポートが必要というか……」


 目の前の少女の真剣なまなざしに気圧され、僕の口からは歯切れの悪い台詞しか出てこなかった。


「それじゃあ、一生ミツキちゃんの面倒を看るの?」


 イエス・ノー以外の返答を拒絶する、きっぱりとした口調だった。一瞬だけ時間が止まったかのようだった。僕はこの時、間抜けにもぽかんと口を開けていたに違いない。我に返った飯山は、しどろもどろになりながら申し訳なさそうに言った。


「ご、ごめんなさい、私は他人なのに失礼だよね」

「いや、こちらこそ。期待に応えられなくてごめん」


 先程まであれだけ楽しく話していたのに、今や彼女との間に大木のような静けさが横たわり、ちょっとやそっとでは取り除くのが不可能なように思われた。


「困らせてごめんなさい……」


 目の前の三つ編みの女の子がが消え入りそうな声でそう言った。まるで悪さをして怒られた子供のようだ。僕はこの状況を打開する台詞を脳みそをフル回転させて探していた。


「困ってなんかないよ。告白してもらって嬉しかった、ありがとう」


 僕は、引き攣った作り物の笑顔でこの嘘臭くて頭の悪い台詞を棒読みした。


 でもこの一言が元気づけたのか、彼女は先程とは打って変わって明るい表情だ。


「本当!?」


 飯山が目を輝かせて言った。重い、重すぎる。その気がないのに、余計なことを言うもんじゃない。スマホのアラームが鳴った。普段は忌々しい目覚ましの役割をするこの音も、この時ばかりは天からの鈴の音のように聞こえた。


「本当にごめん、今から帰らなくちゃならないんだ」

「そうなんだ……あのさ、中学時代に私にしてくれたこと覚えている?」


 中学時代の記憶を片っ端から引き出してみたが、飯山とのエピソードはついに思い出せなかった。そもそも中学時代はあまりにいろいろなことが降りかかり、学校生活そのものをろくに覚えていないのだ。


「いや、何かあったっけ?」


 飯山はすっかりシャイで臆病な少女に戻ってしまい、俯きながら頭を僅かに左右に振った。


「あの、今日はありがとう。お話出来て嬉しかったです」

「いえ、こちらこそ。あとコーヒーをご馳走様」


 僕は勢いよくカバンを担ぎ、急いで出口に向かい図書室の扉に手を掛けた。その瞬間、瑞樹はそのか細い声を精一杯張り上げた。


「私、ヒナタ君に思いを伝えられてよかった!」


 僕は恥ずかしさのあまり、返事の代わりに頷くことしかできなかった。そしてそのまま図書室を出て、駆け足で自宅に向かった。


◇◇◇

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