第6話 異能たちは帰還する 下




 ★ ★ ★



 ドラゴン乱舞事件から、一晩が過ぎた。

 朝、竹美たけみはすんなり退院した。竹美とちいちゃんは、軽傷の生徒達とホテルに送り届けられた。部屋に入ると、クラスメイト達はテレビに齧りついていた。


「何を見てるの?」

 ちいちゃんが訪ねる。


 クラスメイトは答えずに、黙ってテレビ画面を指差した。


 テレビ画面には、前日の惨状が映し出されていた。あれから、どのテレビ局もずっとドラゴン乱舞事件の特番を放送し続けている。

 アナウンサーは事件の概要を繰り返す。学者やコメンテーターは意見を求められ、平和ボケした的外れな見解ばかりを述べる。竹美は内心、はらわたが煮えくり返っていた。


 ★


 報道によると、全ての始まりは、隕石の落下だった。

 隕石は品川駅の南方、南品川のど真ん中に落下して周辺に甚大な被害を出した。地表には直径三百メートルを超えるクレーターができたらしい。

 クレーターの底にはぽっかりと大穴が空き、大穴の底からドラゴンが飛び出して来た。現在、謎の大穴は自衛隊が最大級の警戒をもって包囲し、監視中。まだ、大穴の調査は始まっていない。ドラゴンの遺体についても、国の関係機関が調査中だ。アメリカも出しゃばってきて、ドラゴンの情報を独占しようと躍起になっている。


 ドラゴンが火を吹きまくったせいで、品川周辺では百件近く火災が発生した。その半分が、まだ鎮火しきっていない。現在も、消防と自衛隊が必死で消火活動に当たっている。ホテルの外では消防や救急車のサイレンがひっきりなしに鳴っていた。

 ちなみに、昨日確認されたドラゴンは全部で二五匹。その内、二四匹は箱舟の人々がやっつけた。残った一匹については航空自衛隊が撃墜した。が、その戦闘で航空自衛隊はF15戦闘機を一三機も失った。ドラゴンにやられた戦闘機は市街地に墜落しまくり、甚大な被害が発生したらしい。


 竹美が見た巨大な箱舟はこぶねは、船籍不明の不審船として海上保安庁が拿捕だほした。

 警察発表によると、箱舟に乗っていた人々は、皆『自分は日本人だ』と、証言しているそうだ。証言の真偽については警察が関係機関に問い合わせ、確認中である。


 ★


「日本人? じゃあ、まさか……」

 竹美は沸き上がる感情を抑え、静かに呟く。


「解らない。わからないけど、もしかすると……」

 ちいちゃんも、興奮を抑えて言う。


 竹美はその一日を、いても立ってもいられない気持ちで過ごした。

 もしあの船にあの人が乗っていたのだとしたら、何処へ行けば良い? どうしたら会える? もっと情報が欲しい。

 胸を満たすのは、たらればの妄想ばかりだ。それでも竹美は胸の高鳴りを押さえられずにいる。何も出来ないまま、時間は刻、一刻と過ぎていった。


「竹美ちゃん。もう夕食の時間だよ。せめてご飯は食べよう」


 夕方、ちいちゃんに促され、竹美はホテルの食堂へと向かった。すると食堂でも、クラスメイト達がテレビに齧りついていた。


「あ。二人とも、こっち」


 茶髪の女子生徒が手招きする。竹美とちいちゃんが席に着くと、茶髪の女子生徒はその日の夕刊をテーブルに広げた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『同時多発人体消失事件の失踪者が帰還!』


 夕刊には、そんな大見出しが踊っていた。

 新聞の情報によると、あの箱舟に乗っていた人々は、二年前に発生した「同時多発人体消失事件」の失踪者だと証言しているらしい。帰還した人数は全部で三三〇〇人と少し。証言の真偽については警察が調査中。現在も事実確認が進んでいる。

 ちなみに、失踪者は『こことは違う別の世界にいた』と、証言しているそうだ。

 別の世界とは、宇宙とか、地球外の天体の事ではない。

 異次元に存在する未知の世界である。

 普通なら、そんな話は一笑に伏して終わりだ。しかし、世界はもう知ってしまった。


 伝説は、実在する……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 読み終わり、竹美の肩が震え出す。


「やっぱり、そうなんだ!」

 竹美は興奮を抑えきれずに立ち上がる。

「幸人は、あの船に乗っていたかもしれない……!」


 言いながら、竹美は泣き崩れる。そこにちいちゃんが寄り添って、竹美の頭を抱えるようにして、撫でる。


「でも、帰還したのって三三○○人ぐらいなんだろ? 失踪したのは七千人以上だ。半分も帰ってきてないじゃないか。知り合いが帰ったと考えるのは、まだ早いんじゃね?」


 話を聞いていた男子生徒が口を挿む。

 それを聞いて、竹美は少し肩を落とす。


 確かに、失踪者の全員が帰って来たわけではなさそうだ。三三○○人の中に、真田さなだ幸人ゆきとがいるかどうかも分からない。でも、絶望するにはまだ早い。生きている人達がいた。そして彼らは帰って来た。つまり、帰る方法があったという事だ──。


 気を取り直し、竹美は顔を上げる。目の前にはテレビ画面があり、特番の続きを放送している。


 ◇


「ここで、新たな情報が入りました。同時多発人体消失事件の帰還者三三○○人が、代々木に移動するようです。現地に繋ぎます」


 ニュースキャスターが言い、画面が切り替わる。

 テレビ画面には、何十台もの貸し切りバスが映し出されていた。バスに向かって長い行列が伸び、人々が、次々と乗り込んでゆく。行列の周囲には防護服に身を包んだ警察官がいて、人々をバスへと誘導している。行列の人々の格好は、竹美が目撃した、箱舟の人々の格好とよく似ている。

 同時多発人体消失事件の帰還者たちが写っているのだ……。


「えー。これから帰還者の皆さんは、一旦、代々木体育館に移されるようです。厚生労働省の発表によると、未知の病原菌やウイルス等が持ち込まれた可能性があるので、防疫ぼうえきの観点から、帰還者の健康状態を把握はあくする必要があるそうです。移動後は、暫く代々木体育館に宿泊して、検査や聞き取りも行っていくそうです」


 現場のアナウンサーが、行列を背後にコメントを述べる。そのアナウンサーもまた、防護服を身に着けていた。

 アナウンサーは、コメントを終えるなり行列に近づいて、手近な男にマイクを向ける。


「おかえりなさい。二年ぶりの日本はどうですか?」


 アナウンサーが言うと、その男は手でバッテンを作り、無言で行ってしまった。アナウンサーは別の男に声をかけるが、やはり、その男も無言で行ってしまった。

 それでも挫けず、アナウンサーは男の後ろにいた少年にマイクを向ける。


「おかえりなさい。一言お願いします」


 アナウンサーに言われ、少年は足を止める。優し気な顔の少年は、突然マイクを向けられて困惑している。


「あ、えっと」

 少年は緊張した面持ちで零す。


「失踪者の皆さんは、異次元の世界に行っていた。と、証言しているそうですね。それは事実なんでしょうか?」

「え? 異次元? 異次元というか異世界というか……」

「目撃証言では、あのドラゴンをやっつけたのは失踪者の人達だったそうですね。本当なんでしょうか?」

「その、偉い人から、そういうのは言っちゃ駄目だって言われてて」

「もしかして、魔法のような不思議な力を使ったんでしょうか?」

「あ、だから……。すみません。ノーコメントです」


 そう言って、少年もバスの方へと行ってしまった。


 ◇


 竹美はテレビ画面を見て、固まっていた。


「…………いた。幸人ゆきと君……いた! ゆ、幸人君がいたああああ!」


 竹美は興奮し、叫び声をあげる。

 そう。アナウンサーがマイクを向けた少年こそが、真田幸人だったのだ。幸人は髪が伸び、少しくたびれた顔をしていた。だが、女の子みたいに繊細で優し気な顔も、穏やかな声も、竹美が知る真田さなだ幸人ゆきとのままだった。


「いた。いたよ! ちいちゃん、どうしよう。幸人君いた!」

「うん、うん。良かったね。生きてて良かったね!」


 竹美とちいちゃんは笑い合い、手を取り合って繰り返す。世界がとっくに壊れてしまった事も知らずに……。



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