第26話「合流」

 その頃、ローランたちは先を急いでいた。


 谷底へと落ちて行ったクレアとライトニングの安否は気がかりだったが、今はドラゴン討伐に集中しなければならない。

 牽制役の二人がいなくなったのは痛手だが、かといって引き返すわけにはいかなかった。

 すでに、ドラゴンによって多くの人々が殺されている。

 これ以上の被害をなんとしても防がなければならなかった。


「なあに、あいつぁけっこう身軽なヤツだから、きっと生きてらぁな」


 ガトーはそう言って心配する隊員たちを元気づける。

 とはいえ、それは口先だけではなかった。

 ライトニングの身体能力の高さは、群を抜いている。

 崖から落ちて死ぬような男ではないと第十四特務部隊の誰もが信じて疑わなかった。


 問題なのは、新人のクレアである。

 彼女の能力は未知数である。

 反射神経や動体視力がずば抜けて高いとはいえ、不運が重なれば死ぬこともあるだろう。

 今は、彼女のあとを追って崖を飛び降りたライトニングにすべてを賭けるしかなかった。


「………」


 不安を拭いきれないローランやシャナに、ガトーは言った。


「ほらほら、いつまでも辛気くせえツラしてんじゃねえよ。相手はあのドラゴンだぜ? ローラン、お前の腕が頼りなんだからな」

「ああ、わかってる」


 答えながら、ローランはガトーなりの励ましに幾分か気を落ち着けた。

 そうだ、いつまでもクレアの心配をしている場合ではない。今は伝説級の魔物に全神経を集中させなければ。


「シャナ、今はクレアのことは忘れろ。全力でドラゴンを倒すことだけを考えるんだ」

「ああ、わかってるよ……」


 心配しながらも自分の立場をはっきりとわかっている部下に、ローランは安堵した。

 ドラゴンを討伐したあとに、その足でクレア救出に向かおうと心に決めた。



 ごつごつした岩壁を縫うように進んでいくと、硫黄のようなにおいがローランたちの鼻をついた。


「なんだい、このにおいは」

「気をつけろ、標的が近くにいるかもしれん」


 ローランが言うなり剣を構える。

 村々を襲ったドラゴン。生き残った者たちの証言によれば、この伝説級の魔物は現れる直前、あたりに硫黄のにおいを漂せてきたらしい。

 そして、気が付けば4つ足の巨大な竜が火を噴きながら家々を破壊していたという。

 であるならば、ドラゴンがすぐ近くで待ち構えている可能性が非常に高い。


 慎重に歩を進める彼らの前に、突如として大きな影が迫り出してきた。


「───ッ!!」


 瞬時にローランとガトーが示し合せたかのように左右に分かれる。

 シャナと、他の二人の隊員も各々の隊長のあとに続いた。


 それは、見たこともない大きさの獣だった。

 硬いうろこで覆われた表皮。

 何本もの大木を合わせたかのような太い脚。

 ワニよりも巨大な口。

 その目に瞳はなく、白い半円が左右に一つずつついている。


 空を飛ぶことのないアースドラゴンだった。


 岩のように迫り出してきた体躯は、ゆうに10メートルは超えている。

 むくり、と重そうに持ち上げた頭は、ローランたちを獲物のように見下ろしていた。


「で、でけえ……」


 ガトーが背中に背負っていた大剣を構えながら見上げる。

 ただでさえガタイの大きな彼らでさえ、この巨大な魔物の前では華奢な人間のようであった。


「コオオォォォ───ッ!!!!」


 アースドラゴンが咆哮を上げる。

 ビリビリと空気が震えるのがわかった。

 ガトーたちの身体が硬直する。

 ドラゴンの咆哮は、聞く者の足をすくませると言われている。


 まさに、彼らの身体は自分たちの意志に関係なく身動きが取れなくなっていた。


 そんな彼らにアースドラゴンの牙が襲い掛かる。

 どんな鉱物よりも硬いドラゴンの牙に噛み砕かれれば、いくら金属製の鎧を着ていたとしても引きちぎられるであろう。

 ドラゴンの牙が目の前に迫りつつあるガトーの前に、ローランが躍り出た。


「───ッ!?」


 ローランは跳躍すると、大口を開けて迫りくるドラゴンの頭上に剣を振り下ろした。

 ガツッという手応えとともに、ドラゴンの頭がローランとともに地面へと落ちる。


 その隙に、ガトーたちは散開してドラゴンの背後にまわった。


「助かったぜ、ローラン」


 振り下ろした剣を引き戻し、再び間合いを取るローランにガトーは礼を述べた。


「用心しろ。動きはそれほど速くはないが、こいつの咆哮をまともに聞けば身動きが取れなくなるぞ」

「ああ、さっきので実感した」


 言いつつ、大剣を構える。

 ガトーほどの者ともなれば、同じ過ちは犯さない。

 間合いを取りつつ、横へ横へと動きながら顔を向けてこようとするドラゴンの真横を常に維持していた。要は正面にさえ立たなければいい。


 牽制の意味も込めて、第十四特務部隊の隊員たちもアースドラゴンの真横から攻撃する素振りを見せていた。


「ようし、そのままそのまま」


 ガトーたちが注意を引きつけている間に、シャナはクロスボウに矢をセットし、アースドラゴンに狙いを定めた。

 ピク、とドラゴンが反応してシャナに顔を向ける。


 刹那、シャナが矢を放つ。

 矢は一直線に飛んでいき、ドラゴンの眉間に命中した。


「ギャオワーーッ!!」


 ドラゴンが叫び声とも咆哮ともつかない声を上げ、顔を上にのけ反らせた。


「ちぃっ、浅いか」


 シャナが咄嗟に横に移動した直後、ドラゴンの前脚がシャナのいた場所に叩きつけられた。

 攻撃を喰らいながらも反撃してくる厄介な相手に、シャナは舌を巻いた。


「隊長、矢はあまり効果ないみたいだよ」

「懐に飛び込んで倒すしかないようだな」


 ローランが剣を構えると、深く息を吐いた。

 シャナの攻撃のあとに、ガトーたちも巧みに連携をとりながらアースドラゴンに攻撃を仕掛けていた。

 大剣を振るい、槍で突く。


 硬い表皮はそのたびに傷がついていったが、致命傷は与えきれていない。せいぜい、脚の部分と脇の部分に小さな傷がつく程度である。

 やはり、正面切って首を斬り落とすか心臓を一突きにするしかない。


 ローランは覚悟を決め、アースドラゴンの正面に立った。


「おい、ローラン!」


 ガトーが攻撃を仕掛けながら声をかける。


「ガトー、もう少しねばってくれ」


 そう言いながら、ローランはアースドラゴンの隙を伺った。

 アースドラゴンは傷つきながらもうっとうしいハエを落とすかのような仕草でガトーたちに脚をふるっている。とても近づけそうにない。

 なにかきっかけがあれば。


 そう思った時だった。


 ひとつの影が、ローランたちの前に飛び出した。


「───ッ!?」


 その姿に、シャナたちが驚きの表情を浮かべる。

 それは、崖下に転落したはずのクレアであった。

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