拝啓、世界の皆様へ。史上最強の魔王は史上最強の美少女に生まれ変わってしまいました。

右助

第1章 はじまり

第1話 開始一秒で世界滅亡の危機








 爆 発 が 起 こ る ッ ッ ッ ッ ! ! !








 熱が! 光が! 音が! そのどれもが銀髪の少女シャルハートが立つクレゼリア学園の中庭に広がり、本来ならばそこにいる生命どころか、大陸全土の生命を焼き尽くすはずであった。


 しかし! シャルハートが刹那の時間で展開した範囲指定防御魔法により、あらゆる生命を一秒未満の時間で、灰すら残さぬほど焼き焦がす地獄の炎が完全隔離され、中庭にサッカーボール大のクレーターが出来る程度で収める事が出来たのだ。


 生徒ざわつく。 「何があったのだ?」「あのクレーターは何だ?」「目標である木人はどこに消え失せた?」「あの銀髪の少女の魔法は成功したのか?」などと、実に平和な疑問が飛び交っている。


 有識者が見れば、そんな呑気なことを言っている奴らを片っ端から殴り倒したい、それほどの世紀の大惨事が起こる一歩手前だったのだ。


 一体、この平和なクレゼリア学園において何故、そのような事が起こりそうになったのか。



(……しまった。私、もしかして力みすぎた?)



 原因は、シャルハートが何の気なしに放った超初歩中の初歩である炎の魔法『火炎(フレア)』にある。

 彼女はすぐに周囲の様子を伺うと、誰も自分が起こした魔法が原因ではない前提で混乱していたことに、胸を撫で下ろす。


「間に合って良かった……もう少しで大陸の生命を皆殺しにする所だった」


 試験官の先生は確かにこう言ったのだ。 『思い切りやれ』、と。

 だからと言って、本気でやったらこの世界を崩壊させてしまう。シャルハートは、それはもう抑えに抑えた。

 少しだけ木人を燃やして、お茶を濁して笑いを取る。そんな感じである。 だが、この威力は何なのか。


「何か、言いましたか? それにしても何故、このような不可解な現象が……」


 試験官の先生が首を傾げる。シャルハートは今の呟きが聞かれていなかったことを確認し、今のこの状況をどう潜り抜けようか思考する。


「な、何でしょうね……アハハハ」


 考え込む試験官の先生をよそに、彼女は改めて自分の力への理解が足りていないことに反省する。

 何故、そのようなことを考えるのか、誰も分かるわけがない。


 何せ――、




 ――私は、二十年前にこの世界へ牙を向いた“男”である魔王ザーラレイドの生まれ変わりの“お ん な の こ”なんですから!




 と言って、即座に信じてくれるのならば、どれほど話が楽だったのであろうか。


(うーん……やっぱりどう振り返っても“あの時”に何かやらかしたとしか思えないんだよな)


 思い返すは、二十年前。 終わったはずなのに、始まった、あの瞬間。

 もしもシャルハートがその時の自分を取り巻く全てへ手紙を書くとしたら――こうだろう。







 拝啓、世界の皆様へ。史上最強の魔王は史上最強の美少女に生まれ変わってしまいました。






 ◆ ◆ ◆



 神話の舞台とも呼ばれたヴィルハラ平原で、三人の男が立っていた。


 一人は、黒衣を纏った長い紫髪を持つ男。


 一人は、鎧の上にジャケットを着込んだ金髪の男。


 一人は、軍服と外套を纏う黒髪の男。


 金髪の男と黒髪の男が並び、長い紫髪を持つ男を見据えている。

 先に言葉を発したのは金髪の男であった。


「正道から外れた者、“不道魔王”ザーラレイド。人間にも、魔族にも優しかった君と、どうして僕は向かい合っているんだろうね」


 黒髪の男が続く。


「ザーラレイド様。人間と、そして同胞である我ら魔族を大量に殺したのは何故です?」


 まだ信じきれていない、という感情が黒髪の男から伝わってくる。

 そうした感情を読み取れてもなお、ザーラレイドはこう言った。


「人間界の勇者アルザ、魔界の勇者ディノラス。よくぞ臆さず俺の前に姿を現した。褒めてやろう。あとは、貴様らを灰燼に帰せば全てが終わる。愚かな人間と魔族共を同時に支配できる素晴らしき世界がやってくるのだ」


「まだそんなことを言うのかザーラレイド! 教えてくれよ! あの君がこれほどまでに変わったのには理由があるはずだ! それを僕らに教えてくれ!」


「俺と戦うならば分かるかもな」


「アルザ、もう良いだろう」


 まだ食い下がろうとする金髪の男――人間界の勇者アルザ。

 そんな彼の肩に手を置くのは、黒髪の男――魔界の勇者ディノラスである。


「ザーラレイド様、貴方のやったことは人間界と魔界に対する裏切りです。貴方ならきっと、両方を繋ぐ架け橋となれただろうに」


「俺がそんなものになれるとでも? 幻想だな」


 ディノラスが両腰から剣を抜いた。

 片方は魔界に存在する伝説の魔剣メディオクルス、そしてもう片方は魔界の鋼で造られた愛用の剣である。


 彼の抜剣に合わせ、アルザも剣を抜く。

 その手にあるのは人間界に伝わる聖剣グランハース。


 両界の最強剣を前にしてもなお、ザーラレイドは微塵も動揺していない。

 むしろ、楽しげに笑みを浮かべていた。


「人間界の勇者アルザ、魔界の勇者ディノラス。両界にそれぞれ存在する極光剣きょっこうけん、そして極闇剣きょくあんけんを手にしたとして、俺を倒せる確率が上がるわけではないぞ」


「知っているよザーラレイド。それでも僕たちはやらなければならないんだ。人間界、そして魔界の平和のために」


「これからも続いていかなければならないそれぞれの平和のために、ザーラレイド様。……お覚悟を」



「その言葉、忘れるなよ」



 小さく、誰にも聞こえないように。

 ザーラレイドは言葉を風に乗せる。

 後顧の憂いは断たれた。



 ならば、今こそ“不道魔王”とまで世界に評価された己、魔王ザーラレイドの総決算を完遂させよう!!!




「――――教育してやろう! 来い! 両界の平和を想うのならば! 倒してみせろよ、この俺を! 魔王を!!!」




 ここからは、この先を生きていく人間と魔族誰もが知っている話をさせてもらおう。

 勇者アルザと勇者ディノラスが協力し、死闘を繰り広げ、そしてついに“不道魔王”は討たれた。

 両界は喜び、抱き合い、力を合わせれば何者をも凌駕出来るのだと、そう確信することができたのだ。


 それをきっかけに、人間界と魔界の交流が盛んとなり、そして何年か経てばもはやどちらがどちらの世界に居ても、何ら違和感がないほどまでに“当たり前”の世界へと表情を一変させる。


 そんな世界になって時間が経った――二十年後。


 クレゼリア王国の貴族の一人であるグリルラーズ家には、とても可愛らしく、そして両親から深い愛情をたっぷりと受ける十二歳の少女がいた。



 名をシャルハート・グリルラーズ。



 彼女にはある重大な秘密があった。

 何を隠そう彼女は――。




 “不道魔王”が一億回、己自身に重ねがけした完全自動蘇生魔法『生命は続くコンティニュー』の全ての回数と効力をたったの一回に凝縮し、発動した結果、誕生した存在。




 あの、“不道魔王”ザーラレイドそのものなのである。


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