第6話

 翌朝、朝日に照らされた室内で、僕は目を覚ました。かなり汗を掻いているのがわかる。エアコンはいつもタイマーをかけて早朝に止まるようになっているのだが、それからほんの一時間程度で室内の気温は夏日になっていた。自然に目覚める、というよりは寝苦しくて起きたのかもしれないが、特段不快には思わない。デスクの上の時計は六時を指そうとしている。いつも通りの起床時間だ。

 まずは毛布を折り畳み、端に寄せておく。本格的な片付けは後回しで。

 扉を開けてリビングに入ると、まだフィオナはソファーの上に座っていた。昨日と全く同じ光景に見えるが、唯一違うのは、少女の肩にかけられたバスタオルだった。一応シャワーくらいは浴びたようだが、髪を乾かしながらも映画鑑賞に時間を割いていたようだ。部屋は昨日からかけっぱなしのエアコのお陰で冷えているが、なんだか涼しいというよりはむしろ寒い。テレビでは腕のもげたおっさんが苦悶の声を上げているところだった。

(って、えぇ!?)

 僕はフィオナを侮っていた。

 僕の予想では、シリーズ四作を見終わった後、リビングでスヤスヤ寝ているフィオナを想像していたのだが、『4』まで見終わった彼女はコレクションの箱の中から『VSプ○デター』を発見してしまったらしい。そして、今はその『2』を鑑賞中、と。

 僕が呆れて溜息をついていると、フィオナは一時停止を押して立ち上がった。すると、初めて僕の存在に気づいたようで、「シャワーを浴びてくる。このままでは寝そうだ」と、バスルームへ消えていった。

 寝ればいいのに、とは言わない。どうせ言っても無駄っぽいのはわかってるから。

 それはさておき、朝食の準備に入らなければ。ちなみに、最近パスタ漬けであることを否めない僕であるが、それでもジャパニーズスピリッツは持っているわけで、朝はご飯に味噌汁を欠かさない。昨日帰りに特売の鮭の切り身を買っていたので、それがおかずの予定だ。フィオナがバスルームから出てくる頃には朝食の準備は大方整うはずだ。

 テーブルに朝食を並べ終えると、フィオナにご飯を盛ったお茶碗を渡し、朝食にする。テレビ画面には相変わらず映画放映中で、少年が車のキーを絵に描いたようなヤンキーによって側溝に落とされ、絶望していた。メイン部分でないにしろ、なんとなく食事中に視線をやるにはどうかと思うシーンではあった。フィオナは器用なもので、画面から目を離していないのに、上手く箸を使い(どうやらイグドラシルにも箸があるらしい)、鮭の身を解してご飯を口に運び、ワカメと豆腐の味噌汁を啜っている。ちなみに、フィオナは食事中には長い髪が邪魔にならないように纏めている(しない時もあるといえばあるが)。その姿が、なんとなく新鮮で、思わず見入ってしまう。が、そんなことをしては「朝っぱらから視姦か。伊達に朝からテント設営しているだけはあるな」と言われかねない。っていうか、一昨日言われた。なんだか嫌味に変化球増えてきてパッと聞いて意味不明な単語が多いが、冷静に一つ一つ解釈していると、意味を理解した瞬間に赤面してしまうこともある。年頃の女の子がそう言う単語連発するのはどうかと思うのだが、それを言ったところで態度に一片の変化すら得られないとわかっているので、今も僕は黙って味噌汁を啜る。

 食後、フィオナに無茶苦茶頼み込んで、どうにか食器洗いと掃除機をかける時間を戴いた。はいそこ、弱いとか言わない!なんなら状況入れ替えてやろうか。君にできるか?フィオナにうるさいと言われて「そっちこそ黙ってろコラ!」とか。そんなこと言えるのは真性のマゾだけだ。その後に何を言われてされるかわかったものじゃない。別にこれまで肉体的に受けたダメージはないが、切れ長の目の麗しい少女から「黙れ」と言われることがどれだけ怖いことか。

 一通り朝やることを済ませたら、次は毎朝携帯端末に表示される広告をチェック。お、豚肉が安い。今日は六時上がりだから帰りに買って帰ろう。

 身だしなみを整えて、荷物をチェック。と言っても、携行が許されている拳銃(外から見てもわからないよう保持)と、財布に携帯電話くらいしかない。拳銃の携行許可なんて普通出されないが、そこが『MUF』という組織のおかしいところだ。いつ有事になっても対応できるようにという名目だが、この携行が別の問題を起こさないかが心配な部分ではある。

「フィオナ、お昼は冷凍庫にピザが入ってるから、電子レンジ使って食べてね。それから、インターホンで呼び出されても出ないでね。公共料金は自動引き落としだから大丈夫だけど、なんかの勧誘とかあるかもしれないし、あと」

「もうわかったからさっさと行け」

 もううんざりだと言わんばかりに、フィオナが犬でも追い払うように手を振る。

 僕は色々と不安を抱えつつも、部屋を出た。

 フィオナは今日も映画三昧だろうか。愚問だ。多分、いや、絶対に僕が帰ってきても同じ姿勢で何かしら見ているはずだ。それで、眠くなったらそのまま真っ昼間から眠って、目が覚めたら適当にピザでも口にしながらエアコンをガンガン効かせた部屋でテレビに食い入るのだろう。一日中、ずっと。

 ああ、こういうの何て言うんだっけ?

 ああ、そうだ。ニートだ。ニート。

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