第40話 本当の悪

「獣王が『真なる王』だと? どういうことだ? 話し合いとは何なんだ?」


 ゼニスは思い出す。『第一次王都攻防戦』において顕現した青龍、朱雀、白虎、玄武、麒麟……。神の座から逐われていたにも関わらず、神として顕現した。そして、獣王ベレスと獣王軍の力の上昇……。集団の長が力を得て、更にその集団をも力を得る。これを『戴冠』ということをゼニスは知ってはいるが、詳しくは知らなかった。これまで『戴冠』を果たしたのは七柱の王たちのみ。人間たちの間には『戴冠』についての記録がほとんど残っていないので、獣王の『戴冠』は勘違いだったかも知れないとゼニスは思っていたところだった。



「ホホホ。獣王サンは『真なる王』として『戴冠』したのですよ。『戴冠』の条件はただ一つ。ワタシ達『真なる王』全員の同意ですねえ」


 ゼニスは驚愕に目を見開く。そして驚愕そのままに言葉を口にする。


「『真なる王』全員の同意だと?! 貴様や魔王、邪悪龍が同意するのは分かる。しかし、神王、海王、黄金龍、妖精王が賛成するとは思えない……」


「ホホホ。ゼウスやポセイドン、黄金龍サンに妖精王サンは人の味方であり、魔に属する者を認めない、とでもおっしゃるつもりですかねえ?」


 冥王は揶揄うように答える。ゼニスはそれが妙に癪に触った。


「違うというのか?」


 そう言いながらもゼニスは自身が言った言葉に疑いを持ち始めている。神王ゼウス、海王ポセイドン、黄金龍アルハザード、妖精王ニヴィアンは人間の味方であり、魔王リュツィフェール、邪悪龍ヴァデュグリィ、冥王は人の敵……。本当にそうなのかゼニスは疑問に思う。

 神王ゼウスは『真魔大戦』のときに『雷霆ウラケノス』の力を勇者に貸し与えたが、『神託戦争』の際には海王ポセイドンと共に、冥王が支援するドワーフの黒土シュバッツェボードゥン族に有利な神託を下している。

 妖精王ニヴィアンは『混沌戦争』のときに邪悪龍ヴァデュグリィと冥王と語らい、人・ドワーフの領域から鉱産資源を産出できないようにした。

 邪悪龍ヴァデュグリィは暗黒龍と呼ばれていた『真魔大戦』以前に人に対して暴虐を働いた形跡はない。

 そして、冥王が人の敵なら人の死者は全員地獄に堕とされるはずだが、冥府の審判が人の死者に不公正に行われている訳ではない。冥府の審判官たちの厳正さは広く知られている。


「ホホホ。光と闇、聖と魔。それは単に属性の違いであり、善悪を云々するような話ではないですねえ。そもそもの『真なる王』たち自体が光と聖のみではないですからねえ」


 確かに冥王の言う通りだとゼニスは思う。光と闇、聖と魔が世界に存在する以上、それらを管理する者は必要だろう。

 闇や魔を管理するから悪とし、なくすべき存在として滅ぼしてしまえば、管理者を失った闇や魔が暴走することも考えられる。

 ならば、闇と魔を滅すればいいとも考えられるが、闇なき光のみの世界はその熱が上がり続け全ては死に絶えるだろう。また、魔なき世界へと変貌すれば、魔法の力も失われ世界の法則もまた変貌する可能性があり、それによって何が起こるか分からない。世界の法則が変貌しなかったとしても、種族間、人の国家間の力関係が変わり、世界は混沌へと至る可能性もある。

 だからこそ七柱の『真なる王』たち--今は獣王も加わり八柱だが--は光と闇、聖と魔に分かれているのだ……。


 冥王は続ける。


「ホホホ。そもそも、『善とは何か、悪とは何か』ということに考えが及んでいない方が多すぎるんですよねえ。闇だから悪、魔だから悪という考えが世界に無用、そして無道な争いを招いているのはご存知でしょう?」


「黒土国が滅びた『無道戦役』……。そして……」


 ゼニスは声を絞り出すようにして呟く。


「160年前の『真魔大戦』。『真魔大戦』があれほどの規模になったのは、光のドラゴンと龍人族と人とが結託して、闇のドラゴンと龍人族を根絶やしにしようとしたことに邪悪龍サンが激怒し、魔王サンと同盟したのが原因の一つになっていますからねえ」


 ドラゴンと龍人族はそれぞれが光と闇に分かれながらもお互いの領域を尊重し、ある程度の交流を保っていた。

 ところが、300年ほど前から光のドラゴンと龍人族の側に闇を悪とする考えを持つ者が現れ始めた。

 この考えは徐々に光のドラゴンと龍人族に広がり、闇のドラゴンと龍人族との関係は険悪になっていった。

 人の側は既に闇を悪とする考えで固まっており、闇の勢力を排除すべく行動を開始していた。

 こうした動きはいつしか合流し、光のドラゴン・龍人族と人の諸国家の連合が形成された。そして、闇のドラゴン・龍人族を滅ぼすために、彼らの集落を襲い始めたのだった。


「何だと? 邪悪龍の暴虐に対し、光のドラゴン・龍人族と人の諸国家が連合したのではなかったのか?」


 ゼニスが知る歴史とは異なる。先に暴虐を働いたのは邪悪龍と闇のドラゴン・龍人族だったはず……。それに対し、光のドラゴン・龍人族と人の諸国家が連合し、対抗している最中、邪悪龍と同盟した魔王が介入し、『真魔大戦』が勃発したのではなかったのか……。


「違いますねえ。邪悪龍サン、元々は暗黒龍と呼ばれていたのですが……。彼女、暗黒龍ヴァデュグリィは己の眷属たる闇のドラゴン・龍人族を守るために反撃したのですよ」


「しかし、その反撃は……」


「あまりに苛烈でしたねえ。彼女が司るのは暗黒龍という名が示す通り闇ですが、情愛と狂乱も含まれています。あの時は自身が司っているはずの狂乱に飲み込まれていたと言えますねえ」


「情愛深き故の狂乱……」


「暗黒龍ヴァデュグリィが邪悪龍と呼ばれるようになったのは、苛烈な反撃によるもの。しかし、彼女は悪なのか? 確かにアナタ方人間の立場では悪ということになるのでしょうねえ? しかし、闇のドラゴン・龍人族の立場では? 仮に人間の立場に立ったとしても、彼女があのような行動に出たのは、闇を悪とし、闇のドラゴン・龍人族を滅ぼそうとしたことにあります。相手を悪と断ずることによって、悪と言わざるを得ない行動をさせる結果となってしまった。ならば、本当の悪とは何なのでしょうねえ?」


 ゼニスは言葉を失う。かつて古の大賢者アルネ・サクヌッセンムとの短い邂逅により、世界の真実、『争いを招く者』の存在を知り、『冥王の剣』を託されたが、自分はその付託に応えることができるのか……。


 --大賢者とは最も愚かなる者--


 アルネ・サクヌッセンムの言葉がゼニスの脳裏をよぎるのであった……。

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